起死回生の一手

「そうだ天使が下りてきて僕を養えばいい」


 この八方塞がりな状況に頭が冴えに冴えたのか、そんな超弩級のアイデアが頭に去来してきた。僕は町に出たくない。そもそも僕がドラゴンなんて倒したら僕が軽く人間を捻り潰せる存在であることがばれてしまう。だったら代わりに天使が金を稼ぐしかない。


「天使を呼ぼう! 天使を呼ぶぞ! 呼ぶぞおおお!」


 およそ普段出さないような大声で三回も叫ぶ。摩耗した精神状態から行動に移るためにはこうしていちいち気合を入れなければならない。近くの家からため息が聞こえてきたような気がしてその気合も少し減るが、それをごまかすようにもう1セット同じ事を叫ぶ事で事なきを得た。


「じゃあ呼ぼう」


 家の裏庭に出ていそいそと袖をまくった。いざ呼ぶ時は別に大声じゃないのが、先の気合の偽物具合を端的に表している。


 雑に片手を前に突き出して適当に膨大な魔力をその先に集中する。地へと下りる導となる複雑な魔力パターンを構築して召喚のトリガーを引く。


「天使よ来い! 僕の下に!」


 手から解き放たれた魔力がその存在を示すかのように天空へと放射されていき、その先から神々しい光が下りてくる。いや光ではない。光は徐々に人をかたどり、やがて白くだぼついたローブを着た女性の姿へと変化していく。


「お呼びですか、地に住まう方。できる範囲の事であればあなたの希望に応えましょう」


 どうやら上手くいったようだ。高レベルの聖魔法使いは天使を召喚できる。そしてその中でも最下級の天使は人間と見分けが付かない外見だという。



◇◇◇◇



「うふふ、地上に降りてくるのも久しぶりです」


 物珍しそうに家の中を見回す天使。天使とは天上の世界に住む種族で人間に友好的らしいが、あまり細かい事は伝わっていない。聖魔法の使い手がやや珍しくとりわけ天使を召喚できるレベルの者が数えるほどしかいない事、天使という種族そのものが秘密主義である事が理由であるとされている。


「でもそれ以上に珍しいのはあなたですかね」


 僕の方に近づき、そっと両手で頬に触れてくる。


「こんなかわいい男の子がこれほどの魔力を内包しているなんて」


「はあ」


 僕は今年成人してるぞとつっこむのも面倒くさい。まあこの手の事はマリアもガンドムもいつまでも言ってくるので、年上というのは往々にしてこういう態度を取り続けるものなのだろう。


「あなたは何か願いがあって私を呼んだ訳ですよね。どうです、物のついでに私と交際することも願ってはみませんか。ふふふ」


「はあ」


 目の前の天使の能天気さに段々腹が立ってくる。なんでこいつはステラがあんな事になってしまった昨日の今日でこんなしょうもない事ばかり言い続ける事ができるんだ。僕の顔を見ていないのか? 明らかに人が死んだときの顔をしているだろうが。


「おっと、申し遅れました、私の名前はモニエル。さあ地に住まう方、どのような頼みがあって私の事を呼んだのですか」


 僕のつれない態度を察したのか、天使はそれ以上詰めてくる事をせずに姿勢を正してビジネスの話に移る。その辺の空気が読める事は幸いだ。


「僕の名前はライトだ。通りの串焼き肉を買ってきてくれ」


 他にも頼むことがあるのだが、お腹が空き過ぎて食事の話が先に出た。通りの串焼き肉に限定しているあたり、どれだけ食べたかったのかと自分で呆れそうになる。


「ライトさんですね、よろしくお願いします。串焼き肉ですか? 私はお金を持っていないので、そこはライトさん持ちになりますが……」


「いやお金も君が用意してくれ。今日から冒険者として働いて、手に入れたお金を全部僕に渡してほしい」


 モニエルは目をぱちくりさせている。おそらく普段このような事は頼まれないのだろう。


「冒険者ですか……私、冒険者という職業について詳しい訳ではないのですが大丈夫ですかね?」


「受付の人に聞けば親切に教えてくれるから大丈夫だ。適当に依頼を受けて達成すればお金が手に入るから仕組み自体は簡単だしな」


「そうですか? それならいいのですが」


 少し不安そうだが、異議を唱えたり断ったりはしてこない。天使には天使のプロ意識があるのだろう、こちらとしては話が早くてありがたい。


「最初は軽めの依頼で感触を確かめていけばいいけど、慣れてきたらどんどん実入りの良い依頼をこなしていってほしい。事情があって早いうちにまとまった金が必要なんだ」


「なるほど結構切羽詰まっているのですね。わかりました、早速冒険者ギルドまで行ってまいります!」


 勇んで家を出て町の方へ駆けていくモニエル。僕はそれを見送ったあと、体を床に横たえてまた空腹感に身をゆだね始めた。


 他の人間はダンジョンだ日常だと忙しい。家の中でひたすらステラの事を考え続けるのは僕にしかできない。

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