星の旅
「あ、そうそう肝心の冒険者生活どう? ジョシュアとか元気?」
「アホみたいに元気だよ! あいつ僕をパーティから追放しやがった!」
ついに来てしまったなとばかりに思いの丈をぶちまけたら、ステラは目をぱちくりさせたあと大笑いし始めた。その様子を見ていたら、なんだか自分の振る舞いが恥ずかしくなってきてしまう。僕はそんなに誰かに身の上を聞いてほしかったのだろうか。
「……まあ、追放の話はいいんだ。冒険者はやりがいがあるよ。たまにちょっと遠出したりすることも多いけど、刺激的なんだよね。旅って感じで」
「そっかそっか! やっぱいいよね旅! 私も旅する! この村出る!」
「ん?」
なんだか重大なことをさらっと言われた気がする。この村を出る?
「私、世界中を回る! そのためにずっと体を鍛えてるんだ!」
幼児の頃の僕のようなことを言うステラ。僕は勢いで言っていただけだが、彼女の様子はそれとは違う。
「魔王がモンスター創造で世界を混乱させたんでしょ? じゃあさ、逆もできるんじゃないかなって」
立ち上がり、すっと太陽に手をかざすステラ。透けて見える血潮になんだかドキリとする。
「私が強くなればさ、
カラリと石が転がり落ちる音がした。かつて孤児院のために村を駆け回った彼女を思い出す。
「いくら強い人達だってそうそうダンジョン丸ごと掃除していくことはできないでしょ。でも私はできるんだよね。私がもっと強くなれば、このまま世界中のダンジョンを消し去ってしまう事だって可能かもしれない」
そうだ。世界のダンジョンを一掃となれば人類にはどうしても物量が足りない。だが彼女の力ならあるいは少しずつそこに近づけていく事も。
「私がいなくなった後の村は心配だけど、多少あてはあるしね。だから今だと思うんだ。今も世界で疲弊した町や村が消えて行っている……だから私は旅に出ようと思ってる」
ぐっと手を握り締める。その顔は笑みを湛えつつも、奥に深い決意を感じさせた。
彼女はこういう人だった。成せると知れば動かずにはいられない。孤児院を救うと決めれば村の周りのダンジョンを根こそぎ壊滅してみせるほどの実行性、行動力を有する存在。優れた才華がその志の勢いを損なうことを決して許さない、まさに空を駆ける星のような女だった。
彼女には昔から多くの人間が振り回されていた。その星のごとき速さについていけない大抵の人間にとって、彼女はただ遠くで騒がしく光り散らしているだけの存在でしかない。僕だっていつも彼女の事をどこか遠くに感じていた。
だがそれでもふと思い出して空に手を伸ばしたくなる事がある。見知らぬ孤児達の待遇を良しとせずに、ボロボロになりながら凶暴なモンスターに立ち向かった彼女を今もどこかで憶えている。遠く離れた星にそれでも本当はいつも触れたかった。だからきっと僕は今日、彼女に、ステラに会いに来た。
「僕もついていこうかな」
それは自然と口に出た。久しぶりにあった幼馴染にただいまと言うように。空を見上げていた彼女はこちらを振り向き、数秒僕の顔を見つめた。
「ついてきてくれるの?」
彼女は驚いているように見えた。人を驚かせてばかりの彼女もこんな顔をするんだなと、明後日の感想を抱く。
「そっか。そっかぁ」
彼女は石の椅子に座った。何度も反芻しながら、足先を落ち着きなく動かす。
「あはははははははは!」
すると突然彼女は僕の腕にだきついてきた。彼女らしからぬ態度から予想だにしない唐突なタイミングでの彼女らしい唐突さ。温度差で脳が揺さぶられる。
「いや、あの……ステラ!?」
「あはははは! 一緒だねライト! 頑張ろうね! あははは!」
最後に会ってから二年も成長した幼馴染に密着されて、驚くほど簡単に顔が熱くなる。17歳の彼女はもうボロボロの服なんか来ていない。お互いの身体の匂いがわかるほどの無防備な距離感、胸が触れるのも匂いを嗅がれるのも気にせずに体中でめいっぱい喜びを伝えてくる。ステラの体が少し汗ばんでいるのは今日も村の近くを回っていたからだろう。彼女の首筋を一筋の汗が伝うのが見えた瞬間、僕の心臓の鼓動は壊れるくらい跳ね上がった。
「わ、わかったから! わかったからもう!」
抱きつく彼女を強引に振り払い、そっぽを向く。今僕の顔は絶対に赤い。見られたらなんて思われるだろうか。二年間バリオンの町で冒険者としてやってきたのに、まるで子供のようだ。
考えてみれば、これから僕は彼女と二人で旅に出るのだろうか。ずっと一緒の二人旅。冒険者なんて遠出すれば野宿もあり得るし、できる範囲で身体を拭いたり着替えたりもする。考えれば考えるほど顔を冷ますのが上手くいかない。これからこれ以上のことがたびたび起こるとすれば、頭を抱えずにはいられない。
「と、とにかく僕も冒険者としては先輩だしね! これからよろしくねステラ!」
気を取り直して彼女の方を振り向き、気持ち元気よく決意表明をする。顔の赤さがまだ残ってないかと不安な気持ちを抱えながら目の前の彼女の様子を確認する。目の前に彼女がいない。
消えてしまったのかと一瞬思ったが、すぐに勘違いだとわかる。彼女はそこにいた。ただ仰向けに寝ていたから消えたように見えただけだった。
「ステラ?」
彼女の上半身はだらりと横長の石の椅子に横たわっていた。両足だけ先ほど腰かけていた時のように椅子から地面へと下がっている。弛緩したその顔には何の意志も感じられず、まるで彼女の彼女たる要素の全てがこそげ落ちてしまったかのようだった。
「……ステラ?」
これまで自由奔放に駆け回ってきた彼女とは似ても似つかないくらい、目の前のそれは微動だにしなかった。まるで人形のように。死体のように。
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