第12話「平和的な解決」





 アーロンが命じると、両脇に控えていた兵士がすぐさま対応し、目にも留まらぬ速さでローリーに迫った。

 前日に領の兵士たちとローリーとの戦闘とも呼べぬ一方的な殺戮を見たばかりのダミアンから見ても、明らかに数段上の実力者だ。アーロンは公爵家に仕える兵士の中でも腕利きを選りすぐって侍らせているらしい。


 もちろん領主たる公爵ルーベンも精鋭部隊は持っているのだろうが、当然ながら精鋭ならば一般兵より能力が高いため、様々な仕事が出来る。ローリーに壊滅させられた、普段から警備のために城に立たせている者たちは一般兵だ。

 前日、ヴォールト兵団の精鋭兵が出てこなかったのは、ローリーを捕えろと正式に公爵より命令が下されていなかったからだろう。あれはあくまで現場兵士の暴走だったのだ。ただ公爵が止めなかったというだけで。

 もちろんあの時城に詰めていた多くの兵は、仲間に加勢するためローリーに手を出し、命を散らしていった。状況は理解していただろう精鋭兵もそうしていてもおかしくはなかった。精鋭兵があの中に入っていなかったのは、あるいはローリーの危険さをいち早く察知し、手を出すのを躊躇っていたからなのかもしれない。


 アーロンの命令を受けた腕利き兵士のうちひとりが、ローリーの腕を掴もうと手を伸ばした。

 離れの中に入ってきたのはひとりだけだ。

 残った方の兵は念のためか、アーロンを守るつもりで彼の前に立っているようだが、そこは離れの外である。

 ダミアンがこれまで接した中でわかっている範囲でのローリーの思考、そして先ほどまでの会話から考えると、おそらく離れの外のアーロンは無事でいられるだろう。兵士の心配は杞憂だ。


 しかし、離れの中まで入ってきて、しかも離れからローリーを引きずり出そうとするのであれば。

 兵士の腕が、ローリーの袖に触れるかどうかといったところでどさりと床に落ちた。


 腕が切り落とされた、とかそういうことではない。

 力を失った兵士の身体が床に膝を付き、そのまま倒れ込んでしまったからだ。

 そして、なぜ力を失ってしまったのかと言えば。

 頭部を失ってしまったからである。


 その頭部はいつの間にかローリーの左手が持っていた。


「──う、うわああああああ!?」


 兵士が倒れ、その首から大量の血が流れ出したことでようやく状況を把握したアーロンが、情けない叫び声を上げた。

 もうひとりの腕利きの兵士は硬直し、全く動けなさそうだ。

 それもそうだろう。おそらくは自身と同程度の実力を持つ同僚の兵士が、本人すらよくわかっていないうちに首と胴を切り離され、命を奪われてしまったのだ。仮に動けたところで、下手な行動を起こせばすぐさま同じ目に遭うことになる。


「おっと。これはすまないな。つい、やってしまった。本当に申し訳ない。ダミアン殿」


 前日の領城での惨劇でも嫌というほど見てはいたが、それでも非日常的な凄惨な光景である。

 その当事者に不意に名前を呼ばれてしまったダミアンは、心臓が止まるかと思うほど驚いた。


「なっ、なな、なんでしょう。ローリー様……」


(というか、なぜ僕に謝るんだ。謝るのなら、殺してしまった兵士かアーロンにじゃあないのか!)


「絨毯を汚してしまった。咄嗟のことでそこまで気を回す余裕がなかったのだ。すまないが、後で片付けておいてくれないか。はもっと綺麗に始末するとしよう」


 ローリーはそう言いながらを見て、言った。


「──どうした。何を呆けているのだ。今、そこの男はお前に、私をこの離れから引きずり出せ、と命令したはずだ。残念ながら私はこの離れから出るなと命じられているから従ってやるわけにはいかないが、それはお前には関係の無い話。兵士というのは命令ひとつでその命を投げ出すのが仕事だ。さあ、命がけで私をこの離れから引きずり出してみせろ。私も命がけで抵抗するとしよう」


 するとひとり残った腕利きの兵士は、アーロンを担いで一目散に逃げ帰って行った。

 ローリーを見ているとそうは思えなくなるが、成人男性を担いだ状態で苦もなく全力疾走が出来るとは、やはりあの兵士は精鋭であったようだ。





 ◇





 首のない死体を片付け──と言ってもダミアンは死体の処理などどうしていいかわからなかったので、前日に死亡し訓練場に並べられて布をかけられていた兵士たちの死体の列にこっそり混ぜただけだが──絨毯を張り替え終わる頃には、日が完全に落ちてしまっていた。

 ダミアンにとって、この日も長い一日だった。

 が、結果だけ見ると、大量に人が死んだ前日よりも、絨毯の張り替えの方が気疲れしたような気がするのは少し奇妙な感覚だった。


「やれやれ。やっと片付いたな。ダミアン殿、本当に迷惑をかけた。

 ところで、あの茶髪の男は結局何者だったのかな。知っていて当然という態度だったが、ダミアン殿はご存知か?」


「……もしや煽りではなく、本当にご存知なかったので?」


「うむ。先ほどの彼のことなら、顔を見たのも初めてだ」


 ダミアンはローリーがこの城に来てからのことを思い出す。

 彼に色々と物を教えたのはダミアンだが、その時の反応からすると、ヴォールト家どころか、この国に関する一般的な常識さえも怪しい感じであった。

 もし、何の情報も得ないままこの城に来ていたとしたら、確かに公爵家次男の顔など知らないだろう。肖像画は至る所に掛けられているが、肖像画が掛けられるような来客用のエリアや公爵家関係者のプライベートエリアにローリーが立ち入る機会があったとは思えない。


 となると、アーロンをはじめとする公爵家の面々について伝えるのもダミアンの仕事だったのだろうか。

 ルーベンには何と言われていたのだったか。

 一般常識と言葉遣い、それから魔法については聞いた覚えがある。その通りにしたはずだ。

 しかし、ヴォールト家に関する情報については何も言われていなかったと思う。いや、これをこの国の一般常識と見做すのであれば教えておくべきなのだろうが。


「……ご存知なかったのなら仕方がありませんが、今の方はアーロン・ヴォールト様。このヴォールト公爵家の次男様でございます」


「なるほど。あれも公爵様のご子息、つまりは私の兄上であったか。平和的に済んでよかったな」


 果たして平和的に済んだと言っていいのかどうかはダミアンにはわからなかったが、とりあえず、アーロンもローリーも怪我ひとつ無く終わった事は確かに幸運だった。

 何か少しでも不運な事があれば、どちらかの命──高確率でアーロンの方──は失われてしまっていただろう。


 それは困る。

 ダミアンには、どうしてもアーロンに聞かねばならないことがあるのだ。

 もちろん素直に聞いて正直に答えるとは思えないが、死んでしまっては何も聞くことは出来ない。


 そう、ダミアンがこの公爵家に仕えているのは、アーロンについて調べるためだった。




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