第2話 古井戸

 勇者の家を出た後、暫く僕は心がどこか遠くに旅立ったような感覚に陥っていた。

 

 水の紋章――実際僕は不遇とされるこの紋章のおかげで冒険者に登録してからも暫くは一人だった。


 冒険者とは冒険者ギルドに登録して様々な仕事をこなす人を指す。依頼には一人で受けられるのもあるけど、やっぱり一緒にいてくれる仲間がいた方がよりレベルの高い依頼も受けやすい。


 だけど不遇属性の紋章を持つ僕を受け入れてくれる仲間は当時本当にいなかった。だけどそんな僕に声を掛けてくれたのはあのガイ率いる勇者パーティーだったんだ。


 それから一年間自分なりに頑張ってみたけど結局追放か……確かに戦闘では役に立てなかった。それは事実だ。


 だけどせめてただの水の補給係で終わらないようやれる範囲で工夫していた。例えば【給水】の魔法で水を生み出す時に生成される水に直接魔力を流し込むことで減った魔力を回復できる魔力水を作り出せるようにしたのは少しでも皆の役に立ちたいと思ってのことだった。

 

 魔力を回復する為に普通は魔力を回復する魔力薬というのを使うんだけどこれが結構高い。僕の魔力水は魔力薬より効果も高いしそれだけ貢献出来ると思ったんだけどね。

 

 でも今の勇者パーティーはお金には困ってないだろうし、僕なんかに頼らなくても魔力薬ぐらい余裕で買えるんだろうな。

 

