第4話 水の可能性

 ギルドを出た後、僕は町を出て近くの森にやってきた。森は魔物なんかが出てきて危険なことも多いけど僕が来た場所は凶悪な魔物がいない比較的安全な場所だ。


 初心者冒険者が薬草採取の為によく来てたりもする。実際チラホラと薬草採取に勤しむ若い冒険者の姿もあったよ。


 何か初々しい。成人は十六歳だけど冒険者には研修期間もあって十三歳から登録できる。

 

 僕もそうだった。前の家は一年ぐらい冷遇されて十三歳になってから家から追放処分となったから何とか食べて行く必要があったからね。

 

 二年ぐらいはずっと雑用で三年目でガイのパーティーに加入してそれから一年間――僕も今年で十七歳か。成人もとっくに過ぎたな。

 

 にも関わらず今の僕は一人じゃ何も出来ない。無力な魔法師だ。こんなことじゃいけない。


 確かに水属性は不遇だけど僕は今日のことで一つだけ光明が見えてきたような気がしていた。


 神父は精霊の悪戯だって言っていたけど、もし僕の考えが正しければ水魔法でも戦えるかもしれない。


 ただ世界的に見ればあまりに突拍子のないことを僕は試そうとしている。だから他の冒険者には見られない場所を探した。


「ここでいいかな」

 

 結構奥まで来たけどここは岩場がある。魔法の練習にはもってこいだと思ったんだ。


「さてと――」


 目の前に僕より二回りは大きな岩が転がっていた。杖を向けて意識を集中させる。


「これまでは【給水】の魔法でただ水を垂れ流しているだけだった。もし水に重さがあるならそれを意識すれば――」


 岩をターゲットに水の重さを意識してみる。すると――頭の中に新しい魔法の形が浮かび上がってくる。


「閃いた! 水魔法・放水!」


 水に重さと勢いを乗せたイメージ。それを言葉に乗せて発する。


 魔法の名称は閃きと同時に自然と口に出た。こういうのは属性にイメージがピッタリと重なった時によくあることだ、と聞いたことがある。


 基本魔法にしても武芸にしても閃きが大事だ。これは適正属性を使い続けてる時が一番閃きやすい。


 僕はこれまで給水と水飛沫しか使えなかったけどあの井戸のおかげで新たなイメージがわいたんだ。


 そして――杖から凄い勢いでも水が放出された。当たると凄まじい音がして岩が地面に跡を残しながら後退していく。


「す、すごい――」

 

 思わずそんな言葉が漏れた。まさかこんなに違うなんて。


「でも、やっぱりそうだったんだ――」

 

 いまので僕は水に重みがあったことを確信した。そう水は重いんだ。だからこそあの重たい岩も水の勢いで押すことが出来た。


 でも今のでも強い気はするけどもう少し何とか出来ないかな。ちょっと音も大きいし場所によってはこのままだと使いにくい。


 でも水を勢いよく出すだけだとこうなっちゃうよね。う~ん――水は重い。重いんだ。だからこそ桶の水は重かった。


 つまり量が増えれば重たくなる。そうだそれなら!


 そう思い至った時だ、右手の甲に温かい物を感じた。


『水の理を得た者に祝福を――』


 あれ? なんだろう? 今確かに頭の中に言葉が――何かと思って右手を確認したのだけど。


「え? 嘘――紋章が浮かび上がってる?」


 そう。僕の右手に新たな紋章が浮かび上がっていた。そして紋章を見た時、頭に閃き、この紋章は――


「賢者の紋章――賢者を意味する紋章?」


 そう。紋章は浮かぶと自然と紋章の意味も閃いて理解する。だからわかった。この紋章は賢者の紋章だって。でも、そんな紋章僕は初めて聞いた。


 何より本来紋章は儀式を通じて浮かび上がる物だ。だけどこれは儀式を必要としてない。


 こんなことがあるなんて――


 今頭に浮かんだ言葉に何か意味が? 


 それにしてもまさか両手に紋章が現れるなんて。両手の紋章持ちはかなりレアな存在とされている。


 もっともこれは聞いたこともない紋章だからどんな効果があるかはわからないけど――


 色々と気にはなるけど改めて魔法の検証を行うことにする。


 さて、頭の中で重たい水をイメージして――魔力を乗せた。


「閃いた! 水魔法・水球!」


 岩に向かって閃きで浮かび上がった魔法を行使。すると巨大な水の球が杖から飛び出て岩に向かって進んでいった。


 そして岩に当たったわけだけど――


――ドゴォォォォォオオオン!


