へっへっへ、ライトさんよぉ~~

「蒸かし芋ください」


「はいよ! まいどあり!」


 まだ客のいない朝の酒場を出て、ぬるい芋にパクつく。今日は朝一番に起きてすぐ孤児院を出たため、朝ごはんを食べていなかったのだ。最近も二食抜いたし一食くらい大丈夫だろうと思っていたが、気が付けば普通に銅貨二枚出して芋を買っていた。


「この時間帯になると起きて食事作ってたよなあ」


 そして明日からはまたそれをやる事になる。ちょっと前まではまたノウィンでそんな生活を送る事になるとは思ってもみなかった。昔に戻ったと錯覚しそうになるが、戻っていない。歯車が狂っている。


 ざつざつと診療所を目指しながら歩くと、見覚えのない小さな子供も町を走っているのが見える。外から帰って来た身には二年の内に変わったものがよく目に付くな。昔は変化に乏しいのんびりとした村だと思っていたが。


「へっへっへライトさんよぉ~~」


「ん?」


 目の前にガラの悪い男が三人立ちはだかった。いやガラの悪いといっても別に普通の服を着た普通の村民なのだが、とりあえず笑い方は下品だった。年齢は僕と変わらないか少し上くらいか?


「昨日帰って来たみてえだなあ」


「なんで孤児院出身のドブネズミが診療所でヒーラーやってんだ、あ~ん??」


「冒険者は引退したのか? ライトさんよぉ~!」


 ああ、誰かと思ったらいつも孤児院にいちゃもんをつけてきていたちょっと金持ちの家の子供だ。別に小金持ちの家だからって村内でそこまでの強権を持っている訳でもないので、小さい孤児を虐めては定期的に院長にぼこられていたっけな。


「診療所ヒーラーなんて冒険者からおちぶれたやつが就く職業じゃねーか!」


「Bランク冒険者って噂も嘘だろうぜ! 恥ずかしくねえのかよ、ちゃんとした職業に就けなくてよ!」


「みなさーん! こいつのヒールは受けない方がいいですよ! 病気になりますからね~!」


 なんとも絵に描いたような知性も品性も足りない小悪党共だ。このいちゃもんで何か得られるものがあると思っている事自体がもう信じられない。ここはノウィンの治安のためにも僕がなんとかする必要があるだろう。


「僕は昨日時点で15人の冒険者をヒールしてそのうちDランク以上が5人、金額にしておよそ銀貨120枚をお客様方から受け取っています。聞くにあなた方は大層立派な御職業に就いていらっしゃるらしいですが、いつも一日でどの程度の金額を稼いでいらっしゃるのでしょうか?」


「ぐっ……!」


「てめえ……!」


 よーし、効いてる効いてる! どうせこいつら馬鹿だからこちらが道理を諭したところで馬の耳に念仏だろう。だがシンプルに数字を突きつければその指摘は心に刺さる! 無視してへらへら笑っている事もできまい!(まあ別に銀貨120枚が全て僕の懐に入る訳じゃないが、どうせこいつら気付かないだろう)


「お、お前そりゃ昨日だけの話だろうが! 明日も銀貨120枚も稼げないぜ!」


「そうだそうだ! たまたま冒険者が多い時期だから稼げてるだけだ!」


「お前、貯金はどうなんだよ! 俺ら定職についてちゃんと貯金してるんだぞ!」


 案の定、顔を真っ赤にして反論しだす。馬鹿め、馬鹿の強みはこちらが何を言おうと無茶な主張を通し続ける事にある。それをわざわざ理屈を捏ね出した時点でお前らの敗北は決定したも同然なのだ。


「俺は今大工の見習いとして冒険者用の宿を作ってるんだ! 村への貢献度は抜群だ!」


「俺なんて鍛冶手伝いだぜ! 冒険者の武器を整備するんだぞ!」


「俺は料理人として宿で冒険者の飯を作ってるぜ!」


「貢献に関しては一概には言えませんが、需要と供給のバランスを考えるなら成り手の少ない診療所のヒーラーになる事こそが一番村に貢献していると言えるのではないでしょうか? ちなみに僕は自分自身の魔法の能力を活かして職に就いたのですが、あなた方は? ……え!? まさか親のコネじゃないですよね!? まさか!?」


 もはや目の前の三人は怒りを通り越して泣きそうな顔になっている。やはり話の通じない相手に対しては、とにかくコンプレックスを攻撃して痛めつけるに限るな。どうせ何を言っても不毛なんだからせめて乱暴狼藉の報いとしてそれなりのダメージは受けてもらわねば困る。村の人たちも笑いながら三人組を囃し立ててるし、勝ったなこれは!


