第5話「殺しすぎて運命に見つかる青年」





 グロワール王国の隣にはスフォルト帝国とマルール連邦があり、この2国は狭小な人類の生存域を賭けて日々争っていた。

 幸いにして、と言って良いのか、グロワール王国と相争う2国との間には大陸最大のネムス大森林が横たわっており、細い交易路しか無いため王国が彼らの戦争に関わる事は無かった。


 帝国は王国よりも歴史が古く、それだけ多くの貴族家が血を残していた。

 王国と帝国における貴族の家の数とは、端的に国の力を表している。

 なぜなら、魔法という強大な力は基本的に貴族にしか伝えられていないためだ。

 これは元々、支配者と被支配者を明確に分けるための措置であった。現代よりももっと原始的な統治体制だった時代、貴族は魔法の力を以て効率的に平民たちを統制していたのだ。その頃の名残りである。

 人口が増えていくにつれ平民たちの持つ社会的な力も増していき、今では貴族が魔法や権力で一方的に搾取するという時代ではなくなりつつあるが、だからといって敢えて魔法の秘技を平民たちに広めるメリットはない。

 これは人口増加に伴って人類の生存域が手狭に感じられるようになっても変わらなかった。

 あるいは王侯貴族たちにとっては、現在の生存域でも十分であるからかもしれないが。発言力が増したと言っても、依然として帝国や王国の制度では土地は貴族の持ち物であった。


 それら権威主義国家に対し、連邦は複数の部族から為る連邦制国家であり、王国や帝国で言うところの貴族という身分が存在しない国である。おさに代々伝わる秘技のようなものが存在する部族もあるにはあったが、それはあくまで部族長一族のみに伝わる秘技であり、戦力として体系的に使えるようなものではなかった。


 つまり連邦は王国や帝国と違い、戦略的に魔法を組み込んだ軍隊を持ってはいないということだ。

 ただ連邦はその国土面積が大陸において最大であり、相応の人口を有している。その分単純に戦力として徴発出来る人数が多く、魔法戦力の差というハンデがあっても帝国軍と長きに渡り互角に戦う事が出来ていた。


 そこまでが、この大陸でのある種の常識であった。


 しかし、その常識は崩れ去った。


 それは、マルール連邦にある傭兵団が雇われた事で始まった。


 その傭兵団はそれまで全くの無名で、どこで結成されどこから来たのか、来歴に関するあらゆる情報が不明であった。

 ただ連邦という国の広大さと、連邦領内であっても連邦政府と全く交流がない部族も存在している事実から、まあそういう者たちもいるだろうという事で何となく雇われたようだった。


 当初、無名のその傭兵団は、連邦軍には単なる数合わせ、または矢避けくらいにしか思われていなかった。


 連邦の敵である帝国軍は魔法という、極めて制圧力の高い戦術兵器を組織的に使う。

 制圧力が高いと言っても魔法の種類によっては貫通力が低かったり、連発が出来なかったりするため、連邦軍内では魔法に対抗するには物量で攻める事が推奨されていた。


 つまり連邦軍は、新参の傭兵団を敵の魔法攻撃を最初に受ける盾にしようと考えたのだ。


 貴族のいないマルール連邦だが、身分の格差がないわけではない。

 連邦制という政治形態を取っている以上、議会で発言力のある者の出身部族は他部族に比べ社会的地位が高い傾向にある。もちろん明文化されているわけではないが、慣例的にそれが部族間での格差を生んでいた。

 そんな中で、出身部族を明言しない傭兵団が現れたとすれば、それは明かせないほど立場の低い部族の出身であるか、あるいは何かあっても部族を頼ることが出来ない理由があるか、そんなところだろうと判断されるのが通例であった。

 ましてやそれまでの経歴も実績も何も無いのでは、盾にされて使い潰されるのがオチである。


 しかしいざその傭兵団を盾に使ってみると、彼らは帝国軍の魔法の斉射を受けても斃れる事はなかった。

 単発の砲弾型の魔法は身を翻して躱し、範囲型の魔法には耐えきってみせたのだ。


 戦場で魔法を躱せるほどの動きが出来たのも、範囲型で威力が減衰しているとは言え直撃を受けて耐えられたのも、傭兵団が身に着けている特殊な防具のお陰だった。

 この時傭兵団に前線に立つよう命令をした下士官は知らなかったが、彼らの装備はいずれも強大な蠻獣の素材によって作られたものだった。金属鎧とは比べ物にならないほど軽く、人間如きの放つ魔法程度では傷もつかない。

 全身を骨や毛皮、鱗などで覆った蛮族めいた様相と、ひとりひとりが違うデザインで統一性が無かったことも、彼らが寄せ集めの木っ端部族の出身に思われた一因だったのかもしれない。





