幼馴染
山を越えて反対側に身を投げ出すと、これまでとはまったく違った景色が見えてくる。山脈の根本からずっと遥か遠くまで続く森。そして森を抜けた先にぽつりと見える小さな村。
「懐かしいなあ! 我が故郷!」
山脈を迂回してようやく辿り着く僕の生まれ育った村、ノウィン。馬車を使って十日掛かる道程。僕の身体能力なら省略できるのではないかと思っていた。
落ちるに任せて山一つ分の高さを経て地面へと着地する。人の降ってきた衝撃で木々の葉がさわさわと揺れる音がした。降り立ってすぐ目の前には既に森が広がっている。
僕はためらわずにその森へと足を踏み入れた。最強であるという自負からではない。ここにはそもそも
足を踏み入れてすぐに森の匂いに肺が満たされる。見覚えのある木々植物が視界を彩る感覚を歩きながらゆっくりと味わった。
訓練の場として森を駆け回った記憶は数年経ったくらいでは薄れない。その記憶にある情景をそのまま残してくれている森そのものに深い感謝の念を抱いた。
「あ、そうだ。訓練といえばあの岩……」
よく殴る練習台として使っていた、森の中心に佇むめちゃくちゃに硬い大岩を思い出した。力自慢のジョシュアが何をやってもちびちびと欠けるだけだったあの岩。今ならあれも粉々に砕けるだろうか。
「行ってみるか……思い出の場所! ぼくらの聖地に!」
思いついたグッドなアイデアを胸にウキウキとした気分で森を疾走する。ジョシュアはあれを最初に砕くのは自分だと思っていただろうか? だとしたら残念なことこの上ない! まさかお前が非力と蔑んだ僕がそれを成すなんて!
ジョシュアを始めとして村の皆がぽかんとする顔が目に浮かぶ。まるで少年のころに戻ったようなイタズラ心に突き動かされて、僕の足は森の奥へと進んでいったのであった。
◇◇◇◇
「いや……え? なんだこれ?」
想像だにしなかった光景にポカンと口を開けてしまう。
岩は
ここには大人3人を縦に並べてもまだ天辺に届かないような巨大な岩があったはずだ。それが今目の前にはただ瓦礫のようにゴロゴロとした岩の破片が積み重なっているのみである。子供のころに何度となく攻撃を受け止められた不動の象徴たる大岩など見る影もない。
「誰だ……? え? 一体誰がこれを?」
一瞬頭に思い浮かんだのはジョシュアだ。Bランクパーティの戦士として活躍する今の彼ならこの大岩だって崩せなくもないかもしれない。だがあいつはバリオンの町に来て以来一度も里帰りはしていないはずだ。他ならぬ同じパーティで活動していた僕がそれを知っている。
かといってこの場所のこの大岩を砕く事に何か特別な意味を見出しているような人間が他にいるのだろうか。そりゃ通りすがりの冒険者が腕試しとばかりに破壊した可能性も無くは無いが、そもそも冒険者がダンジョンの無い森に入る意味が無い。かといってアナスタシアはもっと無いだろうし……だったら他には誰も……
「ライト?」
後ろから声がした。
誰の声かなんて考えなかった。ただ故郷に帰ってきたんだなと感じた。二年ぶりに聞いた声……世界で唯一、この村でだけ聞ける懐かしい声。
ただ呼ばれたからという理由で素直に振り向いた。当たり前のように。そこに佇む彼女を想像して。
「ただいま、ステラ」
そう言った僕の顔を確認した彼女は花束のような笑みを浮かべた。
「やっぱりライトじゃん! わーすごい、おかえり! なんで突然森から現れるの!? 冒険は!?」
挨拶を交わすなり、怒涛の勢いでこちらを質問攻めしてくる。相変わらずだ。本当に相変わらずの……僕の
能力のテストがてらになんとなくで故郷へと帰ってきた。本当になんとなくだった。だが今になって思えば、彼女に会いに来たんだろうなとも思う。久しぶりに会う僕に質問を投げかけ続ける彼女のはしゃぐ様子が何より嬉しかったから。
「……あ、ちなみにその岩砕いたのは私だよ! ごめんねー強くて!」
あとなんか煽られた。その久しぶりにあった幼馴染に。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます