ワイアームの牙買い占め作戦
壁の門をくぐり中に入ると、そこは高い石造りの建物に囲まれた人口物の世界だ。何もしていなくともただそこにいるだけで耳に入ってくる町の声。こうして戻ってくるとノウィンがいかに静かであったかを改めて確認できる。
僕は今、冒険者として慣れ親しんだバリオンに来ている。ノウィン住民が一丸となって進める犯人捜しを妨害するためだ。
ギルド本部のスミス氏が並べ立てた素材は複数あった。ドレイクの羽五枚、トロールの胆石四つ、アークリッチの骨粉200kg。そして……ワイアームの牙。
ワイアーム。
最上級のドラゴンであり、Sランク冒険者パーティで倒せないほどの強大な魔物。
ジョシュアが金で買うと言っていたのは主にこのワイアームの牙だ。ワイアームの牙の入手方法はワイアームの通り道にたまたま落ちているものを拾って手に入れるのみなのだが、それを狙って見つけるのは難しい。つまり基本的には売られているものを買う以外の方法が無いのである。
ワイアームは世界に10体程度は数が確認されており、その牙もそこそこの頻度で生え変わるらしいので全く手が届かないほどの幻の素材という訳ではない。とはいえやはりAランクパーティの財力を持ってしても痛い出費になるのは間違いないだろう。
つまり僕が入手の妨害をするならこのワイアームの牙という事になる。他の素材も高価ではあるが何処にどれだけ在庫があってもおかしくないし、なんなら普通にダンジョンで手に入る可能性がある。妨害は現実的ではない。
「妨害するなら……買い占めるならワイアームの牙だ」
地図を広げる。紙の上でノウィンとの位置関係を比較すると、距離が一番近いのはこのバリオンの町。そしてその次に近いのがゴダイン、ポヌフール、タルエスタあたりだ。
「ノウィンに渡された猶予は三日……つまり、ノウィンから三日圏内の全ての
僕は生まれてこの方ノウィンとバリオン以外の人里に行った事はないが、知識としては周りの町の情報は知っていた。バリオンから更に南に足を伸ばせば辿り着くゴダイン、バリオンを発った旅人がノウィンをスルーして向かうポヌフールとタルエスタ。
この中で一番ノウィンに近いバリオンは、ノウィンの村人達が一日半ほど駆けて遠出するくらいの距離。往復となれば当然その倍の三日以上掛かるので、三日で往復できる町と言えばバリオンただ一つという事になる。
だがこれは馬車で移動した場合の話だ。
冒険者の中でもジョシュアのような戦士はその気になれば走って町と町を移動できる。馬車を使うのは大抵の魔法使いがついてこれないのと、急な襲撃などのアクシデントを警戒しての事だ。本当は自分で走った方が馬より早いし、なんなら馬車くらいなら自分で担ぐことすらできるだろう。
考えてみれば三日という猶予はそうもたもたしてはいられない短さだ。スミス氏から話を聞いた後、ジョシュアなら真っ先にこの町の在庫を確認しにきていたとしてもおかしくはない。もしも彼が十分な金を手に旅路を強行していたとすれば、僕が村で手をこまねいている間に全てが終わってしまう。だからまずバリオンの市場を確認するために山を越えてきたのである。
「ワイアームの牙ですか? ああすいません、品切れ中ですねー。この町で手に入れるのはちょっと難しいかと」
「よっし!」
思わずガッツポーズを決めてギルド職員に不審がられてしまったが、とにかく僥倖だ。魔物の素材はそのほとんどがギルドを経由して売り買いされるため、ギルドで聞いておけばその町における入手可能性は大体把握できるのだ。
「これで最大の難関が突破できた訳だ……」
バリオンギルドに在庫があるかどうかが一番気がかりだった。もしもバリオンにワイアームの牙があったとして、僕にはどうにもできないからだ。ギルド顔なじみの冒険者であり元職員ですらある僕がワイアームの牙を買えば、その噂はたちまち町中に広がるだろう。そしてそれはやがて遅れて来るジョシュアの耳にも入る。ノウィンで問い詰められ、僕が自白してジエンドである。
とにかく、あとはポヌフールとタルエスタで同じように確認して、もし在庫があれば買えばいいだけだ。 大丈夫、必ず上手くいく! ここに来てのワイアームの牙大豊作とかそんなイベントでもない限り確実にこの勝負は僕の勝ちなんだ!
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