第4話「周りの運命を殺し始める少年」





 隊商を襲撃するにあたって、障害となるのは護衛の狩人ハンターたちである。

 彼らは日常的に強大な蠻獣ばんじゅうを相手にしている頭のおかしい戦闘民族である。多少戦闘が出来るようになったとはいえ、それまで平和な人生を送ってきた元平民や貧民たちが敵う相手ではない。

 隊商ともなれば護衛の頭数も多い。多少人数で勝っていたとしても素人サバイバル集団では太刀打ち出来ないだろう。


 街道には、馬車でおおよそ半日程度の道のり毎に野営地のようなちょっとした広場が作られている。

 行商はまず例外なくこの野営地で夜を明かす。

 何日にも渡って街道を通る行商を観察し続けた事で、少年の率いる集団は街道を通る行商の行動パターンを察する事が出来ていた。


 これは普段この集団が行なっている、小型、中型の蠻獣の狩りと同じだ。

 獲物の行動を監視し、パターンを読み切り、罠を仕掛け、必勝のタイミングで狩る。

 もちろん、それを可能とするだけの隠密技術も全員が修めている。森の中では、そうでなければ生きてはいけないからだ。


 行商の中には稀に、自信があるのか他に理由があるのか、護衛も付けずに一人で街道を通る者がいた。

 そんな行商を見かけた場合、監視役は拠点に伝え、周辺に仲間を伏せさせた上で、ギリギリまで街道に近付いて監視するようにしていた。

 これは自分たちの隠密技術が人間に対してどのくらい有効なのかを調べるためであった。


 この頃になると、少年の率いる集団は、中型の蠻獣相手でさえ嗅覚以外で察知される事が無いほどの隠密技術を修得するに至っていた。

 その理由として大きいのは、肉の味である。

 他の地域ではどうなのかわからないが、この森に関して言えば、小型の蠻獣より中型の蠻獣の方が肉が美味かった。調味料がないこの生活では、肉の持つ本来の味こそが至高の嗜好品であった。

 ゆえに少年たちは、その命を懸け、中型の蠻獣を安定して狩るために必要な能力を獲得したのである。


 今回、人間を襲うのはその肉の味を引き上げてくれるかもしれない調味料のためだ。

 ゆえに彼らは、いかに安定して人間を狩るかを模索する必要があった。

 一見危険なだけに思えるこの隠密技術の確認も、全てはそのためである。


 少年を除くと、集団の人々の実力はどれも大した違いはなかった。

 元々、荒事には向かない人生を送ってきた者たちだ。貧民──元貧民の中には平民から食糧や財産をかっぱらっていた者も居たが、それにしても兵士や狩人と比べれば平民と変わらない。

