幼馴染がバーチャルのイケメンに御執心な話
月之影心
幼馴染がバーチャルのイケメンに御執心な話
僕は
中学時代から成績はほぼほぼトップをキープしていて、容姿も貶される程酷くは無いと思っていたのだが、高校入学直後の身体測定の時に女子が身長体重を測定する部屋に誤って入ってしまったことで僕の高校生活は暗転した。
元々コミュニケーション力だけはイマイチだった僕の弁明が聞き入れられる事は無く、クラスの女子はおろか、女子に取り入ろうとする男子をも敵に回すことになり、以降僕は何かと虐めの対象となってしまう。
まぁ、物を壊されるとか暴力を振るわれるとかの物理的な虐めが殆ど無いのは不幸中の幸いと言うべきか。
大勢と絡む事が苦手な僕としては、無視されるくらい何て事はない。
「ねぇ、今晩『イケちゃんねる』のライブ配信あるらしいよ!」
「えっ?ホント?絶対観るっ!」
「楽しみだよねぇ!今日はどんな話かなぁ?」
「恋バナとかして欲しい!」
「分かるぅ~!」
クラスの女子が盛り上がってるのは、有名動画サイトで一世を風靡している人気ストリーマー『イケちゃん』が配信している『イケちゃんねる』のこと。
姿は一切見せず、声とセンスのいいBGMと効果音を組み込んだ動画で、内容はまぁよくある『バーチャルキャラクター』が色んな話をしたりゲーム実況したり。
そういうのって割と可愛らしい女の子のキャラクターでやってたりするんだけど、『イケちゃん』はキャラクターも声も男の子。
キャラクターは好みはあれどイケメンなデザインで、語り掛けるようなイケボに喰い付く女子が多い。
女子の盛り上がりを余所にスマホの画面を見ていると、その女子連中が声を潜めて何やら僕の方を見て話している。
どうせ僕が『イケちゃんねる』を観るのが気に入らないとかそういう類の陰口だろう。
残念ながら僕が見ているのはスケジュールアプリだ。
僕は小さく溜息を吐いて授業に備えた。
◇◇◇◇◇
一日の授業が終わり、誰とも挨拶すら交わさずに学校を出て家への道を歩いていると、背後からパタパタと走って近付いてくる音が聞こえて来た。
「悠斗ぉ!待ってってばぁ!」
「ん?」
足を止めて振り返ると、黒いショートヘアをわしゃわしゃと揺らしながら笑顔で走ってくる可愛らしい女子高生が目に入った。
小学3年生くらいの頃に隣の家に越して来た本条家の長女で僕の幼馴染。
可愛らしい顔立ちと抜群のスタイル、何事にも一生懸命な姿勢、そして僕と正反対とも言える程高いコミュニケーション力を持つ苺花は『付き合いたい女子№1』とさえ言われている。
僕も苺花に好意は持っている。
寧ろ好きでたまらないレベルで好きなのだが、僕自身がこんな状況では下手に苺花と話をしている所でも見られたら苺花に迷惑が掛かると思って極力距離を置くようにはしている。
まぁ、苺花の人気なら多少僕と話をしたくらいでは何も無いだろうけど。
僕は近付く苺花に背を向けて再び歩き始めたが、すぐに苺花が追い付いて僕の隣に並んで歩き出した。
「もぉっ!何で無視するかなぁ?呼んでるんだから待ってよぉ。」
「別に僕は用事無いから。」
「冷たいなぁ。たまには一緒に帰ってくれたっていいじゃない。」
「止めときなよ。外で誰かに見られたら苺花まで皆に嫌われるぞ。」
「まだあの事気にしてるの?もう2年近く前の事じゃん。」
「クラスの連中は昨日の事みたいに思ってるんだから、僕が気にする気にしないじゃないんだよ。」
