第13話「悪役にサイコパス認定される奴」
一方、ローリーに追い返された次男アーロンは、その足で公爵である父の元へと向かった。
目的はもちろん、あのローリーとかいう無礼な男を誅するためだ。
と言っても、父に我儘を言って付けてもらった選りすぐりの従者のうち、ひとりはすでに死亡してしまった。アーロンには誅するための戦力は心許ない。
しかし、公爵家の城であれほどの蛮行を行なうような人物だ。
事実を余すところなく伝えれば、父が自ら兵を率いてローリーを誅してくれるに違いない。
すでにその公爵の目の前で、止める間もなく多くの兵士が虐殺されてしまっており、他ならぬアーロン自身もその事実を聞いたがゆえにローリーのもとへ向かっていたわけなのだが、動転していたアーロンはその事を完全に失念していた。
「──馬鹿者! あの離れには近寄るなと厳しく言いつけておいたはずだ!」
「も、申し訳ありません父上! ですが!」
領を守る兵士を何十人も殺したにもかかわらず、何のお咎めもなく、しかもヴォールト家の城の敷地内でのうのうと暮らしているなど、あっていい事ではない。
アーロンにはどうしてもそれが納得いかなかったのだ。
あまつさえ、あの男はアーロンを愚弄し、挑発し、精鋭をひとり殺した。
到底許せるものではない。
「聞き分けろ、アーロン! ……お前にだってわかるはずだ。あの男の異常性が。我が領の職業兵士をたった数時間で壊滅させたばかりか、人を殺すことに何の躊躇いもないような男なのだぞ。まるで我らと同じ一族とは……いや我らと同じ種族とは思えぬ。血筋は間違いなく王家のものを引いているのだろうが……」
「あの鮮やかな原色は、確かに、そうでありましょうが……。で、ですが、たとえ王家の者であったとしても、公爵家の城であれほどの凶事を起こしたのなら最低でも幽閉が妥当なのでは……!」
「だから、しておるではないか! あれには、離れから一歩も外に出ぬよう言いつけてある。兵の鎧さえ素手で引き裂くような化け物だぞ。仮に鉄鎖で牢に繋いだとしても、一体どれほどの意味があるというのか。それならばまだ、目の届きやすい離れの方がいくらかマシだ。
それをお前は、のこのこと自分から近づいていきおって……!」
「……申し訳、ありません」
ルーベンのこの叱責は、アーロンに屈辱と反抗心を植え付けた。
ルーベンは長男ディランよりも、自身の若い頃によく似た次男アーロンを溺愛しており、これまでほとんど叱ったこともなかった。
その事がアーロンの傲慢で独り善がりな性格を形成したとも言える。
そんなアーロンが、成人を迎えた後になってこのように頭ごなしに叱られてしまったのだ。素直に受け取れるはずがなかった。
そのせいでアーロンの中に、父に対する強い反抗心が芽生えてしまった。
遅れてきた反抗期、というやつである。
「……もうよい。下がれ。よいか、くれぐれも、あの離れに近づくようなことはするなよ」
「はい。わかりました。父上……」
態度だけは大人しく、父の前を辞去したアーロンは、自室に戻りひとり考えた。
このままいけば自分が継ぐであろうヴォールト公爵家に、あのような異常者がのさばっているのは我慢がならない。
今代、王家には男児が居ない。
ゆえに兄ディランは王家に婿入りし、次代の王配となる事が内定している。
いやヴォールト家はそこらの貴族とは違い、王家の血を濃く引いている。あるいは、ディランが王配ではなく王として立つ事もあるかもしれない。
内定していると言ってもまだ婚約段階でしかない現在では、そのあたりはまだ未確定のはずだ。
もちろん、この事実は対外的には明らかにはされていない。
いくら公爵家長子であると言っても、少なくとも次期王配が内定しているなど軽々しく口に出せることではないし、あくまで婚姻による未来にすぎない以上、確定する前に公になればディランが暗殺される恐れもあるからだ。
アーロンは常々、何故自分ではなく兄が、と考えていた。
王女と兄が惹かれ合ったのは、たまたま兄のほうが先に王女と出会ったからに過ぎない。
血筋は同じだ。アーロンの方が先に王女と出会っていれば、次代のグロワール王国の王はアーロンになっていたはずである。
まだ婚約段階であるうちにディランをどうにかするか、あるいはアーロンが王女と強引に既成事実を作ってしまえば、アーロンが王となる未来も実現するかもしれない。
アーロンは常日頃からそんな事を考えていた。
もちろん遠く辺境の領地にいるアーロンでは、王女と既成事実を作りたくともそんなチャンスはない。理由もなく王都に行くのも不自然であるし、王都で催されるパーティか何かの機会に実行に移すべく、密かに計画を練っていた。
しかし、今。
父に対する反抗心。
王女を手に入れ王になろうとまで考えてしまう、強い自己顕示欲。
これまで思い通りにならなかった事がないという、身勝手な傲慢さ。
そういった要素が混じり合い、アーロンの頭は、どうやって王女を手に入れ次代の王となるかということよりも、どうしたらあのローリーを始末出来るのかという事でいっぱいになっていた。
何か少しでも、ローリーを討つために役に立つ情報は無いだろうか。
無様に逃げ帰る事になった、先ほどの事を思い出す。
本来アーロンの性格では、明らかな恥となるような自身の過去は思い出さない。しかしこの時、肥大化した自尊心が父への反抗心とローリーへの憎しみによって裏返り、過去を冷静に見つめ直す事が出来ていた。
「……顔色ひとつ変えずにあれだけの殺戮をしておきながら……奴は離れから出てこなかったな。父上は、奴に離れから一歩も外に出るなと命じたと言っていた。それを律儀に守ったということか……」
辺境とは言え、広大な領地を預かるヴォールト公爵家である。
領内で起きた犯罪の情報は自然と集まってくる。
現状、公爵家を継ぐ公算が高いアーロンも、そういった犯罪者の情報を閲覧する事が可能だ。
特に性格的に凶暴というわけでもないのに凶悪な犯罪を犯した者の中には、自分の中に独自のルールを作り、異常なまでにそれを遵守するタイプの者がいた。
何処にでもいる貴族の青年然とした風貌でありながら、涼しい顔をしてアーロンの精鋭を殺してみせたローリー。
一部の特異な犯罪者の特徴は、ローリーにも当てはまっている、ように思える。
「……だとすれば、たとえ何が起ころうとも奴が離れから出てくることはない……はずだ」
それと、もうひとつ。
兵士を大量に虐殺したことについて、ローリーはあろうことか、アーロンに対して感謝を要求していた。
一体何を言っているのかさっぱり理解できなかったが、ローリーが特殊な異常者だとすれば、彼なりに筋の通った理屈があってああ言っていたはずである。
恐怖と混乱の中にあって、かろうじて聞き取れただけの言葉であるため、思い出すのも大変な苦労を伴うが、それでも必死で記憶をたぐる。
「……兵士は、命令されて戦うのが仕事。ゆえに、戦いの中で命を落とすのは幸福な事。それが事実かどうかはどうでもいいが、少なくとも奴の中ではそれが真実なのだろう。
そのロジックに従うのならば……。もしかしたら、奴は兵士以外は殺さないのではないか?」
そういえば、今のところローリーが職業兵士以外を殺害したという話は聞いていない。訓練場に並べられていた遺体も全て鎧を身にまとっていた。
「だとすれば、俺が離れの外から指示を出し、兵士以外の格好をした者にローリーを攻撃させれば、奴は反撃しない……かもしれんな」
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