 才能のないそんな彼らであるから、戦闘技術や隠密技術を底上げしたとしても突出して優れた能力を発揮する者は居なかった。少年が例外だったのだ。


 なので、少年以外の誰かの技術が通用したのであれば、それはこの集団の誰がやってもほぼ成功するだろう事を意味していた。


 果たして、この監視役は行商人に気付かれる事なく限界まで近付く事に成功した。

 限界まで、というのは具体的に言うと、お互いの吐息がかかる位置までという意味である。

 ひとり野営地の焚き火を見つめる行商人の真後ろ、密着しているのではないかというくらいの距離に監視役がいる。

 その光景は実に滑稽で、周りで伏せて様子を見ている仲間たちは吹き出すのを我慢するのに必死なくらいであった。

 距離こそもう少し離すものの、似たようなことが中型のツノ有りウルフ相手にも出来るくらいだ。人間相手であればさもありなんと言ったところだった。


 これほどの事が出来るなら、行商人を無傷で生かしたまま荷を奪うのも容易であった。

 しかし、少年らはそうはしなかった。

 行商人を生かして帰せば、この街道に賊が出る事が広く知られてしまうからだ。奪う以上は、関係者は全て殺し、その痕跡も消さなければならない。





 こうして少年率いる集団は野盗となり、森と行商から得られる恵みでさらに力を付けていった。

 しかし、塩くらいならまだしも、砂糖や香辛料のような高価な商品を運ぶ個人の行商というのは一向に見つけられなかった。





 ◇ ◇ ◇





 人口増加からの大規模な暴動より一年余り。

 平民、貧民合わせて暴発しやすい性質の者たちを一斉に放逐した事で、王都にはかつてなく平和な時間が流れていた。


 そんな平和な王都であったが、ここ最近は少し不穏な話題も出ることがあった。

 特に平民たちが集まる酒場などではその傾向が大きいようだ。


「おい、ロバートの話、聞いたか?」


「ロバート? いや、聞いてねえな。そういや最近見ねえなあいつ。そろそろ王都に行商に来る頃じゃなかったか」


「それだ。どうやらよ、行方不明になっちまったみてえだぜ、ロバートの奴」


「行方不明ったって、行商人の行方なんて元から誰も知りゃしねえだろうがよ。特にあのロバートだしよ。どうせどっかに買い付けにでも行ってんじゃねえのか?」


 何しろ、外壁で囲われた街の外は人が生きられる世界ではない。そこを歩く行商の安否など、街の人間には知る由もない事だ。

 特にくだんのロバートは元々狩人ハンターとして活動していたほどの腕利きであり、護衛として金を払って元同業者を雇うのが馬鹿らしいと、たった一人で街から街へ渡り歩くという常軌を逸した商売をしている者だった。

 あげく付いた渾名が狩商人、ハンター狩人マーチャント商人を合わせた造語でハンチャントである。人は彼を、ハンチャント・ロバートと呼んでいた。

 王都近辺でハンチャント・ロバートと言えば、行商関係者なら大抵知っているちょっとした有名人だった。


「いや、それがな。王都に行くっつって、拠点のあるオルターの街を出たのが結構前の話らしいんだけどな。そいつを聞いた後、しばらくしてからオルターを出た隊商がもう王都に着いちまってんだよ」


「マジかよ」


 元狩人がひとりで行動しているだけあって、行商人ロバートの足は速い。

 そのロバートよりも後からオルターの街を出立し、ロバートよりも早く王都に到着するなど普通に考えて有り得ない。しかも、この時期の隊商と言えば役人も同行する納税のための隊商であるはずだ。行程は運動不足の役人たちの足や体力に合わせる必要があるため、通常の行商よりもかなり遅いというのが商人たちの中での常識だった。


「しかもよ。ここんとこ、ロバートに憧れてひとりで行動する若い行商が結構いただろ。まあオルターと王都の間にゃディテリオの森しかねえし、あそこは浅層ならまだ逃げ切れないような獣は出ねえから、若い連中が無茶してもそんなに被害はなかったんだが……。

 ところがよ、最近はロバート以外にも、単独か護衛を付けずに少人数で動いてる連中なんかは軒並み消息不明になっちまってるらしいぜ」


 元狩人のロバートは実力者だ。基本的に人類は街の外では生きてはいけないのだが、彼は例外である。彼に憧れ、彼のようにソロでハンチャント、略してソロチャンをする若者は多くいたが、そのうちのいくらかはすでに蠻獣に襲われて命を落としていた。

 だが、この王都とオルターの街の間の行商路を使う限り、その危険性はある程度低い水準に抑えられていた。

 理由は今男が言った通り、間に横たわるディテリオの森に生息する蠻獣があまり森の外に出たがらないからである。たまに街道に現れる個体も小物か群れからはじき出されたくらいであり、倒すのは無理でも逃げるのは容易だった。


 だからこそ、比較的安全とされているその街道で行方不明者が頻発しているという話は不気味であった。


「まあ、ロバートの事は残念だがよ。もともと、ひとりで行商をしようってのがおかしかったんだよ。これからは隊商みたいに徒党を組んで、護衛も雇って大人数でやれってことだな。俺たちも気をつけようぜ」


