第193話 ダンジョン下層に落下

――おい。

――おい。


 誰かの呼ぶ声が聞こえてきて頭の中が次第にはっきりしていく。目を開けるとそこには仮面をした女性の姿があった。左半分に仮面をつけた女性――


 確かこの女性は仮面人格のメンバーの一人だったよね。確か名前は……。


「えっと、シャドウ・フェイスさん?」

「――気がついたか。よく覚えていたな」


 淡々とした口調でシャドウが答えた。う~ん表情の変化が乏しいから感情がわかりにくいけど、状況的に僕を助けてくれたのは間違いなさそうだ。


「スピィ!」

「スイム! 良かった無事だったんだね」


 僕が上半身を起こすとスイムが胸に飛び込んできた。凄くプルプルしていているよ。心配掛けちゃったね。


「……そのスライム。お前のことをずっと気にしていたぞ」

「そうだったんだね。ごめんねスイム心配掛けて」

「スピィ~♪」


 頭を撫でてあげると甘えるようにスイムが声を鳴らした。見たところスイムにも怪我はないようで一安心だね。


「シャドウさんが助けてくれたんですね。ありがとうございます」

「……私はただ通りがかっただけだ。倒れていたから声を掛けた」


 シャドウが言う。やっぱりどことなく淡々としているけど、それでも気にかけてくれたんだよね。


 でも、見たところ僕も特に怪我は、て!


「うわ! ここ骨ばっかり!?」

「……あぁ。その骨がクッションになって助かったのだろう」


 この人、全然動じてないや。何か悲鳴を上げてしまってちょっと恥ずかしい。


「でもこれって人骨?」

「そうみたいだな」


 抑揚のない声でシャドウが答えた。周囲は骨だらけだ。ダンジョン下層へ落ちて死んだ冒険者なんだろうか?


「あの、ところでここがどこかわかりますか? ちょっと上は大変なことになっていて早く戻らないと」

「残念だがわからない。私も罠にかかりいつの間にかここにいた」


 罠で? ダンジョンに設置された罠ってことだよね。確かに罠の中には下層に転移させるようなものも存在するらしいけど――


「そうなんですね。じゃあ他の皆さんは?」

「逸れたからわからない。無事だといいが」

「そ、そうですね。ただでさえ今はゴブリンロードが出て大変ですから」

「……そうなのか。確かにゴブリンをよく見るなとは思ったが」


 シャドウが顎に手を添えて考え込むようにして呟いた。


「ゴブリンロードの事は認識してなかったんですね」

「少し妙だと思ったぐらいだ」


 そう言われてみると確かにあの場には仮面人格のメンバーはいなかった。どこか違う場所で探索していたということかな。


「今はここも危険な状態です。すぐにでも皆と合流しないと」

「……そうだな。それなら戻れる道を探さないと」

「はい!」

「スピィ!」


 そして僕はシャドウと一緒に帰り道を探すことになった。といってもここがどこなのかさっぱりわからないんだけど――


『グォオォォオォォォオォォオオ!』


 その時だ。奥の方から雄叫びが聞こえ地面が揺れた。


「奥に何かいる!?」

「……言ってみよう」

「あ、まってシャドウさん気をつけて!」

「スピィ!」


 スタスタとシャドウが奥へ向かっていく。ご、豪胆な人だなぁ。僕はスイムを肩に乗せてその後を追いかけた。


 奥へと進んで行くと信じられない物がそこにいた。それは――ゴブリンロードだった。上で見たはずのゴブリンロードがここにいたんだ。

 

