噂になっている! 絶対なっている!
来訪者の足音が遠ざかった後の家は再び隣家の物音だけとなり、ドアの前でぽつんと立ち尽くす僕はただそれを聞くのみになる。いつの間にか小鳥のさえずりは消えている。
「ふふ……お金全部渡して……。『なんとかなるだろう』か……」
なんとかなるだろう。だって僕のステータスはすごいのだから。ノウィンの勇者より凄いのだから。
昨日あれだけの事をしておきながら、気づけばまた当たり前のようにこの力に頼っている。ちょいとドラゴン級のダンジョンでも制覇すれば金ができるだろうと適当に考えて雑に全財産を渡している。
「やるか……冒険者……唯一無二の冒険者……」
とにかく目の前の借金は返してしまおうと機械的に次の行動を決める。そのついでに串焼き肉も買う事にした。
「ステータス」
目の前にステータスを出す。昨日からずっと見ないようにしてきたものの一つとして、このステータスがある。これから外に出るとしたらいつまでも見過ごしてはおけない。僕はポケットからペンを取り出し、数値に修正を加えた。
力の強さ:200 丈夫さ:999999 素早さ:9999
力の強さは現実的な数値でいい。元の数値をよく覚えてないが、多分100くらいだったからその2倍として200だ。丈夫さは雑にMAXでいいだろう。素早さもとりあえず現状維持で良い。
あとは魔法だが、これも全て9999で良いだろう。腕力の代わりに魔法を攻撃手段にすれば突発的な事故は起こらない。一応聖魔法だけは999999のままにしておく。
「じゃあ出るか……」
準備を整えた後は外に出るのみだ。ノウィンの事が知れ渡った後のバリオンの町へと。ドアノブに掛けるその手はやはり震えていた。
◇◇◇◇
町に出ると、相変わらずむせ返るような日常がわっと押し寄せてくる。食事の話、仕事の話、昨日の話、色恋沙汰の話、そのどれもが僕には縁が無い。そもそも談笑に口を開けるという事自体が日常を生きる人間にのみ許された特権なのだ。
昨日ポカをやらかして上司にしこたま怒られたなんて話を聞くたびに嫌な鼓動が心臓を揺らすが、同時にどこか拍子抜けのような気持ちもわいてくる。ノウィンの事を話す人がいない。そのままギルドの入り口まで歩いてみても、聞こえてくるのはあくまで日常レベルの話題のみだ。
「ニュースは出たんだよな……?」
周囲の村々の災害など何か大きな事件があれば、ギルド経由でニュースとして周知される。昨日のフィリアさんが僕宛の手紙を渡してくれるときに既にその内容を知っていたのは、ギルドに貼り出す情報としての知らせを同時に受け取っていたからだ。
ギルドのドアを開けて中に入ってみるが、そのトーンは町中とさほど変わらない。「報酬に良い剣をもらった」とか「ついにドレイクを倒してやったぜ」とか、くだらない武勇伝が次々と披露される。なんだこれは。一体何を話しているんだこいつらは。
ギルドの壁にもたれかかり、しばらく雑談に耳を傾けてみる。その話す中の誰か一人でもノウィンの事について触れてはいないのかと冒険者達の一挙一動に集中する。だが出てくる話題は相も変わらずダンジョンがどうとか贔屓の店がどうとか、昨日でも話せたような事ばかり。何故よりによって今そんな話をしているんだ。世界を一変させるようなとんでもない事態が昨日起こっているんだぞ。何故それをスルーし続けてお前のしょうもない武勇伝なんて語る事ができるんだ。
「あ、そういえばノウィンの話だけどよお」
唐突にノウィンという単語が飛び出してきて心臓が弾け飛びそうになる。しまった、ノウィンの話題が出てしまった! 昨日の今日でノウィンの話題で持ち切りだろうから極力さっさとダンジョンクエストを受注して出ていこうと思っていたのに、うっかり聞いてしまったのだ! ちょうど僕がギルドに入ったタイミングでその話が出るなんて、なんという運命の悪戯なのか!
「死んだんだってよ。ノウィンの勇者様が」
「え? マジで?」
「マジマジ。そこの張り紙に書いてあった」
聞いていて汗が止まらない。言葉に縫い付けられたように体が動かなくなる。昨日の自分の凶行について自分以外から客観的に聞かされる地獄めいた状況に息ができなくなる。
「ふーん……そっかぁ」
それだけ言って、特に何もなく次の話に移行する冒険者達。そばで少し聞き耳立てていた別のパーティも特に気になった様子もなく各々の行動に戻っていく。
身体が動く。地獄めいていない。息ができる。
町が変わっていない。ステラがいなくなったというのにこの町は何も変わっていない。その原因となった存在が素知らぬ顔で生きているというのに、それを糾弾してくる空気が全く無い。
いとも容易く受付まで歩いて行けた。挨拶をくれた今日の担当はフィリアさんではない別の人だ。このまま適当なクエストを受注してダンジョンに向かえばそれで話は終わるはずだった。
なのに僕の足はなぜか踵を返し、ギルドを出てまた家へと向かっていった。なぜそのような事をしたのかはよくわからない。ただこんなのはおかしいという漠然とした気持ちだけが僕の中で闇雲に膨らんでいっていた。
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