墓地と風

 村で生活する人間は総じて早起きだが、それより早起きなのはよく寝付けずにいた人間だろうか。朝の風が睡眠不足の肌に気持ちいい。その気持ちよさを踏み潰すように土を強く踏みしめる。


 村の外れの墓地に来ている。風がよく通り、日がよく当たる場所だ。数多の屹立した墓石に囲まれ、僕以外誰もいない。


 目前の最近建てられた墓を見る。まだ傷の無い綺麗な表面は、墓の主が亡くなったのが最近である事をこちらに実感させてくれる。


 数多の人間が祈りをささげたこの場所に、僕はただ何もせず立って目の前の光景を見つめていた。


 いや立っていたというより、動けずにいたというのが正解だろうか。ただ目の前に積み重ねられた花の重さだけで僕の心は潰れてしまいそうだ。きっと僕はこの花を見に来た。


「ステラ……僕は……」


 何か口をついて出そうになって、すぐ口を閉じた。言葉は祈りになる。彼女の冥福を祈るのは清浄な人間のみに許された行為だ。


 墓に来たって祈らない。祈る資格など僕にはない。


 大事なのは僕がどういう存在で何故この村にいるのかというのを忘れない事だった。僕に必要なのは祈りによる慰めではない。ただ芯まで凍り付かせるような喪失の実感だ。


 目の前の現実に触れるという意味で、その二つは似ていただろう。だが一方は未来への区切りをもたらし、一方は過去から続く自分を永遠のものとする。


 僕はこれから未来に進む事はない。ただ過ぎ去った過去のために燃え尽きるのみだ。

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