第八章 救いたい仲間たち
第211話 戯れ
人もよりつかないような樹海の中、ポツンと佇む屋敷があった。外観は古く酷く傷んでいて一見すると誰も済んでいないように思える。
既に日は暮れ月明かりが静寂した樹海を照らす中――古びた屋敷の窓から微かな明かりが漏れていた。
部屋の中には何者かが寝ているベッドが一つ。木製の机が一つ。部屋の中心にはゆらゆらと揺れる安楽椅子が置かれ椅子には赤毛の女が腰掛け揺れ動きながら一冊の本に目を通していた。
光源は机の上に置かれたランプのみ。しかし赤毛の彼女にはそれで十分でもあった。文字を追う瞳の色は赤い。まるで灼熱のようだ。
彼女は机から木製のカップを手にし中身を啜った。特性の茶のようだった。すると一匹のカラスが窓際に降り立ち、窓ガラスを嘴でコツコツと叩いた。
「御主人様。どうしても伝えたいことがあります。開けて欲しいのですが――」
カラスは人語を介し流暢にそうお願いしてきた。やってきたカラスを一瞥し、彼女は頁を捲る手を止めた。
「ヤレヤレ騒がしい奴だ」
そしてパチンと指を鳴らす。するとスゥッと窓が開いた。カラスが部屋の中に入ってくる。
「全く私の貴重な読書の時間を邪魔するとは。それほどまでに大事な用なんだろうな?」
「勿論です――」
そう口にすると同時にカラスが青白く光り、カラスの羽はそのままに人の姿へと変化した。
「御主人様。人里で耳にしたのですが――お嬢様が人間たちに捕まったようです」
「ほう――あの不良娘がか」
そう言って彼女は本を閉じ机の上に置いた後、立ち上がった。
「だがそれがどうした? あいつは好きで私の元を離れたのだ。しかもいずれこの私を倒すなどと捨て台詞を残してな」
「勿論存じ上げております――しかしお嬢様が捕まった理由が人を殺した罪に問われてだとしたら、どうでしょうか?」
「――ほう、それは実に興味深い。私をあれほどまでに毛嫌いしていたあいつが人を殺したとはな。だがそれは事実なのか?」
「何らかの理由で人を死に追いやったことに間違いはなさそうです」
「ふむ――」
彼女は顎に手を添え思考した後、人型に変化したカラスに言った。
「少し興味が湧いたぞ。だがもう少しだけ待て。もうすぐこれも読み終える」
「ん~ッ! ん~ッ!」
そう答える彼女。一方でベッドの上で縛り付けられ口に猿轡をされた男がうめき声を上げていた。
「御主人様。この人間は?」
「あぁ。この本の作者だ。少々気になることがあったからな。攫ってきた」
「なるほど――」
カラスはそうとだけ返しそれ以上は何も聞かなかった。そして彼女の頁を捲る手が進み、最後のページに目を通した後パタンっと本を閉じた。
「中々面白かったぞ人間。人間というものはこういった物語を作るセンスには長けているようだ。そこだけは認めてやろう」
「ん~ッ! ん~ッ!」
目に涙を溜め、男は彼女に訴えた。命乞いしているようでもあった。
「ただし、私はこの物語に一つ不満がある。それは最後の展開だ」
彼女はベッドの隣に向かい、男を見下ろしながら言った。
「人間の男と禁断の恋に落ちる魔女。だがラストで人間の男は病に倒れた。魔女の森で暮らしたことで未知の病魔に冒され衰弱していたのだ。そして愛した男が病死し悲しみに暮れた魔女が男の後を追い自ら命を断つ――これが気に入らない。なぜ魔女が人の後を追って死ななければいけないのか。答えてくれぬか人間よ」
そう言って彼女は猿轡を解いた。喋られるようになった男が涙目で彼女に訴える。
「た、頼む助けてくれ! 俺には妻も子もいるんだ!」
「話を聞いていなかったのか人間? 私はお前になぜこのような展開にしたのかと聞いているのだ」
「そ、それは、そうだ! 私はこの物語を通じて異種間でも愛し合えることを伝えたかったのだ! そして敢えて両方の死を取り入れることで命の大切さ知らせたかった!」
「ほう。では聞くが、それは逆では駄目だったのか? 人が運んできた病魔によって魔女が死に、その後を追って男が命を断つ――それでは、駄目だったのか?」
冷たい目で魔女は男を見下ろしていた。声からは死の香りさえ感じさせ。
その殺気に当てられ男は涙と鼻水で顔を濡らしながら必死に命乞いの言葉を口にする。
「わ、わかった! 変えよう! それで書かせて貰う、いや書かせて下さい!!」
男のその言葉に彼女はため息をつき口を開いた。
「つまりお前にとってはこのラストはその程度の物だったということか。実にがっかりだ。途中までは楽しめていたのだがな。結局のところはお前は人寄りの考えでありそれが物語に反映されたということか」
「ち、違います。たまたまそうなっただけで、ラストの候補は色々あったんだ! そうだ。その中には貴方の考えに近いものも!」
「もうよい。興が削がれた」
そう言って彼女は男の胸の上に読んでいた本を投げ捨てた。
「私は飽き性でね。興味の失せた物はあっさり始末してしまう。それが本であっても――生き物であってもだ」
「ヒッ! 嫌だ! お願い許し――」
彼女が指をパチンッと鳴らした。途端に本が燃え上がりその炎は男の全身にも回っていった。
肉の焦げる匂いが周囲に広がる。炎に包まれる瞬間の男は声にならない悲鳴をあげ必死に体を動かそうともがき苦しんだがやがて動かなくなった。黒焦げになったそれを尻目に彼女が呟く。
「やれやれ全くつまらん物だったな。さてと……」
彼女は隣の部屋へ移動しクローゼットから新しい服を取り出し着替えた。赤い帽子とローブに赤マントといった出で立ちになりカラスに声をかける。
「仕方がない。久しぶりに娘の顔でも拝んでやるか」
「お供いたします御主人様――」
カラスは元の姿に戻り彼女に肩に止まった。
「このままお嬢様の下へ?」
「その前にこんな物を読ませた男の故郷とやらを焼き払ってからだ。この私にくだらない時間を過ごさせたのだからな」
「――承知いたしました。しかしお嬢様は大丈夫でしょうか?」
「あいつは腐ってもこの私の血を引いているのだ。そう簡単に死にはしないだろうさ――」
そして彼女は箒にまたがりカラスと共に夜空に飛びたったのだった――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます