どうやら剥がれちまったようだな、盾のメッキがよ

「い、いや……それは」

 問われて思わず口ごもる。「言う程怪我をしないわけじゃないよな?」彼の言う事が事実無根かといえば、そうとも言い切れないからだ。


「え? あいつ凄そうな盾スキルもってんのに普通に怪我すんの?」

「なんかすげーかっこつけてイージスの盾! とか言ってんのに?」

「じゃあ最強の盾じゃなくてそこそこの盾じゃん」


 周りのテーブルから様子を見ていた他のパーティ達が口々に好き勝手な事を言い始める。違う、僕のスキルはちゃんと最強の盾なんだ! 実際にあらゆる攻撃を防ぐ! かっこもつけるに値する!


 ジョシュアはギャラリーの反応を見た上で、また一つ溜息を吐いて言葉を続ける。


「確かにお前の盾のスキルはすげーよ? だけどな、お前のそれは目の前に幅1mの四角い障壁を出現させるスキルであって、手に持って小回り良く敵の攻撃を防ぐような性質のもんじゃねー。盾とは言うが、実態としては壁だ。自由に動かす事もできない」


 まるで書き留めておいたメモでも見ているかのようにすらすらと喋るジョシュア。


「つまり、そうなるとが出てくる訳だ。ま、さもありなんってとこか。直感的にすっと前に出せば防げる本物の盾と違って、お前のスキルはそこまで取り回しの自由が効くようにも見えねー。一般的な魔法の『溜め』と同じくらいには隙がある」


「ぐっ……!」


 実際、ジョシュアの指摘はその通りだった。普通の魔法使いが迫り来る全ての攻撃を魔法で相殺なんてしないように、僕のスキルも反射神経に直結するほどの速度で発動する事はできない。


「ついでに言えば発動したと思ってもフェイントで横に回り込まれて普通に殴られる事だってあるよな? お前のスキルはマジで単純な壁としてしか機能しねえ。盾としては中途半端だ」


「言い過ぎじゃないか!? これだって立派な盾だ! 僕はこれ一本で命を守ってきたんだよ!」


「じゃあその手に付けてるもんはなんなんだよ」


 ジョシュアがすっと僕の左手を指さす。つられてギャラリーの視線も注目する。そこには小型のシールドが付けられていた。


「あれ!? あいつ普通に盾持ってんじゃねえか!」

「出でよイージスの盾ってかっこつけながら後ろで保険構えてんぞオイ!」

「そっちはなんの盾なんだよ! 親の形見の盾か!?」


「い、いやこれは……」


 違う! これは盾じゃない! 盾じゃなくてただイージスの盾が役に立たなかった時用の盾であって、だからつまり精神的な観点から言えば盾じゃないんだ!


「そ、そりゃ咄嗟の攻撃に対処するのは苦手かもしれないけどさ! じゃあいっそ先出しして壁として使えばいいじゃないか! 頑丈な壁の後ろから魔法使い達が魔法を撃てば、完璧だろ!」


 そうだ、適材適所という言葉がある! なにも実物の盾と比較しなくても、得意なポジションで戦えばいいんだ!


「確かにその使い方を試した時はかなり上手くはまった。一つの戦闘で必要な回復魔法は劇的に減ったよな」


「そうそう! だったら」


「ただ残念な事に……お前のスキル、んだわ」


 ジョシュアは冷たい顔を崩さない。


「一度、アナスタシアが壁があるのを忘れて敵にファイアボルトを放とうとした事があったな? 壁の内側に直撃した魔法は派手な爆発を起こし、後衛はほぼ壊滅。あやうくパーティが全滅しかけた」


「そ、それはアナスタシアが気を付けてなかったから……」


「気を付けるのが前提じゃ駄目なんだよ!」


 ジョシュアが一際大きな声で怒鳴る。


「連携が重要なパーティ戦闘において見えない壁を戦術に組み込んで戦うのは致命的なミスを招きかねない。冒険において本当に怖いのは回復魔法の消耗じゃねえんだ。一つの間違いが死に繋がってしまう、そんな危険を孕んだ環境ほど恐ろしいものはない!」


 一気にまくしたてられ、僕はぐっと息を詰まらせた。逆に黙っていた他の仲間は「そうですね~」「うんうん」と合いの手を入れ始める。


「……い、いやそうは言うけどさ! 絶対に攻撃を通さない盾だぞ!? 考えれば他にも用途が出てくるはずで……」


「だからそうやって今まで考えてきた戦法がことごとく微妙な成果ばっかだったじゃねえか!」


 言われてこれまでの実験的な試みの数々が頭の中にフラッシュバックしていく。どれも大して上手くいかなかった苦い思い出達。何故まるで走馬灯のように流れていくのだろうか。


