第169話 ドヴィンの記憶

 僕の重水弾とドヴィンの風の鎧が激しくぶつかり合っていた。お互い一方も譲らない、その時間が永遠にも感じてしまう。勿論実際は一分もたっていないだろうけど――そして激しくぶつかり合っていた互いの魔法が唐突に弾け飛ぶ。


 僕の重水弾とドヴィンの風の鎧の療法が消滅したんだ。


「仕切り直しということだね――」


 僕は呟き杖を構えた。ロイドがドヴィンに変わって間違いなく手強くなっている。おそらく魔法の知識も練度も僕より上だろう。だけど僕だって負けられない。頭をフル回転させてどうすれば勝利をもぎ取れるか考えた。


「いや、ここはわしの負けじゃな」


 そう考えていた僕に思わぬ言葉がかけられた。おそらく今の僕はなんとも間の抜けた顔を披露してしまっていると思う。


「えっと、もう一度聞いても?」

「わしの負けじゃよ。このまま続けようにもこやつの魔力が持たんからのう。そもそもわしの記憶を呼び起こした時点でかなりの魔力を消耗しておったからのう」


 魔力――そうか。今戦っているのは杖の記憶から生まれたドヴィンだけどその肉体はあくまでロイドの物。だから魔力にしても元のロイドから変わっていないんだ。


「しかし惜しいのう。もし当時のわし自身が戦っていたならもう少し面白い戦いが出来たものを――ここまでの水の使い手わしの時代にもそうはおらんかった」


 その言葉に僕の耳が大きく傾いた。


「えっと、つまりドヴィンさんがその、ご存命の頃は水魔法を使いこなしている人も多かったのですか?」

「ふむ。奇妙な質問じゃが――なるほど。水の紋章が不遇扱いとはのう……」


 ドヴィン状態のロイドの眉が一瞬中央に寄ったけど、直後には理解したように頷いてみせた。もしかしたら現在の水の扱いについてロイドの記憶を探ったのかもしれない。


「全く奇妙な話ではあるが、少なくともわしが生きていた458年前と今では人々の認識が大きくことなるようであるな」

「458年前!?」


 まさかそんなにも前の記憶だったなんて――驚いたけどそれ以前に水の扱いがどうだったのかが気になるよ。


「それであの、水の紋章は当時はどんな扱いだったのですか?」

「ふむ。そもそも水は四極の――ヌッ?」

「え?」


 そのときだった――突然何かがドヴィンの胸を貫いた。え? 嘘――


「しまったのう――わしは大丈夫でもこれではこやつが……すまんのう。もう記憶を維持できそうに、ない、わ、い――」


 そこまで口にするとロイドが地面に向けて倒れていった。頭の中が真っ白で、それでいて倒れ行くロイドの姿がスローモーションのようにも感じられた。


 どうしてこんな一体何が――


「ゴフッ! う、嘘だ、ろ? ど、どうして、ぼ、僕が、一体何で……」

「しゃべらないで!」


 ロイドの口から血が吹き出ていた。意識がロイドに戻っている。僕は一瞬回らなくなった思考を必死に呼び戻しロイドに駆け寄った。


「大丈夫! 生命の水を持っているから! ほら飲んで! ロイド!」


 僕は持参していた瓶を取り出し蓋を外してロイドの口に近づけた。だけど――もう反応がない。ロイドの瞳からは光が失われていた。心臓を貫かれたんだ。完全に致命傷――


「違う! 僕は別にこんな結末を臨んでいたわけじゃないんだ! ロイド!」


 傷口に生命の水を掛ける。それでも傷は塞がらない。頭ではわかっていたんだ。きっともう手遅れなんだって。いくら回復効果のある水でも致命傷に至る傷では治すことは叶わない。


「くそ! 一体なんでこんなことに――誰だ! 一体誰が!」


 立ち上がり叫ぶも答えが返ってくることはなかった。当然だ。こんなことをした相手がのこのこと姿を見せるわけがない。


 だけど、一体どうしてロイドが? なんの目的で――駄目だ。そもそもロイドと親しくもない僕がここで考えたところで答えがでるわけもない。


 そもそもロイドを狙っていたとは限らないかもしれない。無差別の可能性だってある。でも、だとしたら目的は何なのか。まさか試験相手を減らすために――。


 エクレアとスイムの姿が頭に思いうかんだ。だけどロイドのことを放っておくことも出来ない。とにかく一旦試験官のところへ言って報告しないと――そしてそれが終わったらまずはエクレア達を探そう。それで何かが変わるとは思えないけど、今の僕にはそれぐらいしか出来ないから――

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