第170話 逸れたスイム

「スピィ……」


 スイムはたったの一匹で元気なく森の中を進んでいた。何者かによって突如ネロやエクレアと離れ離れになりスイムはかなり寂しい気持ちでいたのだ。


 最初こそ近くでネロやエクレアがいないかと鳴いて呼びかけてみたが全く反応がなかった。スイムとしては迎えにくて来てくれるまで待つという手もあったが、今どこにいるかもわからない以上同じ場所にとどまり続けるのは危険と判断したのだ。


「スピ~――」


 ふとスイムが空を見上げた。空に見えた雲がなんとなくネロやエクレアのように思えた。ネロと知り合ってからスイムはずっとネロの側にいた。そして大事な友だちも増えた。いつしかエクレアも近くにいることが多くなり、フィアやセレナ、ガイと可愛がってくれる人も増えていった。


 そんな生活が暫く続いたせいもあってかいざ一匹となると孤独を感じ寂しくなってしまうのだろう。


「スピッ!」


 しかしそこでスイムの顔つきが変わった。こんなことでどうすると自らを奮い立たせるようでもあった。スイムは知っていた――ネロとエクレアのこれまでの冒険を。二人は数多くの苦難に見舞われながらも決して諦めることなく立ち向かい乗り越えていた。


 そして日々研鑽を怠らず成長し逞しくなっていくネロを間近で見ていた。だからこそスイムもへこたれてはいられない。


「スピィ!」


 スイムは思った。逸れたからと見つけてもらうのを待つのではなく、スイム自身が二人を探し出して見せると――そのときだった。ガサガサと枝葉が擦れ合う音がしたのは。


 スイムはネロやエクレアかもしれないと期待を顕にした。自らが見つけてみせると意気込んでは見たが、やはり来てくれるのならそれに越したことはない。


「うん? なんだスライムが一匹だと?」

「ス、スピィ……」


 しかし現れたのはスイムが期待する二人ではなく――むしろできれば遭遇したくない相手。ロイドの兄レイルであった。


「……スピッ」


 そしてスイムは回れ右をし何事もなかったようにその場から立ち去ろうとした。レイルはネロやエクレアをばかにするような嫌な奴という認識がスイムにもあったからだ。そんな相手と関わり合いになりたくない。


「待て。思い出したぞ。確かお前はロイドが執着している奴と一緒にいたスライムだな」

 

 スイムの体がビクッと跳ね上がった。気づかれた。その事実がスイムをより不安にさせた。


「なるほど。主たちと逸れたってわけか。はは、それは災難だったな。何せ俺もあの女とは因縁があってな。思い出すとムカムカしてくるのだ」

「――スピィ!」


 危険と判断しスイムはその場から逃走を開始した。幸いここは森でスイムが隠れられる場所は多い。茂みの中に入ってしまえば相手も見失うはず――そう考えていた。


「武芸・震泥撃!」


 しかしそれを見逃すほどレイルは甘くなかったようだ。背中の斧を手にし地面に叩きつけた。途端にスイムの足元が揺れだしかと思えば地面が泥と化しスイムの逃走を妨害した。


「スピッ!」


 慌ててその場から跳躍しようとするも泥に取られ思うように動けない。粘土質の泥であり普段見るような泥よりも遥かに抜けにくい。


「無駄だ。お前のような脆弱なスライム如きが俺から逃げられるわけ無いだろう」

「ス、スピィ――」


 レイルが斧を手に近づいてきた。その瞳には獰猛な光。とても見逃してもらえるような状況ではない。


「高がスライム一匹切ったところで何の得にもならないが、多少は俺の溜飲を下げてくれるだろうさ」

「ス――ピィ!」


 すると近づいてくるレイル目掛けて意を決したスイムが水弾を飛ばした。


「ふん。悪あがきか――何ッ!?」


 スイムの放った水弾がレイルに命中――途端にレイルの身が火に包まれた。スイムが火の魔石を取り込んだことで覚えた技だった。本来スイムは穏やかであり自ら人に危害をくわえることなどないが、自身の身が危険となれば話は別である。


「武芸・土武装!」


 しかしレイルが声を張り上げたかと思えば全身に土を纏い鎧へと変化させた。同時にスイムが起こした火も消化してしまったようである。


「まさかスライム如きが火を放つとはな。だが生憎だったな。土は火に耐性がある。この程度なんてことはない」

「スピィ……」


 スイムがか細く鳴いた。今のがスイムにとって最大の攻撃だった。それが効かなければ打つ手がない。


「だが今のでお前が危険な魔物だとわかった。これで心置きなくぶった斬れるな」


 ついにゲイルがスイムの目の前に立った。そしてその斧を振り上げる。


「スピッ――スピィ! スピィ!」

「はっ! 見苦しいぞ。魔物なら魔物らしく大人しく人間様に狩られておけばいいのだ。死ね!」

「スピィ~!」


 もう駄目だと思ったのかスイムが思わず視界を閉じた。だが――スイムの身に変化はなかった。なにかに切られた様子もない。その代わり――


「ちょっとあんた。うちの大切なスイムに何しようとしているのよ!」


 馴染みの声にスイムが視界を広げた。そこに立っていたのは鉄槌を構えたエクレアだった――

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