第3話 水の重み

 それから僕は何度か桶に入れた水で重さを確認してみた。桶に満タンに入れた時、半分まで入れた時、空の時、それぞれ底から引っ張ってみたり直接持ってみたりした。


 重さも負荷も水の量で確かに変わった。あまりのことに僕は暫く悩んだ。


 水が重い? そんなことがあるのか。水は無だ。そう思われていたからこそ水属性なんて使えないとされていたのに――


「はは。随分とその井戸が気に入ったようだね」

「神父様」


 神父が空き瓶を持ってきた。これに水を入れるのが僕の仕事だ。


「実は神父様。僕は大発見をしてしまったかもしれないのです」

「ん? 大発見?」

「は、はい。落ち着いて聞いてください。実は水には――重さがあるんです!」

 

 僕は今見つけた世紀の大発見を神父に伝えた。僕の話を聞いた神父の目が点になった。


「プッ、あっはっは。やれやれこれは驚いたネロも冗談が言えるようになったんだね」

 

 だけどその後神父が吹き出してしまった。どうやら信じてくれていないようだ。


 だから僕は井戸に魔法で水を溜めたことを伝えた上で、実際に水を汲んで中身の溜まった桶を神父に持ってもらった。


「どうですか?」

「ふむ。この桶結構重いんだね」

「そうじゃないんです。それは水の重さなんです」

「はは。まさか」


 神父の顔が怪訝な物になった。もしかしておかしな子だと思われた?


「それならこれで――」


 桶の水を一旦井戸に戻し神父に持ってもらった。


「どうです?」

「ほう。今度は軽いどんな手品だい?」

「違います! 水が無くなった分軽くなったんですよ」

「ふむ……」


 僕が一生懸命水の重さについて伝えると神父が顎に手を添え真顔になった。良かったこれでわかってくれたんだね。


「これは精霊の悪戯だな」

「え? 精霊の?」

「そう。君だって経験ないかな? 川に入ると抵抗を感じるだろう? あれは水の精霊が悪戯して人の動きを邪魔してるからなんだ。この井戸に君が水を溜めたから水の精霊が興味を持ってやってきたんだろう。そして悪戯してるんだ」


 い、悪戯。確かに水のある場所では精霊がよく悪戯するって言われてる。


 つまり重いと感じたのも精霊の仕業だったのか……でもなんだろう妙にモヤモヤする。


「それよりこの瓶に水を溜めてもらっていいかな?」

「あ、はい」


 結局僕は水の重さについて触れるのはやめて瓶に水を溜めて渡した。普通に考えたらそれぐらい水道の水でやればいいと思えそうだけど回復魔法の効果は普通の水には溶け込まない。

 

 僕の水だけが何故か可能なんだ。これは魔力水についても一緒なんだけどね。


 そして僕は二十四本の空き瓶に給水の魔法で水を注ぎ神父に渡した。


「じゃあこれ依頼を達成した証明書を渡しておくよ」


 僕は神父のサインが記された達成書を受け取った。これが依頼をこなした証明になる。本来ならギルドの雛形があるけどサインがあれば様式にはこだわらないんだ。


 教会を出た後僕はその足で冒険者ギルドに向かった。途中の広場を抜けて北の区画に冒険者ギルドはある。広場ではこの町自慢の噴水が今日も涼しげに水を噴き上げていた。


 この辺りは水も豊富でそう考えたら僕にとっては本来最適な場所なのかもしれない。もっとも幾ら水があっても使える魔法が限定的すぎて戦闘でも扱えない――それがこれまでの水魔法の認識だった。


 広場を抜けて北に向かう。大きな車道では馬車が行き交っていた。最近は馬車に混じって魔導自動車というのも走り始めている。


 馬がなくても魔力で車輪付きの車体が動く優れものだ。ただまだまだ値段も高いし余程裕福でないと所持できないとされてるね。


 維持費も高いからそれなら一角馬車の方がいいって考える人もいる。一角馬車はユニコーンを利用した馬車だ。これもめったに見ないけどユニコーンは魔法で自身を強化出来る。だから疲れにくく速度も出るんだ。

 

 さて大きな通りはこういった馬車や自動車が走ってたりするから渡る時はちょっと注意が必要だ。


 車道を渡って暫く歩くと赤レンガ造りの建物が見えてきた。あれが僕がメインで活動している冒険者ギルドだ。


 出来てから二十年以上経ってるみたいだからそれなりに年季の入った建物だ。地上二階地下一階といった作りで基本的な要件は一階の受付で事足りる。


 中に入ると喧騒が耳に入った。冒険者ギルドには酒場が隣接されていて冒険者ギルドと繋がっている。普段は酒場への扉も開きっぱなしだ。ガラス張りだから向こうの様子がよく見える。


 これはもし酒場で何かトラブルがあった時にすぐにギルド側が動けるようにガラス張りなんだとか。


「おいおい雑魚の水野郎が一人で歩いてるぜ」

「何だ? 遂に勇者パーティーから追い出されたか」

「「「「「ギャハハハハハハ」」」」」


 酒を呑んで既に大分酔っ払ってそうな冒険者が僕を見て笑い出した。でもこんなことは今に始まったことじゃない。


 水属性は冒険者からは馬鹿にされやすい。そもそも水属性で冒険者になろうって人は少ないし、たまになろうと思ってやってくる人がいてもこんな感じで馬鹿にされて心が折れてしまうんだ。


 だけど僕は見返したい相手もいるから何とか頑張ってこれたんだけどね。


「あの、依頼をこなしたのですが」

「あらネロくん」


 カウンターに行くと顔なじみの受付嬢が応対してくれた。花が開いているかのようなピンク色の髪をした受付嬢で名前はフルールという。


「今日は一人なのね。パーティーの皆はどうしたの?」


 フルールがメガネを直しながら聞いてきた。あ、そうか。まだ追放されたばかりだから脱退処理がされてないんだ。


「あの実は僕、栄光の軌跡から抜けることになって」

「え! 嘘! どうして!?」


 フルールが随分と驚いていた。仕方ないから僕は事の顛末を伝える。


「そう――追放に」


 話を聞いたフルールが同情的な目を向けてきた。

 フルールは僕が最初にこのギルドにやってきた時に対応してくれた受付嬢だ。


 当時水属性だと知った時から本当に冒険者をするつもりなの? と心配してくれていた。


 それでも何とかこれまで冒険者としてやってきたけどね。でも追放されたとなるとまた心配を掛けてしまうかな。


「後でガイも届けにくると思うけど脱退届出しておきます」

「そう仕方ないわね。でもこれからどうするの?」

「とりあえず僕の出来ることをやっていきます。幸い僕の力が役立つこともあるみたいで、あ、そうそう途中で教会の神父様から聞いて仕事してきたんですよ」

 

 僕はフルールに神父から預かった依頼達成書を差し出した。


「あ、たしかに指名依頼を貰ってたんだ。そう、もう終わったのね。じゃあこの分の報酬も一緒に用意しちゃうね」

 

 フルールはテキパキと脱退届と報酬を用意してくれた。


 先ず脱退届にサインをしてそれから依頼の報酬を受け取る。


「えっと水の作成が二十四本分。一本につき100マリンだから2400マリンねどうするカードに入金しておく?」


 フルールが聞いてきた。マリンは大陸で使われているお金の共通単位だ。


 普通は紙幣と硬貨で支払われるけど冒険者ギルドから提供されてるギルドカードに入金しておけば一々持ち歩く必要がないから楽だね。


「それでお願い。あ、それとこれも一緒にいいかな?」


 ガイから手切れ金として受け取った分も入金して貰おうと思ってフルールに手渡す。


「えっとこれは全部で100万フルール。凄いこれどうしたの?」

「ガイがえっと、一応これまで働いてきた分だって退職金みたいなものかな」

「へぇ。流石勇者パーティーだけあって気前いいのね」

「あはは」


 とりあえず笑ってごまかしておいた。あの場では金額まで確認してなかったけどそんなに入ってたんだ。宿屋で一泊すると素泊まりが安宿で3000マリンぐらいだ。


 一ヶ月三十日で考えると十ヶ月ぐらいは何もしなくても暮らせていける金額でもある。


 もっとも手切れ金代わりだったらしいけどね。

 さてこれでギルドでやるべきことは済んだ。それからフルールとこれからのことについてちょっとだけ話した。


「水属性ならこれから大変でしょう? 私もどこかいいパーティーがあるか探してみるけど、でも――」


 フルールがそこまで言って言葉をつまらせた。言いたいことはわかる。水属性の魔法師なんてパーティーに加えてくれる物好きはそうはいない。


 勇者パーティーに加入出来たことが本来奇跡みたいなものだったわけだしね……


「僕のことは気にしないでいいよ。暫くは一人でやるつもりだし、実はちょっと試したいことがあるんだ」

「試したいこと?」

「うん。あ、心配しくれてありがとうね。それじゃあ――」


 不思議そうにしているフルールにお礼を言って僕はギルドを出た。さて今日はまだ時間があるし――やっぱり試さずにいられないよね……

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