「そうだな。じゃ、ロバートと馬鹿な若者たちの冥福を祈って」


「おう。献杯だ」


 そう言って、酒場で飲んでいた2人の商人は盃を合わせた。


 しかし、商人たちはこの後いくらもしないうちに思い知る事になる。この噂がただの「不穏な話題」で収まっているうちが花だった事を。





 それから数日後、オルターの街を経由して遠方よりやってくるはずだった、税を載せた隊商が消息を断ったという情報が王都にもたらされた。


 これを受け、王国はディテリオの森の大規模な調査を計画し、兵と狩人を集めた。

 これまでに無かった事故が立て続けに起きているのなら、その危険の源となる場所に何らかの変化が起きていると考えたからだ。


 官民一体となって組織された調査隊は森の浅層を調査した。

 その結果、浅層と中層との境目に、要塞化された人工の建造物を発見する。


 建造物には蠻獣の素材や森の特殊な木材で武装した正体不明の集団がおり、これこそ昨今の被害をもたらした森の変化点であると断じた調査隊は、謎の集団に攻撃を仕掛けた。


 この調査隊には、貴族の子弟も参加していた。

 貴族は「魔法」を使う事が出来る。魔法とは貴族だけが使うことが出来る超常の力のことだ。何もない所に火や雷を生じさせたり、風や大地を操ったりする事が出来る。

 この調査隊の貴族たちには、魔法専門の戦闘部隊、いわゆる法兵隊ほどの練度は無かったが、いずれも貴族として相応しい教育を受けた、魔法技術に自信のある者たちだった。

 この数の兵士と狩人、そして貴族の操る魔法があれば、ディテリオの森の浅層から中層程度の蠻獣なら恐れるものなどない。ましてや人間の野盗であれば、鎧袖一触に蹴散らす事が出来る。

 そのはずだった。


 ところが、調査隊は敗走した。

 敗走どころか、潰走と言ってもいいほどのざまだった。

 頼みの綱の貴族たちもたおされ、僅かな数の生き残りのみが這々ほうほうていで逃げ出す事に成功する有様だった。


 生き残りの証言では、野盗は高位の獣の素材による装備を身に着けており、貴族の魔法をも物ともせずに襲いかかってきたとの事だったが、そんな事は有り得ない。

 それでは野盗どころかどこかの国の特殊部隊だ。自らの失態を隠すために大げさに言っているのだろうと、まともに聞き入れられなかった。


 その後、しっかりと対人用の備えをし、さらに戦力を増やした第二陣で同要塞を急襲するも、その時にはすでに要塞はもぬけの殻であり、野盗と思われる武装集団の行方は全く掴めなかったのだった。

 第二陣はこの要塞を再利用されないよう徹底的に破壊し、帰還した。





 この日を境に、王都・オルター間での隊商や行商の被害は激減した。


 野盗集団の行方はついぞわからなかったが、それからぽつぽつと他の地域の街道でも同様のケースと思われる隊商、旅人の失踪事件が発生していた。

 都市間の連絡手段も隊商や行商に頼るしかない王国では、その連絡手段を途絶せしむる野盗集団に対し、有効な手は打てなかった。そもそも、全く街や人里に立ち寄らずに行動し続ける武装集団など、王国の歴史を紐解いてみても異例の事なのだ。知恵を持つ蠻獣の群れのようなものである。対抗手段など無かった。


 しかし、さらにそれから何年も経つと、そうした被害も聞かなくなっていった。

 常態化して麻痺してしまったとかそういう事ではない。その証拠に、以前と同じように流通が回復した地方の都市と連絡を取り合う事で、実際には王国が把握していた以上の被害が発生していた事が明らかになったのだ。こうした調査が出来る事自体、野盗集団がもう居ないことを示していた。


 王国は安堵した。

 おそらく、身の程知らずにも強大な蠻獣の住処にでも入り込み、食い殺されてしまったのだろう。王国の上層部や商人たちはそう語り、笑った。







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