第76話 メンヘルの誤算

「う、ウアァアアァアアァア!」


 メンヘルはスキルジュエルの力で壁を鏡面化した。それにより間接的にエクレアがメンヘルの目を見るよう仕掛けていた。


「壁に追い詰めたことで勝った気になったのが敗因ね。逆に私がそう誘導していたとも気づかずに。フフフッ」


 雄叫びを上げるエクレアを見ながら満足気に微笑む。これで手駒が増えたとメンヘルは考えているようだった。


「ア、アアァアアアアアァア!」

「なッ!?」


 しかしその思惑とは裏腹にエクレアは振り向きざまに鉄槌を振り回す。メンヘルが驚き飛び退いた。


「チッ、手応えがないわね!」

「どういうこと? 貴女私の目を確かに見たわよね! 私の力は例え鏡を通していてたとしても通じ――」

「でりゃあああ!」


 不可解そうに叫ぶメンヘルを無視してエクレアが鉄槌を更に振り回した。だがそれはメンヘルを捉えるどころか目標も定めずやたらめったら振り回すというとらえどころのないけったいな行動であった。


「どりゃりゃりゃらやぁ!」


 更に今度はエクレアが鉄槌でむやみに地面を殴り始めた。そちらこちらにボコボコと窪みが作られていく。


 その様子に唖然となるメンヘルだったが、やがて理解したように薄笑いを浮かべ口を開く。


「――そうか。そういうこと。貴女さては自分が起こした稲光で自らの目を眩ませたのね。だから私の目を見なかった」


 得心が言ったような顔を見せるメンヘル。髪を掻き上げ険しい顔でエクレアを見た。


「だけど、とんだ愚策ね。視線を逸らすだけならまだ何とか私を追えたかもしれないけど完全に見えないのではそれも無理。その証拠にさっきから意味のない道路ばかり叩いてるじゃない」

「はあぁああ、あッ!」


 メンヘルの言うようにエクレアはまるで目標も定めず道路・・だけを狙って攻撃しているように見える。更にエクレアは突如足がもつれそのまま転んでしまった。手が窪みに溜まった水に入りパシャンっと飛沫が上がった。


「はぁ、はぁ……」

「あらあら無様ね。息も荒いしどうやらやっと毒が回ってきたようね」


 勝ちを確信したようにメンヘルが言葉を続ける。


「随分と持ちこたえたようだけど貴女もおしまいよ。目を見ようがみまいが結果は同じ」

「…………」


 メンヘルが話している中、エクレアは言葉を発することもなく、濡れた自分の手を掲げていた。


「……水たまりね。さては貴女デタラメな攻撃で水道管でも傷つけたわね。滑稽ね。結局貴女がやったことはただ町の大事な給水源を壊しただけ」

「あはっ、あはは!」


 得意気に語るメンヘルだったが、突如エクレアが笑い声を上げた。怪訝そうにメンヘルが眉を顰める。


「何よ突然。気でも触れたのかしら?」

「ハハッ。残念私は正気よ。確かにあんたの言う通り毒が回ってきている。恐らくこのハンマーを振れるのも後二回が限度かしら」

「呆れた。その二回で私を倒せるとでも?」


 ため息交じりにメンヘルが問う。一方でエクレアの顔には自信が漲っていた。


「そのとおりよ。さぁ先ずいっぱーーーーーーつ!」


 エクレアが鉄槌を思いっきり振り下ろす。その時だったドゴォオオン! という音とともに地面から水柱が上がった。エクレアが狙ったのは水溜りになっていた地面――


「は? 水が――まさか貴女! 水道管を? だけど一体どういうつもり? それで何が変わるっていうのよ」


 メンヘルにはエクレアの行動が理解出来なかった。そして水道管が破壊されたことで道路に見る見る内に水が広がっていく。


「……こんなのただ私の足を濡らしてるだけじゃない。全く踝まで水に。何よこれ嫌がらせのつもり?」


 嫌気がさしたように表情を曇らせるメンヘル。その声を耳にしエクレアがため息交じりに返した。


「そうでしょうね。あんたはその程度の認識しかない。だってあんたは臆病だから。自らの手を汚さず他人の手を借りる戦い方しか知らないから。だからあんたは気づけない。仲間の戦いすら見てなかったあんたはね!」

「チッ、何それ? それで私を非難してるつもり? 戦いはね勝てばいいのよ」


 眉間に皺を寄せメンヘルが言い返す。エクレアは鉄槌を握る力を強めた。


「その点だけは同意してあげる。そう戦いは勝てばいいのよ。こうやってね! 武芸・雷神槌トールハンマー!」


 エクレアの大技が炸裂した。それはメンヘルにとっては奇妙な光景にうつったことだろう。


「呆れた。そんな何もないところで何の意味がァ、キ、キャアアアァアアアアアアァアアッ!」


 メンヘルの悲鳴がこだまする。エクレアの武芸によって発生した電撃が水を通してメンヘルを感電させたからだ。


 そうメンヘルは知らなかった。自分の能力で手駒を増やすことばかり考えていた彼女はライアーが同じ方法でやられたことも知らずにいたからだ。


 メンヘルの目が白くなりプスプスと煙を上げ水の中に倒れた。バシャンッという音を聞き届けたのかエクレアが安堵したように微笑む。


「か、勝ったの、ね――フフッ、これもネロのおかげ、ね」


 天を仰ぎそうつぶやいた後、エクレアもまたその場に倒れた。このやり方は彼女にとっても諸刃の剣だった。水は彼女の足元にも溜まっていた。つまり自らの電撃はエクレア自身にもダメージを残す。その上、武芸・雷神槌トールハンマーは消耗が激しく本来なら一日二回が限度の大技だ。しかしそれを今日エクレアは三度使用した。


 メンヘルを完全に倒すには必須と考えたからだろうが毒の回った体では更に負担が大きくなる。


(もう指一本動かせないや。参ったなこのまま賭けに負けたら私死んじゃうかな――)


 そう心の中で呟き僅かに笑う。自虐的な笑みだった。


(でも、町と皆を救えたからいっか。あぁでもやっぱり生きていた――)

「エクレアーーーー!」


 その時だった。彼女の耳に飛び込んできたのは駆けつけたセレナの声だった。


 その声によってエクレアは安堵した。そう彼女はセレナが来てくれることに賭けていた――


 こうしてエクレアは後をセレナに託し意識を手放すのだった――

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