どうしてこんな事にどうしてこんn事にどうsてこんな殺tに
「嘘だろ……僕が……ステラ……」
そんな事があるか。そんな馬鹿な話があるか。ただ僕の力が常識を超えて反則じみた強さだからって、そんな事でステラがこんな風になって良いはずがないじゃないか。
彼女の口からつうっと一筋の血が零れ落ちた。彼女の肩を掴んだ手の震えが止まらない。体温がどんどん失われていっている気がする。生命の脈動が感じられないような……。
いや違う! こうなった理由なんてどうでもいい! 死んでいるかどうかなんて事を観察するのもやめろ!
彼女は死んでいるんじゃない、
とにかく僕が今考えるのは彼女を救う事だけだ。それ以外のケースなんて考えても意味が無い。
彼女を助けるにはどうすればいい。村の医者に連れていくのを考えたが、あそこまで重傷の彼女を動かすのは無理だ。逆に医者を連れてくるにしても悠長過ぎる。
心臓マッサージという胸を圧迫する蘇生法……いや、小耳に挟んだだけでやり方なんて知らない。女の子の胸を触っていいものかと一瞬でも考えた時間の無駄が腹立たしい。そもそも今は僕の力で彼女に触れる事自体が怖いだろう。いやそれはステータスを改変すればいいだけの話だが……。
……ステータス!
そうだ、医者に回復魔法を使ってもらわずとも自分が使えばいいんだ! 僕はすべての属性の魔法を望むままに使う事ができる存在じゃないか!
「ステータス!」
いつものようにステータスを開き、回復魔法を司る聖魔法の項目を確認する。
聖魔法:1
ポケットからペンを取り出す。力加減を誤ってペンを折ってしまいやしないかと、今まで一度もそんな事なかったのにやけに慎重に手に構えてしまう。手の震えがどうしても収まらなくて9を書くのすらためらう。もう1でいい。聖魔法の数値に1111111とデタラメに大きな数字を書く。
いつものように身体の内側に新たに力が目覚める。今回は数字の桁が違うためか、魔力の奔流が更に体の中で嵐のように暴れまわる。おもわずふらつきそうになるのをぐっとこらえ、見開く視線を彼女の方へと縫い付ける。
「今治すから……」
彼女の胸にすっと手をかざす。ありったけの聖なる魔力を手のひらに集め、精神を集中する。
「ヒール!」
瞬間、輝かしい光が彼女を包んだ。それこそ神の威光と見まがうような、見たこともないレベルの目もくらむような光。淡く光る程度の普通のヒールと比べ、ぼくのヒールは人の形を白の魔力で完全に覆いつくしていた。
「いける! これならいける! 治れ! 治れ!」
だが光が収まり中から出てきたのは変わらず力を失ったままの彼女の姿だった。口から零れ落ちる一筋の血も止まっていない。首は折れたままだ。何も変わらない。
「そんな……! このレベルでも駄目なんて!」
嘆いている暇なんてない。開いたままのステータスを開き、急いでペンを持つ。もっとめちゃくちゃに高い数値を書き込んでやる。ぼくはやみくもにステータスボードに縦線を引きまくった。聖魔法:999999を書き換えて聖魔法:11111111111111111111……
「え?」
書き込む手が止まる。なんでステータスに9が並んでいる。さっき書き込んだのは1111111だったはず。
理解できず固まっていると、いつものように書き込んだ数値がステータスに染み込んでいく。だがその数値は1のままで反映はされず、複雑に形を変えて最終的に999999の形へと変化していったのであった。
別に普段なら999999が限界だと知ってショックを受けたりはしないだろう。だが
「だったら何回でも! 何回でもやってやる!」
人の体を治す魔法なんてこれしかない。倒れたステラにヒールを乱発する。先ほど神の威光とさえ思った神々しい光を、今はただ機械的に何度も上書きしていく。神々しいだけの光なんて意味がない。彼女が回復するまで何回でもヒールする。何回でも。何回でも。
「何回でも……何回……でも……」
涙がぽろぽろと零れ落ちていく。治るまで何回でもと言ったのに彼女に胸にかざした両手から力が抜け始めている。
人は死んだら蘇らない。ステラは何回ヒールを掛けても起き上がらない。
1回ヒールして駄目でも次で息を吹き返すかもしれない。でも10回目が駄目ならその次は? 100回で駄目なのにまだ次を?
彼女の死を認めてしまいたかった。彼女が死んだと決めつけて泣き叫びたい。なんで死んだんだって、ごめん許してくれって、せっかく一緒に旅ができると思ったのにって、思いつく限りの言いたい事を全部言いたい。なのに今はそのどれもを言うことができない。
1回ヒールして起き上がらないごとに彼女の死がより僕の中で明確になっていく。100に1つも生きていないステラの死を悼むことすらできず、100回目の次で彼女が起き上がる可能性を無視できずに視界がぼやけても胸が張り裂けそうでもひたすらヒールを繰り返し続ける。
もう目覚めてくれなんて思っていなかった。ただ「なんでこんなことに」と繰り返し心中で呟きながら機械的に世界最高の回復魔法を連発していた。もうやめてしまいたい。彼女はどう考えても死んでいるのに僕はその死に向き合う事すらできない。
「おーいステラー! 遅いけどなんかあったのかー!?」
突然遠くから呼びかける大声が響き、回復の手が止まる。おそらく村の人間だ。きっとステラが見回りから戻らないのを心配してきたんだ。
「ステラー! ……お、誰だ? ステラか?」
声の方角に一人の人影。こちらに歩いてくる。ステラが倒れているこちらの方に。
この状況下、僕は何をすべきだっただろう。わずかな可能性に賭けて村の人間に助けを求める? とにかく村の有識者たちを呼んできてもらう? 集めた人たちの知恵を借りてなんとか彼女を蘇生しようと努力する?
だけどこの時点でもう僕の中で彼女は完全に死んでいた。死人を助けようなんて思わなかった。もうここまでさんざそんな馬鹿げた事を繰り返してきていたんだ。
だからここで僕が思ったのはただ
僕は走った。9999の速さで全力で森を駆け抜け、その場を後にした。
どうしてそんな事をしたのかと考えても一言では言えない。ただ今はステラを探しに来た彼の事が怖かった。村にいるだろう大勢の人たちの事が怖かった。だから逃げ出した。ステラと一緒にいるのを見られたくなかった。
気付けば僕はバリオンの町にいた。先ほどの静けさとは打って変わって賑やかな雑踏。人の楽しそうな笑い声が遠くから聞こえる。何故か冒険者になるべく初めてこの町に来た時の事を思い浮かべていた。
こうして僕はステラと、ステラの死に向き合う瞬間を永遠に失ったのだった。
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