「相変わらず悠斗は冷めてるよねぇ。」
「大衆の声の前では個人の声なんて毛程の影響力も無いんだ。ほら、分かったら僕と一緒に歩かない。」
「え~いいじゃん。私は悠斗と話がしたいんだから。」
まぁ、家の近くまで来ればクラスの連中の目も届かないだろうと、諦めて小さく溜息を吐いて歩き続けた。
「そう言えば今日女子が盛り上がってたけどこの前公開された『イケちゃんねる』観た?」
僕と苺花の家が見えてきた時、ふいに苺花が口を開いた。
「あ~、うん。ちらっとだけど。」
「『イケちゃん』かっこいいよねぇ。」
「でもバーチャルだろ?いくらかっこいいって言っても虚像だぞ。」
「はぁ……悠斗は夢が無いなぁ。かっこいいものはかっこいいの。」
「はいはい。」
「悠斗はまだ『イケちゃん』の魅力が分かってないんだよ。何なら今から『イケちゃん』の魅力について講義してあげようか?」
「要らない。」
苺花が『イケちゃんねる』の話題を口にするのは今に始まった事ではない。
『イケちゃんねる』が公開された当初から随分気に入ったらしく、ここ数ヶ月の話題は殆どソレだ。
苺花まで『イケちゃん』にどっぷり嵌ってしまっている。
苺花ほどの女子ならわざわざバーチャルキャラクターに執着しなくてもリアルな恋愛が出来そうなものなのに。
「『イケちゃん』は誰か実在する人をモデルにしてる感じがするんだよね。」
「まぁ、よくある女の子のキャラクターと違って割とリアルだもんな。」
「でしょぉ?はぁ~……『イケちゃん』みたいな人に告白されたらどうしよう!もう即『喜んで!』って言っちゃいそう!」
「はいはい。」
「でも悠斗って……」
ふと横目に苺花の方を見ると、苺花は僕の顔を覗き込んでいた。
「な、何?」
思わず顔を仰け反らせてしまう。
「よく見ると『イケちゃん』に何となぁ~く似てる気がするんだよね。」
「え?」
「ひょっとして『イケちゃん』のモデルって悠斗なんじゃないかなぁ~なんて秘かに思ってんだよね。まぁそんなわけないか!あははっ!」
「っ!?」
まさか自分で『虚像』と言ったキャラクターに似ているなんて言われると思っていなかったので、思わず言葉に詰まってしまった。
「ねぇ、試しに告白してみてよ。」
「は?」
「ちょっと声を落とし気味にして『僕と付き合ってよ』って言ってみて。」
「意味分からん……」
「いいからさ。言ってみて。さんはいっ!」
「ちょ、ちょっと待てって……何で僕が……」
「悠斗が『イケちゃん』に似てる気がするからって言ってるじゃん。悠斗に告白されたら『イケちゃん』に告白された気になるんじゃないかと思うんだよ。」
好きな子に試しに告白?
するなら本気でしたいけど僕の立場でそんな事出来る筈も無い。
しかも苺花がその告白にOKと言っても僕に対するOKじゃないのだ。
何と言う拷問、何と言う地獄か。
ここはいくら好きな幼馴染の頼みでも断るの一択だ。
「そ、それはさ、ライブ配信の時にでも本物の『イケちゃん』にリクエストしてみたら?」
「えぇ~、そんなの聞き入れてもらえるわけないじゃぁん!」
「も、物は試しだよ。言うだけならタダなんだし。」
「むぅ……じゃあ『イケちゃん』がリクエストに応えてくれなかったら悠斗に言ってもらうからね。」
「わ、分か……ぅぇっ!?」
「決まりっ!じゃあまた明日ねっ!」
そう言って苺花はスキップでもしそうな勢いで目の前の自宅に入って行った。
『イケちゃん』が苺花のリクエストに応えなかったら僕が告白?
