アナスタシアを取り押さえろ
一晩経って朝が来ても気分が晴れる事は無い。よく寝付けなかった人間の下にも窓からの朝日は平等に差し込む。目を細めながら孤児院の廊下を歩いて食堂に向かう。
「あ、ライトおはよう! よく眠れた?」
角を曲がったところで、食事当番でもないのに早起きなアナスタシアが挨拶をしてきた。つとめて明るく振舞うようなその朝の挨拶に、頭の中のもやもやとしたものが表皮の下を突き刺し始める。気付けば彼女の腕を掴み、強引に引っ張り歩いていた。
「え? なに、なに? ライト??」
掴んだ腕を放さないまま二人で外に出る。そのまま孤児院の裏まで彼女を連れ出すと、壁に押し付けて両手で囲み逃げられないようにした。
「なんで黙っていた」
「え? え?」
突然の事に困惑するアナスタシア。僕はその様子を見て悪いとも思わない。いくらでも困惑すればいいと思っていた。
「あ、パーティ追放した時の事? ごめん、あれは悪かったと思ってるんだけど……」
「それも納得できないけど、違う! 寄付の事だ!」
間近で大声を出されて更に困惑するアナスタシア。僕の言っている事にすぐにはピンと来なかったようだが、やがて思い当たったのか口を開く。
「孤児院への寄付?」
僕は頷いた。
「ジョシュアと君は孤児院に金を援助していた。何故それを僕に言わなかった? 君らが寄付するなら、僕だって寄付する理由はあるはずだ。それなのに何故一言の相談もしなかった」
「いや……それは、悪いかなって思って」
その一言に一気に暗い気持ちにさせられる。ジョシュアに悪くなくて、僕には悪いのか。アナスタシアに悪くなくて、僕には悪いのか。それは何故だ。僕が絆の外側にいるからなのか。
そんな風にしばし思考の海に沈み込んでいたら、慌ててアナスタシアが言葉を続け出した。
「いや、ほんとはライトにも頼みたかったんだよ! でもあれじゃん! ライトほら、あれだったじゃん!」
頼みたかった? あれとはなんだ。僕がどうしたっていうんだ。
「だってほら、ライトさ……家買いたいって言ってたじゃん」
家? 唐突に念頭に無い単語が出てきて虚を突かれた気持ちになる。
「家くらいどうしたっていうんだ。そりゃ家は買いたかったけど」
誤魔化されたような気がして、つっぱねるような言い方で返す。すると今度はアナスタシアの方が勢い込んで喋り始めた。
「いやいや違うでしょ! あの頃のライト、口癖のように『いつか家を買うんだ!』って毎日言ってたじゃん! もうほんとダンジョンボス倒す度に『家にまた一歩近づいた!』みたいに言ってさ! だから言いたくても言えなかったんだよお!」
そういえば、バリオンで軌道に乗り始めた頃はそんな風に家を買おうと張り切っていた。もはや家なんてどうとでもなるから、そんな気持ちは忘れていたが。
「い、いや、でもそれでも言えばよかったのに……」
「そうかもしれないけど、ほんと凄い勢いで家だ家だって嬉しそうだったじゃん! こっちがなんか言おうとしても『お? 未来の家主たる僕に何か用かなアナスタシア?』とか言ってさあ! もう黙るしかないじゃん!」
お、覚えてない……! 覚えてないが……めちゃくちゃ言いそう……!
いやでも、だとしても言えよ! 確かに僕は家を欲しがってただろうけど、それでも孤児院に寄付したいなら言ってくれよ! そうしたら僕だって……いやまあ、家は欲しかったから実際どうしたかはわからないけど、でもそれでも言ってくれよ!
「私だってジョシュアにも相談したんだよ、そろそろちゃんとライトにも話をしようってえ……。でもジョシュアは『元々富も名誉もなんでも手に入るって触れ込みで誘ったんだ。家を買いたいって言うなら口出しする権利もねえよ』とか言ってさあ……」
いかにもジョシュアが言いそうな言葉に、眩暈がしてくる。あいつはそういう部分が無駄に頑固なんだ。変に筋道を立てる事にこだわるから、かえって話を複雑にしてしまう。
え? じゃあなんだ? 僕が追放された理由って……。
「でもやっぱりジョシュアはライトにも孤児院に寄付してほしかったんだと思う。口ではそう言ってたけど、不満はずっと溜まってたんじゃないかな。だけど別にライトが悪い訳じゃないから、何も言えなくて……」
それで徐々に考えるようになった。そもそも
実際僕はパーティの構成にあまり噛み合っていなかった。いや本来ならそれに気付いたとして、奴だって同郷のよしみで大目に見てくれていたかもしれない。
だがライトは
「そういう事か……」
がっくりと力が抜け、壁についた両手を下ろす。拘束の解けたアナスタシアをその場に残し、また来た道を戻る。アナスタシアは何かを言いたげに手を伸ばしたが、その開いた口が言葉に至る事はなかった。
単純な感情に任せて憤っているだけでいいなら簡単な事だし、昨日まではそうしてきたはずだ。だが今はもっと様々な感情が押し寄せてきて、それを一つ所に向ける事なんてできやしない。関係ないのに何故かステラの事を考えてしまう。何がいけないのかという事を考えると、その中心にいるのはいつも僕じゃないのか。
「ああライト、良い所に! 昨日言い忘れた事があってさ」
声に顔を上げると、院長が庭からこちらへと走ってくる。その手には例の剣。早朝からまた素振りをしていたのだろう。
「ライトが帰ってきたらこの炎の剣を使わせてやってもいいってジョシュアが言ってたんだよ。いるかい? ダンジョン攻略するなら役立つと思うよ」
院長が差し出してきた特に必要のない魔剣を目の前に僕はただ押し黙るしかなかった。
はっきり言って奴は奴でその行動が賢いとは言い難い。だが一つ言えることがある。
ジョシュアはノウィンの事を常に考えていた。僕はそうじゃなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます