動け
「あのー、ライトさん……本当に何かする事はないのですか?」
「いいからまずはそのお総菜とパンをくれよ」
あれから更に三日が経ったが、モニエルはギルドから帰ってくる度に僕の生活に口を出すようになった。人質のようにその手に握られたままのクエスト報酬と食事。空腹感が僕の態度を更にぶっきらぼうなものにさせる。
「別に勤労が美徳というつもりはないですよ私も。ですがあなた遊んですらいませんよね? 毎日家の中で渋い顔で床に横たわって何をしているのかと聞いているのです」
ため息をつきながら机の上に買ってきた食事を置くモニエル。彼女はそうやっていつも僕が何もしていないみたいに言うが、最近では家の中にちょうど同じくらいの威力のファイアボールとウォーターボールを浮かべて対消滅させるという極めて奥深い行動も取っている。それを彼女がたまたま目撃していないだけなのである。
「必要な事を全て他に任せて生きていく。それも一つの生き方かもしれません。ですが……ですが、それじゃああまりに勿体ないじゃないですか」
言っている内に熱が入っていくモニエル。
「あなたはその身に無限の魔力を内包している。あなたがその気になれば多くの苦しむ人だって救える! それをせずにただ立ち止まっているのが本当に幸せなのですか!」
「このパンうまいね」
中にスパイスの聞いたカレーを詰めるという新感覚の手法に思わず舌鼓を打つ。パンを料理に使う発想はこれまでにもあったが、そのパン自体を料理に仕上げるという異色のセンスには脱帽だった。
「聞いてください、今だってあなたの手の届く所には難題を抱えた人々がたくさんいるんですよ! ご存じですか? 最近隣村のノウィンという所が多くの人材を求めている!」
急に出てきたノウィンの単語にパンがぐっと喉に詰まる。たっぷりと詰まったスパイスに喉が焼かれ、食に逃げ場を求めていた脳がチカチカする。
「こういう時こそあなたの出番ではないのですか!? あなたは無為に寝ているべきではない! あなたが少し動くだけで世界は劇的に変わるのです! だってあなたは
「勇者を殺す事もか」
何の魔力も込められていないその一言が凍り付くような冷たさで部屋の中を支配した。モニエルを動かしていた熱が一瞬で鳴りを潜め、沈黙が数秒間続く。
「え? いや……な、なんですか? え?」
何を言われたのか、どうして僕の態度が急激に変わったのか何も理解できずに動揺するモニエル。そこに更に言葉を返すのが面倒で、僕は当てつけのようにまた床へ寝転がってそっぽを向いた。
「あ、ちょっとライトさん! だからあなたは外へ……話を……」
彼女は一旦は食い下がろうとするが、僕のただならぬ態度に二の句を告げる事ができない。少しの逡巡を感じさせた後、ため息をついた彼女は戸を開けて部屋から出ていった。
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