 ただこのゴブリンロードは恐らく上のとは別だ。このゴブリンロードは手に斧を持っていた。上のゴブリンロードは何も持ってなかったはず。


 でも、そんなことがありえるのだろうか? ゴブリンロードが同時に二体現れるなんて話、冒険者の間でも聞いたことがない。


 だけどそれよりも驚いたのは、ゴブリンロードと一緒にいる少女の姿。彼女はアイスだった。しかもたった一人でアイスはゴブリンロードと対峙している。


「アイス!? どうして君まで?」

「ネロ――気安くアイを呼ぶな。凍すぞ!」


 えぇ! こんな時でも名前で呼ぶのに怒るの!? でも今それどころじゃない。相手はゴブリンロードだ。早く助けないとアイスが――


「アイス! 加勢するよ」

「気安く呼ぶなと言っただろう!」

「えぇええぇええ!」


 僕に向けてアイスの手から氷弾が飛んできた。当たったのは僕の足元の地面だったけど、まさか攻撃されると思わないから驚いたよ。


「ちょ、こんな時に仲間割れしている場合じゃなよ」

「お前と仲間になった覚えはない。それにこいつ程度アイだけで十分――」

「危ない!」


 アイスがこっちに集中している隙をついてゴブリンロードがアイスに向かってきた。手にはどこで手に入れたかわからない巨大な斧が握られている。

 

 それをアイスの前で振り上げる。僕は魔法を行使していた。


「水魔法・水ノ鎖!」

「氷魔法・無慈悲の雹群――」


 僕とアイスの魔法がほぼ同時に行使された。僕のはなった鎖がゴブリンロードを縛り付けその動きを止め、アイスの魔法によって氷の粒が降り注ぐ。


 氷の粒が当たるたびにゴブリンロードの体が凍てついていき最後には全身が氷漬けになりボロボロと崩れていった。


 これがアイスの氷魔法――まさかここまでとは思わなかったよ。正直僕の助けなんていらなかったんじゃないかと思える。


「ゴブリンロードをこうもあっさりとは。凄まじいな」


 背後からシャドウの声が聞こえた。本来ゴブリンロードは高ランク冒険者が相手するような強敵だ。それを瞬殺できるアイスは凄いと言えた。


「凄いよアイス」

「お前、アイは貴様の助けなど必要ないと言ったはずだ!」


 アイスに声をかけると鋭く睨まれ僕に詰め寄ってきた。


「ごめん。今のは危ないかもと思った」

「危ない? アイの氷魔法は絶対に負けない。三流以下の水の紋章持ちと一緒にするな」

 

 アイが苛立ちを見せる。本当に僕は彼女に嫌われているんだな。でも何故なのか理由がわからないけど。


「あ、あのさ。僕、君に何かしたかな?」

「……お前はアイが凍す。そういった筈。だけど、丁度いい。今なら邪魔は入らない!」


 そう言ったアイの右手に氷がまとわりつき研ぎ澄まされた刃になった。そして僕に向けてその刃を振るう。


「ちょ! 待って!」

「スピィ!」


 思わず飛び退く僕。まさかここで僕と戦うつもり!? スイムも驚いているよ!


「待って待って! 今はそれどころじゃないよね?」

「寧ろ今こそがその時。どちらにしてもアイはお前を凍す必要があった」

 

 いや丁度いいって近くにシャドウもいるんですが!?


「しゃ、シャドウさんからも何か言ってくれませんか!」


 アイスは気持ちが高ぶっていて僕の声は届きそうにない。第三者のシャドウなら上手く説得してくれるかもしれないよ。


「それは無理な相談だ。見るにその者にとって譲れない物があるのだろう。ならば真剣勝負に口を挟むつもりはない」

 

 いやいや! その勝負、僕が臨んでないんですけど! 完全にアイスの一方通行なんですけど!


「アイはお前を凍す。覚悟する。氷魔法・銀氷の燕」


 アイから漏れる冷気が増した。すると、無数の氷の燕が僕に向けて飛んできた。アイスも本気だ。本気で僕と戦おうとしている。


「仕方ない。水魔法・水守ノ壁!」


 魔法によって水でできた壁が目の前に出来上がった。氷の翼は壁に阻まれ僕には届かない。


 でも、アイスとこのまま僕は戦わないといけないの? 正直今はそれどころじゃないというのに――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る