そうだ! 全て思い出した!

 墓に行ったのはよかった、僕が何者なのかを思い出す事ができた。

 そうだ、僕は人殺しだ! 人殺しなんだ!


 墓地を出た僕の頭はかつてない程に冴えていた。照りつける太陽を人殺しらしく眩しがり、人殺し特有のせせこましさを隠し切れない足取りで村を歩く。人殺しアイで村を見渡すと村全体が起床し始めているのが確認できた。たまにすれ違う輝かしい普通の方々は必ずと言っていいほど顔を上げて僕を見るので、このままお目汚しな人殺しステップで診療所へ向かってもいいものかと迷う所だ。あいつなにか人殺しくさいなと皆気付いているのだろう。


 あまり見られ続けて村にいられなくなっても困るので「おはようございます!」と先制の人殺し挨拶で牽制していく。殺されると思ったのか、村民様方は礼儀正しく挨拶を返してくれる。中には「おう、元気がいいな!(例えるなら人を一人殺すほどに)」などと言ってくれる村民様もいた。


「あら、あんた孤児院のライトくんじゃない!」


 商店のおばさんから話し掛けられた。この方にはよく買い物のときにおまけをもらったり、よくしてもらっていた。


「バリオンで冒険者やってたんでしょう? へー、(よくもぬけぬけと)帰ってきてたのねえ!」


「はい、恥ずかしながら戻ってまいりました。まだまだ人並以下ですが頑張ります」


 存在をたしなめられ、素直に頭を下げる。目をかけていただけた結果が人殺しなんて合わす顔も無い。


「なーに言ってんのよ!(※人殺しが物を言うなという意味) だってあんたたちBランクだったんでしょう? 二年でそこまで行くなんて(人殺しの分際で面の皮の厚さが)凄いじゃないの!」


「おっしゃる通りです。これからは村のためになる仕事にも尽くしたいと思っておりますので、大きな目で見守ってやってください」


「あらあら、謙虚ねえ~!(※皮肉) うちのやんちゃ坊主たちにも見習ってほしいものだわ!(※皮肉) じゃ、よかったらまたうちの店に(来れるものなら)来てちょうだいね! じゃあね~!(※罪人の首を切り落とす様を暗示する手振りで)」


 なんとか顔に唾を吐かれずに乗り越える事ができてほっとした。だがこの村には古い知り合いがたくさんいる。村を歩けば様々な方々から声を掛けられる。


「ライトじゃん久しぶり!(※旧知の仲をアピールし、殺しにくい空気を作っている) そっか、帰ってきたっていうのほんとだったんだなあ!(嘘であってほしかったのに)」


「なあなあ、マリアさんて美人だよな!(※自分よりも殺しがいがあるというアピール) お前羨ましいよ、あんな人と同じ職場で!(※同僚という立場を利用した方がリスキーな道端の殺人よりも簡単だというアピール)」


「見てみて、ついにできたんだよトニーとの子供!(※子供のためならたとえ殺人鬼にでも抗ってみせるという気高き決意の表明) 目に入れても痛くないくらいかわいいだろ~?(※たとえ目をえぐられようと痛がる権利など貴様には無い) ほら挨拶しな!(※僕が言われている)」


「あうー! だー!(※『汝に死を』の意)」


 素晴らしき普通の皆様方の神々しいお声掛けに、体中の心の柔らかい部分がズタズタに切り裂かれていく。まだまだ自分には人を殺したという意識が全くもって足りないのだという事がよくわかった。なんで歩いて喋って息をしているのかと不思議そうな皆様の顔が僕にその事を気付かせてくれた。


 そうだ、まだまだ僕には自覚が足りない。ライトという人間の全てが人殺しからできているという自覚を全身に染み込ませるんだ!