 そう派手な音を残して岩が粉々に砕け散った。


「す、凄い――」

 

 思わず一言口に出た。とんでもない威力だ。あんな大きな岩が水で壊れるなんて凄いカルチャーショックを受けたよ。


 あれだけ不遇と言われ続けた水属性にこんな可能性が秘められていたなんて。


 だけどこれでもまだ満足できなかった。なぜなら今の魔法で発射した水球はちょっと遅かったんだ。


 何というか球は大きいんだけど徒歩ぐらいの速さでしか無い。これじゃあ動き回る相手には当たらないね。


 う~んどうしてだろう。やっぱり大きな形を保ったままだとスピードが殺されるんだろうか。


 放水みたいに流すなら勢いも速度も十分なんだけどね。

 

 勢い、そうだよ勢いを上げて発射出来れば。でも、どうしたら――


 そういえば風魔法には風を圧縮して威力を上げる魔法があるんだったね。それならもしかしたら水にも利用できるかも!


 僕は先ず杖の先端に水を集めて大量の水を圧縮するイメージを持った。頭にパッと完成した魔法の形が浮かび上がる。


「閃いた!」


 イメージに合わせて水がどんどん凝縮していく。


 最初に出した水球よりも小さい。蹴って遊ぶボールぐらいの大きさになった。


 よしこれをあの岩場に向かって――放つ!


「水魔法・重水弾!」


 手から放たれた水弾が猛スピードで直進し岩場に命中し派手に爆発した。え? 爆発?


 いや、衝撃がすごすぎて爆発みたいに見えたんだ。と、とんでもない。水が霧になって視界を塞ぐ。だけど暫くして霧が晴れて目の前に見えたのは球状に抉れた地面だった。岩場も消え去ってしまった。


「いや威力高すぎ!」


 自分で試しておいてなんだけどこれは凄い。しかも今回はスピードもある。一撃必殺と言ってよい威力かもしれない。


 それにしてもここまでの威力があるなんて――ハッとなって右手の甲を見る。もしかしてこの賢者の紋章のおかげで水の威力が上がってるとか?


 そんなことを考えていると――地面が揺れた。え? 地震? ダンジョンが現れる時によくある奴だけど実際はそうではなかった。何とさっきの魔法で抉れた地面から水柱が発生したんだ。

  

 そうか……きっと今ので水脈を刺激しちゃったんだね。そして陥没した穴に水が溜まって泉みたいになっていく。

 

 はは……まさか僕の魔法で泉が生まれるなんて思わなかったよ。


「スピィ~~~~~~!」


 うん? 何か上から鳴き声が聞こえてきた。見上げると空から青い玉のような何かが降ってくる。


 これって――


「スピィ~!」

「おっと危ない!」


 僕は落下地点を見極めてその物体、青いスライムをキャッチした。ふぅ、危なく地面に叩きつけられるところだったよ。


「お前、どっから現れたんだ?」

「スピッ?」


 受け止めた後、僕の腕の中でスライムがプルプル震えた。それにしても何かぷよぷよしていい可愛らしいな。

 

 このタイプのスライムは基本的に無害な魔物として知られている。その上、雑草なんかを貪るから農地で役立つ場合もあり有益な魔物として見られる場合もあるんだ。


 ちなみにスライムにはヘドロ状のスライムもいて、こっちは毒があったり有毒ガスを発生させたりするから討伐対象になることが多いんだよね。


 それにしても上からか――あれ? もしかして地下にいたスライムが水が吹き上がってしまったから出てきてしまったとか?

 

「だとしたら僕のせいなのかな? 悪いことしちゃった?」

「スピ~スピ~♪」


 スライムは僕の腕の中で胸に擦り寄ってきた。何かこう甘えてるみたいに思える。


「えっともしかして懐かれた?」

「スピィ~」


 頭、といっていいかわからなけど何か顔を上げたような感じになってじっと僕を見てきてる気がする。


 う~んもし地下で暮らしていたのが、さっきの魔法で地上に出てくることになったとしたら僕のせいってことになるよね。


 だったら見捨てていくわけにもいかないか。


「なら僕と一緒に来るかい?」

「スピ~♪」


 なんだか凄く嬉しそうだ。よし、ならこれからは僕がこのスライムの面倒を見ていこう。


 それにしてもまさか勇者パーティーから追放されたその日にスライムとは言え新たなめぐり合わせがあるなんてね。


「意外とこれが運命的な出会いだったりして、なんてね」

「スピ~♪」


 こうして僕は新たな仲間と一緒に森を出ることにした。大体やってみたいことは済んだしね――

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