何が絶望だ

 食卓に並ぶ20人以上の孤児たち。孤児院の食事はまず見た目からして賑やかだ。ここに座るのも久しぶりだが、町の酒場とはまた違った壮観さがあるな。


「ライト久しぶりじゃん! お前いつ来るのかと思ってたよ!」


「たくましくなったねー!」


「ほらこのお兄ちゃんがライトだよ、挨拶しな!」


「そっかエルマーは初めて会うんだっけ、来たの最近だもんね」


「なあ俺、働き先決まったんだぜ! 鍛冶屋で修行させてくれるんだってさ!」


「はじめましてー!」


 久しぶりに顔を出した者の宿命というか、やはり今日の食卓の主役は僕になってしまう。その場にいるほとんどの人間が僕に声を掛けてきて、返事をするのも一苦労だ。まあこういうのも嫌いじゃないが。


「あはは、ライト人気だね。ねえ久しぶりの孤児院の食事もいいものでしょ?」


 隣のアナスタシアも楽しそうに言う。いやお前隣に座るんかい。追及してくる気満々じゃないか、もうやめてくれ。


「不思議だよね、私達バリオンで結構華やかに暮らしてたのにさ。たまに孤児院の生活もちょっと懐かしくなっちゃうんだよね」


「うんうんおいしいよね」


 適当に生返事しながら追及のかわし方をシミュレートしていく。そうだな、食事中に仕事の話はやめたまえ……よし、これで行こう。


「ねえねえ聞かせてよライトー! バリオンってどんなとこだったのー!」


「食事中に仕事の話はやめたまえ!」


「え?」


「ごめん間違えた。そうだな、バリオンはやっぱり建物がすごく多かったな。広い市場もあって、食べ物や魔道具がたくさん並べられてるんだ」


 聞かれて、バリオンの風景を思い出しながら喋る。やはり村に住む者の宿命としてどうしても町の方に憧れを抱くのか、みんな目をキラキラさせながら僕の言葉に耳を傾けている。


「一番町に来たなって実感したのは劇場で劇を見た時かなあ。劇ってわかるか、大の大人もひっくるめて本気でお芝居して見世物にするんだぞ。そういうのが売り物になるんだ」


「ああ、あれ良かったよね! 剣で敵を切りつけるたびに魔法で花びらを飛ばしたり、現実ではありえない光景が凄かった! 主人公の絶叫に合わせて壇上が水で埋まるシーンすごく好き!」


 何故かアナスタシアが僕よりも勢いづいて話し始めてしまう。彼女の語る幻想的な世界に卓を囲む皆は夢見るような顔を浮かべ、スプーンを口に運ぶのを忘れている。刺激的だよな。一つの村にいるだけでは知れない事も多いんだ。


 いつかみんなもバリオンに連れて行ってやろうと心の中で思いながら、スプーンを口に運んだ。味の染み込んだ柔らかい肉が口の中でほどけていく。


「あれ? やけに大きい肉が使われてるんだな」


 口に入れた後でおよそ孤児院のシチューで味わったことのないような感触に気付く。もしかして僕が久しぶりに帰ってきたから奮発したのだろうか。そんなに無理しなくてもいいのに。


「そうそう! 最近は孤児院の食事もかなり良くなったんだぜ!」


「食材も結構揃うし、新しいメニューも覚えて増えたんだよ」


「肉がちゃんと食べれるー」


「へー」


 別に僕のためではなかったらしい。ただ、孤児院の暮らしが上向いたのは素直に良い事だ。


「そういえば、孤児院に世話になるんだから僕もなんかやった方がいいよな。朝夜の食事当番にでも加わるか?」


「お、殊勝な心がけだねえ! 久しぶりでも孤児院の暮らしを忘れていないとは感心じゃないか!」


「食事当番賛成! ライトが火つけてくれたら楽だもん!」


 僕の提案に院長や食事当番が前向きな反応を返す。火魔法を覚えてからの僕はもっぱら食事の手伝いや風呂の管理を任されていた。


「そうだライトも魔法使えんだよな! なあ俺にも炎魔法教えてよ!」


「ねえねえファイア見せてファイア見せて!」


「まったくこの子も面白いよねえ! 名前がライトなのに使えるのはファイアとは! はっはっは!」


 あれ、これ言ってたの院長だっけ? なんか同期の孤児仲間が言ってたような気がしてたけど……でも他の皆は普通に盛り上がってるだけだな……うん。


「じゃあ冒険者のファイアくんは食べ終わった食器を片付けにいきます~」


 子供に受けそうなしょうもないギャグを言いながら立ち上がる。案の定食卓が笑い声に包まれたので、してやったりとほくそ笑んだ。


 奥の台所に入って使用済み食器入れに皿を入れると、ひと心地つく。なんだかんだ体力を消耗していたのか、一番にたいらげてしまったな。


「良い食事って必要だよなあ。孤児院でも」


 今食べたちょっと良いシチューの皿を流し台に置きながら思う。いや食事だけじゃない、例えば孤児たちに文字を覚えさせれば就ける職の幅も広がる。今まで特に孤児院の生活に疑問を感じた事も無かったが、上が見えればそこを目指すイメージも湧いてくる。そのためには金が必要だが、それも今の僕にとっては問題にならないだろう。


「そうさ、孤児院はいつでも足りないものばかりなんだ」


 完食済みの大きめの皿を持った院長がやってくる。この人はいつもぶっちぎりで早く食べ終わるんだよなそういえば。


「なあ院長、足りないもののためにお金が必要ならそれなりの額は出せるよ。僕もB級冒険者なんだ。やっぱり孤児だって教育とかも受けていた方がいいしな」


「ははは! あんたもそんな事を考えるようになったんだねえ、嬉しいよ! ありがとな、ライト!」


 言葉の通り嬉しそうに僕の頭をガシガシと撫でてくる。痛みと照れの波状攻撃が僕の頭を襲う。


「ま、今はノウィンで働いてくれるだけで十分さ。孤児院への支援は急を要する訳じゃないし、余裕ができたら頼むよ」


「そ、そうだなまずはちゃんと今できる事をしないとな。ノウィンでの仕事もきっちりして……あと、朝夜の食事当番もね」


 うんうんと満足そうに頷く院長。なんだか少し大人として認められた気がして嬉しくなる。


「でも明日の朝くらいは休んでていいよ。さっきも言ったけど長旅で疲れてるだろ」


「え? でも……」


「いいからいいから! それに空いた時間があれば町を回れるだろ」


 僕が口を開こうとするが、院長は強引に決めてしまう。


「だからさ、明日はのお墓に花でも持っていってあげなよ」


 心臓が急速に凍り付く。冷えた血液が僕の体を巡り、孤児院の暖かさで煮えていた頭がどんどんと冷えていく。


 なにも忘れていた訳じゃない。忘れていた訳じゃないが、だけど今その話を聞きたくはなかった。そうだ、聞きたくはなかったと、恥知らずにも今そんな事を思ってしまっている。地に頭をこすりつけ擦りつぶれて消えてなくなるべきがそんな事を考えながら楽しく食事をしていたんだ。


 『何もこんなタイミングでその話を』? 『今じゃなくてもいいじゃないか』?


 違う。僕がいつまでもそれに触れなかったからだ。だからあっちの方から触れてきた。僕がいつまでも逃げていたからだ、これまでずっと僕が来るのを待っていたのに。


「さ、私も部屋で一仕事しようかね。あんたはゆっくり休みな」


 それだけ言って院長は部屋から出ていった。僕は一人、部屋に取り残される。


 今一度食卓の方をちらと見る。賑やかにはしゃぐ面々。その中の一人二人がふっと笑いを途切れさせて表情の消えた顔を見せる時、その奥に何の感情があるのかを思い浮かべてしまう。


 何か寂しさを抱えているだろうか。の事を考えているだろうか。

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