 ◇ ◇ ◇





 連邦が盾にした傭兵団を食い詰め者の弱小集団だと判断していたのは帝国軍も同じだった。

 だが、帝国軍は連邦軍より先に、そうではなかったことを知る。


「な、なんだあいつらは! 魔法が全く効いていないぞ! おい、法兵隊! 真面目にやっているのか! 相手が雑魚だからって、手を抜いてるんじゃないだろうな!」


「なんだとっ!? 貴様、たまたま運良く戦功を上げた平民の分際で、我ら法兵隊を愚弄するか!」


 帝国は実力主義の国である。

 いや正確に言えば、帝国は実力主義のである。

 魔法が使える貴族家出身者のみで構成された法兵隊を除けば、身分にかかわらず教育と戦功によってのみその地位が与えられているのだ。

 ゆえに、貴族しかいない法兵隊に平民の指揮官が命令を下すこともある。

 もちろん法兵隊も貴族家出身とは言え、軍に身を置くことを覚悟した者たちである。平民であろうと、それが優秀な指揮官ならばその命令を受諾する事に否やはない。

 平民出身の指揮官の方は言わずもがなだ。兵士が兵士として役割を果たすのならば、それが平民だろうと貴族だろうと構わない。彼らは相手が何であれ、必要ならば非情な命令も下す。


 帝国軍が法撃で敵陣を吹き飛ばせば、連邦軍の弓兵隊が肉盾として吹き飛んだ傭兵の屍を踏み越えて現れ、帝国軍がクールタイム中の法兵隊を下げて重装歩兵を前面に出すと、これに連邦軍弓兵隊が矢を射かける。

 それがここ十数年の帝国と連邦の戦争の姿だった。


 そう、お互いがお互いの職務を全うしている間は問題ないのだ。指揮官が的確に目標を指示し、法兵隊がその制圧力を十全に発揮し、戦況をコントロール出来ている間は。


 しかし、必勝のはずのそれが一手目でいきなり頓挫したとなると話は違ってくる。

 成功するはずの戦法が失敗したならば、そこには何かミスをした者がいる事になる。それが自分でないならば、他の者がミスをしたに違いない。

 その思考が彼らの口論を誘発した。


 本来であれば口論などしている余裕はない。そこは戦場なのだ。

 法撃が成功するにしろしないにしろ、一発撃ったのなら帝国軍のドクトリンに従って法兵隊は下がるべきだった。また、指揮官も直ちにそれを命じるべきだった。


 それに気づいた時にはもう遅かった。


「戦場で身分など──ええい! 話にならん! いいから、魔法を撃ったのなら法兵隊は下がれ! 歩兵の邪魔だ!」


「言われずとも──ぎゃあああ!」


「な、なんだ!?」


 法兵隊が後退しようと転身したその瞬間、ほんのつい先ほどまで法撃されていたはずの敵傭兵がすでに目の前に迫っていた。


 法兵隊が最期に見たのは──


 燃えるような赤い髪を振り乱し、何もかもを見通すような金の瞳をきらめかせ、両手に2本のナイフを構えた、戦場には似つかわしくない美しい男の姿だった。





 ◇





 この日、帝国軍は歴史的な大敗を喫した。

 それまでは拮抗か、やや帝国優勢で推移していた戦況は、少しだけ連邦軍に傾く事となった。

 とは言え、所詮は一部戦線での話だ。全体から見ればそれ自体は単に戦場の揺らぎにすぎない。


 だが虎の子の法兵隊に大きな損害を出してしまった事実は帝国軍にとって大きな傷となった。法兵隊がその制圧力を大きく減じてしまったその戦線は、数で優る連邦軍に容易く押し込まれていった。

 また同時に、他の戦線でも法兵隊が撃破される事態が相次ぎ、帝国軍は日に日に劣勢に追い込まれていった。そして法兵隊が撃破された戦場には、常に赤髪金眼の男が率いる傭兵団の姿があったという。

 もっとも連邦軍の現場指揮官としてはこれは当たり前の判断で、使っても壊れない盾を手に入れたからあらゆる戦線で使ってやろうと考えていただけなのだが。


 そこまでされて初めて、帝国軍司令部は自軍の劣勢の原因が現場のミスではなく単に敵が強すぎるだけなのではないかと気付いた。

 これは仕方がない事だ。それまで若干優勢で推移していた戦況が、たった一個の傭兵団の登場で一気に劣勢に傾いたなど普通は思わない。


 ともかく、帝国は一部の敵の異常な強さにようやく気が付き、そして同時に思い出した。


 遥かな昔、まだ大陸中央の大森林が小さく、三国がひとつの国であった頃。

 とあるひとりの英雄がいた事を。

 その英雄が帝国に反旗を翻したことで国が割れ、三つに分裂してしまったという歴史を。


 その英雄こそ、現在のグロワール王国の礎を築いた初代の王。


 赫耀かくようの悪夢と呼ばれた、赤髪金眼の美丈夫であった。







★ ★ ★


最初、本作タイトルを「赫耀の悪夢」にしようかと思っていました。

略して「カクヨム」ですよろしくお願いしますとか出来るからです。

「ほう……」と思われた方は★★★とか♥とか応援コメントとかをお願いします。

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