「て、てめええ! ほんとはてめえがステラを殺したんじゃねえのか~~!?」


 突然、苦し紛れとしか思えない何の脈絡もない主張が飛び出した。周りで囃し立てていた村民たちの熱が一気に冷め、みなしかめっ面を作り出す。


「おめえはよお、なんか怪しいんだよなあ~! ほんとは魔物じゃなくててめえが殺したんだろうが~!」


「そ、そうだそうだ! なんで一人だけバリオンから戻ってくるのが遅かったんだよ!」


「そうか、ヒーラーやってるのも怪しまれないためだろ! 違うっつーなら証明してもらおうか!」


 誰がどう聞いても無茶苦茶、完全なる言い掛かりである。だが


 

「いや……それは……」


 僕の口から出たのはそれだけである。何か言おうとする。それを発する事ができない。


 蹴散らすのは簡単だ。奴らの主張は理屈も無いし証拠も無いし誰にも支持されていない。ほんの一言言い返せば、奴ら自身の愚かさによってこの場の勝敗は容易に決するだろう。


 だが僕にその一言を言い返す事なんて。だって僕がステラを殺したんだ。ステラは僕が殺したせいでもうここにはいないんだ。他の何に嘘をついたとしても「僕はやってない」の一言だけは絶対に言える訳がないじゃないか。


 そして今この状況においては、このというのが一番悪い。

 

「な、なんだ? なんか反論しねーのかよ。さんざん饒舌だったくせによお!」


「おいおい、こいつほんとに殺してるぜ! こいつがステラを殺したんだぜ、ひぇっへえ!」


「てめえ、てめえが殺したな! てめええ!」


 本来こいつらが言っている事なんて誰もが言い掛かりも甚だしいと思うものだ。だがその言い掛かりに対して僕が何一つ言い返せないこの様はどうだろう。今まで白けた顔で見ていた村民も何をしているのかと眉をひそめている。


「なんでステラを殺しやがったてめええ! 孤児の癖にステラをよおお!」


「てめえら、ステラを独り占めしやがったくせにあいつを守る事すらできねえのかよ! ふざけてんじゃねえよ人殺しが!」


「返せよ! ステラを返せよてめえ! あいつが死ぬなんておかしいだろうがよお! あいつちょっと前まで生きてたじゃねかおいい!」


 もはや理屈とかじゃない。ただ子供みたいに感情のままにがなり立てているだけ……醜態とまで言っていい有様である。そしてその醜態に対して僕は鼻で笑って立ち去る事すらできない。ただ縫い付けられたように彼らの罵倒慟哭を受け入れ続ける事しかできない。



僕が殺した?



そうだ僕が殺したんだ



だから肯定しろ



今すぐこの場で叫べ



僕が殺した



僕が殺した!



そうだ僕が殺した!!!



僕が殺した殺した殺した殺した殺した!!!!!!!



僕が!!!!!!!!!!!!!!



殺した訳ねえだろうが・・・・・・・・・・、馬鹿かテメエらよぉー」


 突如男の声がその場に響き、僕への罵倒が止む。顔を上げると三人組のすぐ後ろに長身の男が立っていた。そして男は声に振り向いた三人組の服を片手で強引にまとめて引っ掴む。


「な、なんだなんだ!?」


「ひいいいい!」


「うわああああああああ……!」


 大の男三人が乱入した男一人に片手で持ち上げられた。服を吊り上げられて首の閉まった男たちは強制的に喚くのを中断させられ、代わりに苦し気な悲鳴を上げ始める。


「村の真ん中で気持ち悪い事をギャアギャアほざいてんじゃねえよ。誰が誰を殺したって?」


「ぐ……こ、こいつがステラを……」


「ほぉ~? こいつはその日でしょぼくれてたんだが、それがどうしてステラを殺した事になるんだあ?」


「だ、だって……」


 わかりやすい力の差で押し込められた三人組はもはや何も言い返せない。


「なによりてめえら、一つとんでもない勘違いしてんだよなあ」


 服を握りこむ手がギリリと音を立て、三人組が更に苦しんで暴れ出す。


「このにあのステラが殺せる訳がねえだろうがぁ! オークにも力負けするゴミムシがなあ! 不意打ちだろうがなんだろうが、あの怪力女を殺せる訳がねえんだよお!」


 それは町中の鳥が全て飛び立つほどの怒声だった。先ほどまで困惑気味に事態を見守っていた村民達も、あまりの迫力に固まって動けなくなる。


 そして朝の静止した時の中でおそらく僕だけが目の前の彼について別の感情を抱いていただろう。大の男三人を片手で持ち上げる程の剛腕、発する怒気だけでその場を支配するほどの存在感を持った長身の男。


 かつて僕を追放した冒険者パーティの一員。『太陽の絆』のリーダー、鋼のジョシュアがそこにいた。

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