 はぁ、やっぱり戦闘で役に立てないのが致命的か。水じゃ精々【水飛沫】の魔法で嫌がらせするぐらいしか出来ない。


 威力なんてないも同然なんだ。これがせめてもう少し威力があったら。勿論それが無理なのはよくわかってる。水は火みたいに燃やしてダメージとか無理だもんね……。


「何だネロじゃないか。どうしたんだいそんなしょぼくれた顔をして?」

「あ、神父様」


 声を掛けてきたのはここウォルトの町で神父をしているおじさんだ。


「はは、実は僕パーティーを追放されちゃって」

「パーティーって冒険者のかい? おやまぁ勇者パーティーに加入できたと前は喜んでいたのにねぇ」


 神父は同情するような目を向けてくれたけどすぐに祈りを捧げてくれた。


「この迷える子羊に輝ける未来が待ち受けることを望まん」

「はは、ありがとうございます」


 お礼を述べると神父がニコッと微笑んでくれた。


「ふむ、しかし冒険者は続けるのだよね?」

「それはもう。また一人からですが」


 神父の質問に答える。この神父には、よく仕事でお世話になってるから気にしてくれているみたいだ。


「そうかい。それなら良かった。実はまた水を提供してもらいたくてね。ギルドには依頼を出してるのだけど」

「そうなんですか? なら今やっていきましょうか?」

「おや? いいのかい?」

「はい。折角指名でいつもお願いしてもらってますので」


 僕は神父の依頼を受けることにした。勿論普通の依頼なら他の冒険者とかち合う可能性があるから出来ないけど、僕への指名依頼だからその心配はない。


「それならまた二十四本お願いしようかな」

「喜んで! 空き瓶はありますか?」

「あるとも。じゃあ準備する間、中で待っていて貰えるかな?」

「わかりました」

「うむ。あぁそうだ。実は最近庭に変わった物を見つけたんだ。用意する間ちょっと見てみるかい?」


 変わった物? 一体何だろう。神父様がここまで言うならちょっと面白い物なのかもしれない。


 それに僕がパーティーを追放になったと知って少しでも気を紛らわせる事が出来ればと気を利かせてくれているのかもしれないしね。


僕は神父に案内されて教会の中庭までやってきた。


「これが最近庭から出てきてね」


 神父に案内された庭には何か奇妙な石造りの物があった。円形で木製の飾りの天辺には滑車に縄で繋がれた桶がぶら下がっていた。


「こないだちょっとした地震があっただろ? その時にこの部分が沈んで中からこれが出てきたんだ」


 そう言えばこないだ地震があったね。幸い怪我人は出なかったけど一部の建物が壊れたりしたんだっけ。


「最初はダンジョン迷宮かなとも思ったけど違うみたいでね」


 ダンジョン――定期的に世界のどこかにあらわれる存在。中には罠が仕掛けられていたり凶悪な魔物や魔獣がいたりと危険が一杯だけどお宝が眠ってる事が多い。ダンジョンには最深部に必ずボスと呼ばれる存在がいてそれを倒すことでより貴重なお宝も手に入るんだ。


 ダンジョンが出現する時には周辺で地震が起きることが多いから神父がもしやと思うのも判る気がする。


「違ったんですか?」

「調べて貰ったんだけどね。どうやら昔使われていた井戸って代物らしい。古代の人間はこれで水を汲んでたそうなんだ」

「そうなのですね」

 

 こんなもので水をか。話によると今は水が枯れてる状態らしいけど、この桶で水を汲んでいたらしい。また偉く手間がかかるね。


 今の時代は大体どこの町にも水道管が敷かれていて各家庭に水が供給されるようになってる。魔導技術の発展でお湯もすぐに出るからこういった物を使うことはないんだろうな。


「はは、興味が湧いたかい?」

  

 まじまじと井戸を見る僕を見て神父が言った。確かに水属性の僕としては気になるかな。本来は水が底に溜まっていたらしいね。ちなみに水属性は近くに水があると効果が上がる。


 これは他の魔法系の属性もそうだ。火属性は火が近ければ効果が上がるし、風は風が良く吹く場所で、土は土が特に多い場所でだ。


 武系属性にはそういった恩恵は無いけどそもそも武系属性は属性に合った武器を使用すると効果が上がる。


 後は紋章にあった武器を使い続ければ武芸を閃くのも武系紋章の特徴。まぁこれは魔法でも似たようなものだけどね。


「さて瓶を持ってくるからちょっと待っててよ」

「わかりました」

 

 神父が空き瓶を持ってくるまでの間、古井戸を見させて貰うことにした。

 

 と言っても枯れた井戸だし特に見るべきものはないかな。でも、底に水が溜まってたらどんな感じだったのかな?


 ちょっと気になるかも――そうだ! 僕の魔法なら!

 

「水魔法・給水――」


 魔法を行使すると手から水が放水されて井戸の中に水が溜まっていく。


 うん、ある程度溜まってきたな。僕は給水を止めて桶を見た。多分これを下におろして水を汲んだんだろうな。


 でも一々これで水をってちょっと面倒だね。まぁ所詮は水だから繰り返す手間があるぐらいだろうけど。


 それにしてもこの車輪は何のためにあるんだろうね? こういうのって負荷を軽くすために使ったりするけど水にそんなものが必要とは思えないんだけど――


 まぁいいや。僕は桶を落として水を汲んでみた。それを引っ張って持ち上げる――え?


「あれ? 何だろうこの手応え?」


 奇妙な感覚だった。何故かわからないけど引っ張ると抵抗を感じるんだ。これが車輪の効果?


 でもなんでわざわざこんな重みが感じられるような仕掛けにしたんだろう。それなら無いほうが簡単だったろうに。


 水の入った桶が井戸から上がってきた。天井でがちゃんっと音がなる。ふう、よくわからないけどちょっと疲れるかも。


 さて僕は水の入った桶を手にして持ってみた。縄に余裕があるからそのまま井戸の外まで引っ張れるんだけど――


「え? 嘘、重、い?」


 そう水の入った桶が重かった。え? でもどうして水に重みなんてあるわけないのに?


 もしかして単純に桶が重いのかもと思って一旦水を井戸に戻して桶だけ持ってみた。けど――


「か、軽い! 何これどういうこと?」


 そう水の入ってない桶は軽かった。ここから導き出される答え、でも、そんなまさか!


「ま、まさか、水に重さがあるの?」

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