「うおおおお!」


 理性の欠片も無い、いかにも人殺しらしい叫び声をあげながら森に突撃する。人殺しは言葉なんか喋らない。ただ本能の赴くままにガムシャラに体を突き動かし、獣とすら理解できない猪突猛進に全てを委ねるのみである。


「うおおおらああああ!」


 目に映る視認情報を一切考慮せずに森を突き進んでいった結果、当然走るその身は立ち並ぶ木々に全速力でぶちあたり続ける。普通の人間ならぶつかるのが痛そうだからと木を避けながら進むが、人殺しは人間の思考ができないので森に突入した時点で全身打撲の死が確定している。


「うおおおお早く死ね! 早く死ねえええええ!」


 木々に身体を打ち付ける度に視界が揺れ、健康に悪そうな振動が骨まで響き渡る。何かに急かされるように足を動かしライトという名の人殺しを前へ前へと押し出し続けるが、不思議な事にこれは終わりだなと思う衝撃が何度来ようが僕の足は動くし叫び声も聞こえ続けている。


「あああああ! 『サンダーボルト』『サンダーボルト』『サンダーボルト』!」


 業を煮やした人殺しがヒステリックにも走りながらサンダーボルトを頭に打ち込み始めた。普通の人間は人間に向けて攻撃魔法を撃つ事は無いが人殺しは普通じゃないので攻撃魔法を人間に撃てるし人間に撃てるなら自分にも撃たないと平等ではない。


 超ド級の電撃に頭部を突き刺されながら、体中にもひたすらに致命傷レベルの打撲を受け続ける。人に死を願われる事に定評のある人殺しが正にその通りの末路に突き進むという理想的な展開。しかし人殺しだから死んでほしいと思われることに耐性があるのか、死んでほしいと思われている時に限ってなかなか死なないのだダメージも0なのだ。


「ああああ! はやく、早く死なないと! お前何してんだお前! お前さっさとしろお!!」


 このままではみんなの期待を裏切ってしまう!! みんなの期待を裏切って生きてしまう! 早くこんなことやめないと! 生きるのをやめないと!


 森を歩いていた冒険者もこちらを見て(なんで人殺しなのに生きているんだ!?)とギョッとした顔をする。もしかしたらダンジョンの奥からじっと数多の冒険者が既に僕を見ているのかもしれない。


 駄目だ! ばつが悪すぎて生きてられない! せめて形だけでも今すぐ死んだ事にしないと!


 僕は風魔法を使い、頭をサンダーボルトで貫きつつも一瞬で空高く舞い上がった。先ほどの冒険者も、いやもっと多くの視線も空を見上げている。早く期待に応えないと! どうかそのまま見ててください! 僕の死ぬところ見てて!


「『エクスプロージョン』!」


 上空に大爆発が発生した。体表に放出した火の魔力を何の指向性も持たせずに即座に爆発へと昇華させ、僕を中心とした高威力の炎が宙に炸裂したのだ。


 僕の体は爆発によって吹き飛ばされ、超高温の炎に包まれながら空を駆ける。森の上空を物凄い勢いで進むその先の方向には巨大なトカゲが見えた。


「暴れワイバーンだあー---!!」


 先ほどの冒険者が下から悲鳴を上げている。空を主戦場とする中型ドラゴン、ワイバーンが目の前に三体もいた。ちょうど高威力の大砲の弾みたいに空を突き進む僕の進路上にまさに並ぶように三体浮いていたのだ。そして僕の体にまたしても視界が引っ繰り返るような衝撃が走り抜ける。


「グギャーーー!?」

「グエーーーー!?」

「ウゴアーーーー!!」


 ドラゴンにしては柔らかめの皮膚を三連続で突き破り、僕の体は森の上空を飛び続けた。体中にまみれた竜の血が焼き尽くされて焦げくさい臭いが鼻をつく。そして眼下に村の建物を次々と通り過ぎていったところでとうとう勢いを失い、村外れの湖へと水柱をあげて落ちていった。


「ぶはあ!」


 水から這い出て大きく息を吸う。木漏れ日に目を細めながら前を見ると、少し遠くで見知った故郷ノウィンの人々が朝の日常を営んでいた。


「何をしてたんだ……僕は……」


 何か凄い事を思い出していた気がするが、よく覚えていなかった。

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