第167話 奥の手

「いい加減に消えろ!」


 ロイドの杖からバチバチと電撃が迸る球体が飛んできた。こんなものまで杖の中に――しかもよりにもよって電撃。


 防御面では水とは相性が悪い、と以前ならそう思っていただろうけどね。


「水魔法・純水ノ庇護!」


 魔法を行使したことで僕の身が純水に包まれた。ロイドの放った球体が僕に直撃する。


「はは! どうだ! 黒焦げになってしまえ!」

「水魔法・水ノ鎖!」


 叫ぶロイドの声を耳にしながら僕は魔法を行使した。水で出来た鎖が伸長しロイドの杖に絡まり僕は思いっきり杖を手繰り寄せた。


「は? な、なんだよそれ! なんでお前平気なんだ! 直撃だぞ!」

 

 ロイドが困惑していた。確かにロイドの魔法は僕に命中した。だけど、それは僕自身が避ける必要がないとわかっていたからだ。


「純水な水は電撃を通さないんだ。だからその魔法は僕には通じない」

「は? お前、何をわけのわからないことを――」

 

 ロイドが目を白黒させていた。どうやら僕の言っていることが理解出来ないようだ。


「そもそもお前の紋章、おかしいぞ! どうして不遇で最弱の水の紋章持ちがそんな魔法を使えるんだ!」

「そう言われても……ただ一つ言わせてもらうなら、僕はもう水属性を最弱とも思っていなければ不遇とも感じていないよ。水には十分すぎるほどの可能性が秘められているとさえ思っているんだ」


 僕の話を聞きロイドが唖然としていた。これまでの常識を考えたら僕の言っていることなんて本来寝言ぐらいにしか思われないものだ。


「それよりもお前はどうなんだい? こうやって僕に杖を奪われて、それでもまだ戦う?」

「ぐっ!」


 僕に問われロイドが喉をつまらせた。この段階ではまだ賭けに近かったけど、どうやら予想通りだったようだね。


 杖の紋章持ちのロイドにとって杖はおそらく必須。これまでの魔法も全て杖で吸い込み杖から放っていた。杖の強化にしても杖があってのこと。


 逆に言えば杖がなければきっと魔法そのものが発動出来ない。そしてロイドの杖は僕が今持っている。


 こうなってはロイドにはもう戦う力が残ってない筈だ。


「僕としては素直に負けを認めてくれると嬉しいんだけど。そして今後一切エクレアやフィア、セレナ、ノーランドのロットにもちょっかいをかけないと誓って欲しい。そうしたら素材も奪わいでおくよ」


 甘いと思われるかもしれないけど、僕としては大切な仲間にしつこく言い寄られる方が迷惑だし、これで諦めてくれるなら

それでいい。


「お前、本気で言ってるのか? そんな提案を僕が受け入れるとでも?」


 ロイドが悔しそうに歯噛みしながら睨みつけてきた。


「でも戦う術がないのも事実だよね? それにお前だってこの試験落ちるわけにはいかないと思うけど?」

「うぐぅ」


 ロイドが呻いた。痛いところを突かれたといった様相だ。ロイドはカートス伯爵家の子息だ。貴族はプライドが高い。ただでさせ試験合格を当たり前と考えていたロイドのことだ。


 きっと両親にも自信満々に試験に挑むことを伝えていたことだろう。ここで不合格となれば家の名に傷がつく。それを避ける為にもロイドは意地でも合格しなければいけない筈だ。


「……わかった。致し方ない。確かに僕にとって試験に合格することの方が大事だ。君から杖を返して・・・もらった時点で負けを認めるよ」

「――伯爵家の名において嘘はないね?」

「あぁ。カートス家の名に誓って約束する」


 ここまで言ってるなら、嘘はないだろう。貴族にとって家名にかけて誓うということはそれだけ大きな意味を持つ。


 ロイドの元へ杖を持っていく。これで決着がつ――そう思った瞬間。腹部に衝撃が――爆発だった。ロイドがニヤリと口角を吊り上げた。


「グハッ!」


 爆発の衝撃で後方に吹っ飛び地面を転がった。口に入り込んだ砂利で咳き込みそうになる。


「くっ、お、お前――」

「杖はまた僕の手に戻ったな」


 爆発の衝撃で手放した杖をロイドがヒョイと拾って見せた。


「ひ、卑怯だぞ。約束したはずだ」

「あぁ。確かに約束したさ。杖を返してもらったら負けを認めると。だからこうして僕は奪ってやった。約束は破ってないぞ」


 こ、こいつそんな屁理屈が――


「それにお前みたいな水魔法しか使えないゴミに負けたとあってはその方がカートス家の名折れなんだよ」

 

 またその目か。これまでも散々そうやって僕は見下されてきた。


「でも、どうして魔法を? しかも爆発なんて……」


 思わず呟いてしまった。ロイドの魔法についてもう一つわかっていたことがあった。ロイドが杖に吸い込める魔法は対象の手から離れたものだけだ。


 だから水の剣や鞭は吸えなかった。それに爆発など発生が速すぎる魔法だって吸えないと僕は考えていた。


 だけど今のは直接爆発を発生させていた。しかも杖は僕が持っていたのに。


「理解できないようだね。だけど、僕が杖を奪われたときのリスクをまるで考慮していないと思ったのか?」

 

 そう言ってロイドがローブから小枝のような小さな杖を取り出した。


「こうやって常に予備を持ち歩いているのさ。魔法を定着させてね。これなら吸わなくても事前に準備しておけるってわけだ」


 こいつ、そんな真似も出来たのか。準備さえしておけば爆発の魔法も扱えるなんて――


「これで形成は逆転だな。だけど、正直僕は腹が立って仕方ないのさ。お前みたいな雑魚にここまでコケにされるなんてね。だからお前にもしっかり見せつけてやるよ。僕の杖の紋章の凄さをね。杖魔法・杖の記憶――」


 ロイドがそう口にした瞬間、杖が輝き始め、そして光がロイドを包み込んだ。一体今度は何を――

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