「いいぜ別に、お前がそれの使い道を模索するってんならよぉー。だがそれは別の場所でやりな。俺のパーティはもう見切りを付けてんだ」


「ごめんねライト! 正直ジョシュアの言う事も一理あるからさ!」


「まあライトさんも腐ってもユニークスキル持ちですし、行き先はありますよ」


「がっはっは、まあ元気出しな! これから寂しくなるのう!」


「い、いや、ちょっと待ってよ……」


 もう話もまとまったという空気を流し始めたパーティメンバー達に、なんとか食い下がろうと僕は手を伸ばそうとした。だがその時



「うわああああああああああ!! 暴れ馬だあーーーー!!」



 突然壁を突き破り、体高2mはあろうかという大馬が酒場の中に突っ込んできた。予想だにしない展開に飲んだくれていた冒険者達が慌てふためく。



「すまねえ、御者の俺が未熟なばかりに馬が暴れちまったあ! どうか逃げてくれえーー! そいつはこれまでに五人も病院送りにしているゥーーー!!」



 馬はテーブルを蹴散らしながら一直線に酒場の中を突っ切る。その先に位置するのはこちらのテーブル……背を向けたジョシュアだ!


「ジョ、ジョシュアあ!」


 メンバーが声を掛けるも、ジョシュアはこちらを向いたままだ。気付いていない! 跳ね飛ばされる!


 室内に似つかわしくない轟音が響き渡った。衝撃とともに砕け、舞い散る床板。建物全体が大きな軋み音を上げ、ぐわんと揺れる。


「……で、これがお前を外す最大の理由だがよぉー」


 その爆発的な衝撃に一切似つかわしくない、ジョシュアの声がする。何の事もないと言わんばかりに話を続ける、その声音。


「強さが足りねえんだてめえは。少し攻撃を受けたらすぐ怪我をする。スキルもあわせてようやく俺に少し劣る程度」


 馬に激突されたはずのジョシュアは微動だにすらしていなかった。足を地面にめり込ませ、片腕で馬の首を掴んで止めている。馬は必死にもだえながらも逆に全くその場から動けなくなっている。


「敵に致命傷を与える事ができない。剣も魔法も他のメンバーが与えるダメージに比べりゃ取るに足らねえ」


 ビキリと音を立て、馬の首の肉がジョシュアの握り込む拳に引き込まれていく。馬は苦し気な呻き声を漏らし、暴れ方もより激しさを増す。


「それでもいないよりゃマシかとも思ったよ。なんだかんだ壁役としてでも採用してりゃ、後衛に被害が出にくくなるかもってよぉ。報酬を等分するのも癪だが、いる意味も無くはないのかなってよぉ」


 今も後ろで馬が暴れているのに、さして張り上げている訳でもないジョシュアの声は何故か僕の耳に届く。


「だけどよぉー、今日お前がドレイクにファイナルアタックで狙われた時によぉー」

 ジョシュアがゆらりとその腕を動かすと、500kgはあろうかという馬の体がそれにあわせて傾いていく。


「これでって思っちまったんだよなぁー! ここでいなくなってくれればってよお! お前の無事を確認した時にガッカリしちまったのさ、俺はよぉー!」

 馬の巨体が勢いよく地に叩きつけられ、爆発したように広範の床板が粉々に酒場中に飛び散っていく。壁を破られた時よりも馬が激突してきた時よりもより大きな地響きに、思わず足が固まって動けなくなる。


「だからここでてめーとは終わりだよ、ライトぉー! お前にまだ使い道があろうがなかろうが関係ねぇーー! 俺はこれからずっとお前に『早く死ね』と思いながら冒険しなきゃならねえのか!? どうなんだ、ああん!?」


 繰り返されるむちゃくちゃな問いかけに、『知った事か』と返す事ができない。ジョシュアの鋭い眼光が僕を捉えて離さない。


「冒険ってもっとキラキラしたもののはずだろ、ライトぉー! だからてめえは追放されろ、俺達のからぁー! 俺はこれからも冒険者として生きていくんだからよぉーー!」


 僕達はこれからも冒険者として生きていく。生きていかなければならない。それは改めて確認するまでもない、ならず者と紙一重の無教養な人間である所の僕らが抱いている共通の心得であった。


 だというのに何故だろう、僕はパーティを抜けて一人になるかもしれないくらいの事を、何故か一度も想像できた事がなかった。だからか僕の頭は目の前の事とは全く関係無い、過去に最強の夢を語り合ったパーティ結成時の他愛ないやり取りの事をいつまでも壊れたように思い返し続けていたのであった。

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