第四章 狙われたネロ

第37話 執事のハイルトン

 ハイルトンは、僕がまだアクシス家で暮らしていた頃に屋敷に仕えていた執事だ。


 僕の紋章が発覚するまでは色々と面倒を見てくれていた。だけど僕が水の紋章持ちだとわかった途端手のひらを返したように僕に厳しく当たるようになった。

 

 もちろんそれは僕の家族がそういう態度に出たからだ。使用人も僕を腫れ物を扱うように接していたからハイルトンの態度が変化したのも当然だったのかもしれない。


『お前のような無能がこの屋敷にいるだけで外聞が悪い。お前がどれだけアクシス家に迷惑を掛けているかわかっているのか? もしアクシス家のことを思うのならお前自身の手でさっさと死を選ぶがいい』


 ハイルトンは紋章発覚後、僕に対して常にそんな言葉を投げかけてきた。それもあって当時の僕は塞ぎがちになってたと思う。


 だけど屋敷を追放されることが発覚してある意味吹っ切れたと思っている。


 屋敷を出てしまえばハイルトンとの関わりもなくなるだろうと、そう思っていたのに――


「何で今更――」

「おや聞こえませんでしたか? それともおつむの弱い水属性の塵には理解出来ないか? ならばはっきりと言ってやろう。貴様というアクシス家にとって恥でしかない屑を私が自ら始末しに来たのだ」


 ――いよいよ断言したね。


「ちょっと! さっきから聞いていれば好き勝手言って、貴方ネロの何なのよ!」

「スピィ!」


 エクレアが眉を怒らせて叫ぶ。彼女の肩の上ではスイムも一緒になって怒ってくれているようだった。


「これはこれはまた可愛らしいお嬢様だ。お前のような無能がよくもこれだけの女を垂らし込めた物だな」

「な、なな、何言ってるのよ!」


 エクレアが顔を真っ赤にさせて怒った。当然だ。ハイルトンの言い方はエクレアの品位を貶める。彼女は僕を仲間に迎えてくれた心優しい女の子なのに。


「ごめんエクレア。このハイルトンは――僕が生まれ育った家で執事をしていた男なんだ。だから彼が言った非礼は僕が代わりに謝らせて貰うよ」

「え? し、執事? ちょっと待って。だったらどうしてネロを狙うような真似するわけ?」

「スピィ~……」


 僕の説明を受けてエクレアとスイムが戸惑っている。ハイルトンは殺意を隠そうともしていない。


「それはこの男が無能な塵だからだ。アクシス家は魔法の名家。故にこのような無能をのさらばらせておくわけにはいかない」

「――ちょっとまって。まさかと思ったけどアクシスってあのアクシス侯爵家のことなの?」


 エクレアが目をパチクリさせた。やっぱりあの家はそれ相応に名前が知れていたんだ。


「うん――僕の生まれはアクシス侯爵家。だけどハイルトンの言うように家から追放された。だから今の僕は関係ないことになってる。なのに何故だハイルトン!」

 

 そう。追放されてから僕は家との関係を断っていた。連絡も一切取っていないし僕自身追放されてからはアクシスの家名を出したことは一切ない。


「色々手違いがあったというべきでしょうか。本来ならとっくに始末されていなければおかしいお前がいまだ生き残っているので、仕方無しに私が直々に伺ったのですよ。もっともまさか本当に私の手を汚すごとになるとは思いませんでしたがね」


 この言い方、やっぱり――


「あの三人に僕たちを襲わせたのもハイルトン! お前か!」

「フフフッ。そのとおり。しかし驚きましたよ。まさか無能な塵にやられるとは思いませんでしたから」


 僕が問うとハイルトンは誤魔化すこともせず、はっきりと認めた。その上で雇った連中の死体に蔑むような視線を向けている。


「さっきからいい加減にしてよ無能無能って! ネロの水魔法は凄いんだからね!」

「スピィ!」


 ハイルトンが僕に対して侮蔑の視線を向けてくる中、エクレアが僕の隣に立ち奴に向かって叫んだ。スイムも抗議の声を上げてくれている。


「――確かに一応はこの連中を倒したわけだしな。三流の盗賊相手とは言え、多少使える魔法にはなったということか」


 ハイルトンが片眼鏡を弄りつつ答えた。眼鏡の奥の瞳は酷く冷え込んでいる。


「そ、そうよ。ネロの水魔法は頼りになる。貴方達の見る目がなかっただけよ!」

「スピッ!」

「エクレア、スイム――」

 

 胸が熱くなった。エクレアとスイムが一緒にいてくれて本当に良かったと思う。


 ただ――ハイルトンが不気味だ。僕は執事として仕えていたハイルトンしか知らない。戦えるかどうかもわかってない。

 

 だけど、この目は本気だ。それだけはわかる。


「頼りになる? 見る目がない? 貴様――旦那様を愚弄するかぁあぁあッ!?」


 ハイルトンが突如怒りの形相で叫ぶ。この男、執事としてあいつへの忠誠心は確かに高かったけど――


「な、何よあんた突然。大体見る目がないのは確かでしょう! 実際ネロの魔法は強いんだから」

「スピィ!」

「――そうですか。ならば益々看過出来ませんな」


 エクレアもスイムも僕の力を認めてくれている。僕自身追放された時と今では魔法の質は異なり強力になってると感じている。


 だけど、ハイルトンの態度は全く変わらない。


「ネロ、旦那様は貴様を無能とみなしたのだ。旦那様の言葉は絶対だ。ならば貴様は無能でなければならず無能なまま死ななければいけない。この世界に有能な水の魔法使いなど存在してはならないのだからな――」

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