第213話 弟

「フフッ。驚いているようだね兄さん」

 

 そう言ってフードを捲る。肩まである黒髪が靡き紫色のどことなくギラついた瞳がガイを捉えた。


「兄さん? ふざけるな! 俺には弟なんていないはずだ!」

「やれやれ。兄弟初の感動的な対面だというのにあんまりだね。まぁ僕も話だけ聞いていただけなんだけどね。でもね、ずっと会いたいとは思っていたよ」

「そういうことだ。こいつは俺の隠し子でな。ギル・グラン――つまり腹違いのお前の弟ということだ」


 そんな事を平然と言いのけるグラン。一方でガイは信じられないと言った顔で肩をわなわなと震わせていた。


「腹違いだと? テメェ母さんがいたのに何やってやがんだ!」

「やれやれ。また母さんか。もうこの世にいもしない女相手にいつまで固執してるんだか」

「本当だね。もしかして兄さんマザコンって奴かい? 我が兄ながら情けないよ」


 そう言ってガイの弟を名乗るギル・グランがガイを嘲笑した。


「くっ! だとして一体どういうつもりだ! これまで存在すら知らなかった弟とやらを連れてきて何が目的だ!」

「存在さえ知らなかった、ねぇ。それはそうだろうさ。僕はそうやってずっと闇の中に閉じ込められていた。兄さん今のあんたと同じようにね。その間ずっとお前は勇者として太陽の下でヌクヌクと過ごしてきたんだろう? 本当に羨ましいねぇ。でももういいだろうその幸せをさ、僕にわけてよ」

「何だ、と? テメェ一体何をしてやがったんだ!」


 ガイの矛先がグランに向けられた。突然弟を連れてきたことにも驚きだったが、どうやら弟への待遇は決して良いものではなかったようだ。


「――仕方のないことだったのさ。だがな、ギルも納得してくれた。私が間違っていたことに気がついたからな。私はお前のようなろくでなしではなくこのギルの方を跡継ぎとして育てるべきだったのだ。それに気がついた。ギルもそれに納得してくれた」

「ふざけんな! そんな勝手な言い分が通るかよ!」

「安心してよ兄さん。僕もそれは受け入れてる。兄さんが愚かな真似をしてくれたおかげで僕もようやく日の目を見れそうだからね。それにこれでも一応最低限の暮らしはさせてもらったからね」


 微笑を浮かべギルが言った。だがガイは気がついた。その目は全く笑っていないことに。


「そういうわけだ。確かに貴様が馬鹿な真似をしたおかげで面倒なことになったが、これから先はギルが上手いことやってくれるだろうさ。さぁギル見せてくれお前の力を」

「――そうだね。じゃあ見ててよ」


 グランの言葉にコクリと頷きギルがガイの目の前に立った。


「テメェ、本当にそれでいいのか? 言っておくがこいつは最低な男だぞ!」

「かまわないさ。理解している。それよりも、フフッ、これが兄さんの勇者の紋章なんだね」


 枷にはめられたガイの手に触れ手の甲が見える向きに動かした。


「テメェ何してやがる!」

「何って見てるのさ。兄さんの紋章をね。兄さんはこの紋章のおかげでこれまでいい目にあってこれたんだろう? だったらさ――そろそろ弟の僕に譲ってくれよこの紋章」

「は?」


 そしてギルが手の甲を向けた。そこには紋章が刻まれていなかった。だがその甲をガイの手の甲に重ねた瞬間、変化が生じた。青白い光が発せられ――かと思えばギルの手の甲に勇者の紋章が刻まれたのだ。


「な! 紋章が突然! しかも勇者の紋章だと!?」

「おお! 本当だ! お前の言ったとおりだった。まさか紋章を奪うとはな。よくやったぞギル!」

「なん、だ、と?」


 グランの発言にガイが自らの手の甲を確認した。そして気がついた。自身の紋章が消えていたことに。


「テメェ! 俺の紋章を!」

「あはははははっははは! そうさ! 僕が貰ったのさ! 今の兄さんには分不相応な代物だろうからね! だから僕が貰ってあげたのさ!」

 

 そう言ってギルが高笑いを決めた。グランも満足げな顔で二人の様子を見ている。


「よくやったぞギル。それでこそ我が息子だ。これで私の地位も安泰だ! あとはアクシス家も協力してくれるからな。ガイ喜べ。罪人のお前は勇者の紋章からも見放され代わりに弟のギルが勇者の跡を継ぐのだ。だからもうお前は心配しなくていい。地に落ちた勇者の成れの果てとして処刑されるがいい。あ~はっはっはっはっはっは!」


 こうして勇者ガイの紋章は奪われ、ガイは紋章の力を失った。それを認めた二人は高笑いを決めながらその場を離れていった。全てを失ったガイだけを残して――

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