第36話 水は火に強い

「馬鹿な! 火より水が強いだとそんな筈あるわけないだろうが!」


 鞭使いが叫ぶ。瞳が揺れてかなり動揺しているな。


 水は火を消せる。それ自体は常識的な話だ。だったら水は火に強いだろうと思うけど戦いとなると話は別となる。

 

 それはこれまでの経験で水魔法は戦闘には使えないという常識が根付いているからだ。だから戦闘で扱うような火が水に負けるなんて考えもしない。


 だけど今の僕は違う。この水魔法で戦闘もそれなりにこなしてきた。今の力なら断言できるそう――


「水は火に強い! 水の鉄槌!」

「な、ぐわぁああああぁああ!」


 水で生み出した槌に潰されて鞭使いも戦闘不能となった。


「これで三人とも無力化した! エクレア!」

「武芸・雷神槌トールハンマー!」

「ウガァアアァアァアアアァアアッ!?」


 見るとエクレアの技でレッドベアが倒されたところだった。


 こ、これは杞憂だったみたいだね。


「ふぅ。何だか急に動きが鈍くなって助かったぁ。あ、そっちも片付いたんだ。やっぱりネロの魔法って凄いねぇ」


 エクレアが額を拭いながら戻ってきた。いや、魔獣を単身で倒せるエクレアが凄すぎる気も――ただ、今言っていたこと。

 

 動きが鈍く――そう考えたら……。


「やっぱりこいつ獣使いの紋章持ちだったのかも」

「獣使い? あ、それで!」


 エクレアも得心がいったようだよ。獣使いは使役している相手を強化できる。だからあの男の意識が途切れて強化が解け弱体化したんだろうね。


「途中までは手強かったしそう考えたらこの勝利はネロのおかげだね」

「スピッ!」


 エクレアとスイムが僕を称えてくれた。なんとも照れくさい。


「でも、今の技なら強化状態でも倒せたかも」

「そんなことないよ。あの技は威力が高いけど最初に溜めが必要なの。レッドベアの攻めは強烈だし中々武芸にシフト出来なかったんだから」


 なるほどね。そこで僕があの鞭男を倒したことで動きが鈍り溜めを作れたわけだね。


「とにかく勝利出来てよかったよ。でもこいつら何だったんだろう?」

「そうよね。何者かしら? それに冒険者がこんな真似してるなんてちょっとショックね」

「スピィ~……」


 エクレアが眉をひそめていった。スイムも残念そうにしている。


「そこなんだけど、もしかしたら冒険者じゃないのかも」

「そうなの? だとしたら、あ、盗賊とか?」


 エクレアの意見に頷いて返した。可能性としてはありえる。盗賊にはもちろんダンジョン探索の許可なんて与えられてないけど、犯罪集団がそんなの気にするわけもなく勝手に入ることも少なくないからね。


「だけど――何でわざわざあんな真似したのかが謎なんだよね」


 助けを呼ぶふりをしたあたり他の冒険者をわざわざ呼び寄せていたってことになる。


 ――これってまさか僕たちを狙って? いや、でも何のために――そういえばこれで100万手に入るみたいな事を言っていたっけ。


 ということはまさかエクレアを?


 彼女はギルドマスターの娘だし何か企みがあって狙った可能性がある。


 でも、何だろう? やっぱり引っかかるんだけど――


「でも、その前にこの連中だよね。どうしよう?」

「そうね縛った後、ギルドへの報告用に持ち物は回収して放置しておくのが一番ね」

「え? でもそれだと魔物に狙われるかも」

「だとしても仕方ないわよ。わざわざ連れて運ぶわけにもいかないし、こっちは命を狙われたんだしね。ダンジョンでそんな行為を働くぐらいなんだから覚悟は出来てるでしょう」


 なるほど――エクレアはあのサンダースの娘だけあってそのあたりの考えは合理的だね。僕も見習わないといけないかな。


「私ロープ持ってきてるからさっさと縛って」

「その必要はありませんよ」

「え?」


 奥の通路から声が聞こえてきた。聞き覚えのある声だった。直後ヒュンヒュンという音が聞こえてきて何かが横切ったかと思えば――僕たちを襲った三人の首が飛んだ。


「誰ッ1?」

「スピィ!」


 エクレアとスイムが叫ぶ。コツコツと足音を響かせて一人の男が姿を見せた。


 この顔、僕は覚えている。執事服を身にまとい冷たい目をした――アクシス家に使える執事の一人……。


「ハイルトン――何でここに?」

「フフッ、覚えていてくれましたか。何大したことではない。無能な塵を処分しに来たまでですよ――」

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