何にしても地獄じゃん。
僕は大きく溜息を吐いて家に入って行った。
◇◇◇◇◇
食事を終えて部屋に入るとパソコンを起動し、カメラをセットする。
パソコンが落ち着いたらカメラとマイクの位置を確認しながらいくつかのアプリケーションを開く。
画面左にイケメンのキャラクターの上半身が映り、背景は学校の教室の様な感じで、右側にチャットウィンドウが置かれてある。
「皆さんこんばんは、『イケちゃんねる』へようこそ。」
開始と同時にチャットウィンドウに読み切れない程のログが次から次へと流れていく。
「はいこんばんは。はいどうも。早速ナイスパです。ありがとうございます。はいはいこんばんは。○○さんいつも来てくれてありがとう。○○さんお初です……」
序盤数分、ログが落ち着いてくるまでは挨拶しか出来ない。
せわしく流れるログを読みながら必死になって挨拶を返している前で、モニタの中の『イケちゃん』は涼し気な笑顔を振り撒いている。
そう。
クラスで女子が盛り上がり、苺花さえも虜にする人気ストリーマー『イケちゃん』……それが僕である事は誰も知らない。
いや、今の『イケちゃん』の人気を考えれば、学校の嫌われ者である僕が『イケちゃん』である事を知られるわけにはいかない。
「さて、今日は何について話そうか考えていたのですが、いくつかコメントをいただいていた中から『恋愛事情』について語らせていただこうと思います。」
そう言うと、再び挨拶の時のように恐ろしい速さでログが流れ始める。
『待ってました!』
『イケちゃんの恋愛事情!!!』
『バーチャル恋愛!キタコレ!』
『イケちゃん!私と付き合って!』
これがスタジオやホールなら女の子の黄色い声援が飛びそうだが、ライブ配信ではただログが高速で流れていくだけで静かなもんだ。
勿論、その全てを拾う事は不可能なので、いつもランダムに目に付いたコメントだけ返している。
「えーっと、『初恋について語ってください』ですか。初恋は幼稚園の先生でしたね。とても優しくて綺麗な先生だったのを今でも覚えています。」
最初のコメントに返すと、また怒涛の如くログが流れていく。
初恋の話をする、ログが流れる、話を続ける、ログが流れる……というのが話が終わるまで続いた。
その後、いくつかのテーマで話をしてそろそろ1時間が経とうとした頃だった。
『僕と付き合ってって本気の告白っぽく言ってみてください!』
コメント主は『イチゴのハナ』さん。
(苺花じゃん……ホントにリクエストして来ちゃったよ……)
多分、その日の配信で一番盛り上がったんじゃないだろうか。
今日一の速さでログが流れている。
『きゃー!前に○○(コメント主名)を入れて言ってぇ!』
『顔アップでお願いします!』
『待って待って!録音するからっ!』
(これ、『イケちゃん』が言わなかったら僕が苺花に言わなきゃいけなくなるんだよな……)
本気で好きな相手が本気にしてくれない告白をしなければならないと思うと、ここで誰の名前も付けずに『付き合って』と言ってしまうのが一番無難な気がしていた。
僕は『イケちゃん』をズームして顔をアップにしてカメラに目線を向ける。
オーディエンスの固唾をのむ雰囲気がモニタ越しに伝わってくるようだ。
僕は小さく深呼吸をした。
「僕と……付き合ってよ。」
コンマ数秒、時間が停まったかと思った次の瞬間、先程今日一の速さと思った流れの倍以上にも感じる程の勢いでログが流れた。
『きゃぁぁぁぁぁ!!!』
『もぉ、もぉ、どうにでもしてっ!』
『愛してるわぁぁぁ!!!』
コメントと投げ銭が次々に流れ、僕はカメラの前で引き攣った笑顔を浮かべるしか出来なかった。
「あははっ。ありがとうございます。はいどうも。どうも。いやぁ、こんなに盛り上がってくれて嬉しいです。」
開始直後同様、コメントが落ち着くまでの間、僕は目で拾えるコメントに単発の言葉を必死になって返していた。
「楽しい時間はあっという間ですね。この時間を皆さんと過ごせたことはとても嬉しいですが、そろそろ夢の世界に旅立つ時間になりました。本日は『イケちゃんねる』に来てくださってありがとうございました。また次回お会いしましょう。」
締めの言葉を言う間も、『おやすみなさい』だとか『お疲れ様』だとかのコメントが恐ろしい速さで流れる。
だが最後はそれを拾う余裕は無いのでカメラに向かって左手を振りながら右手のマウスで終了をクリックして配信を終える。
「ふぅ……」
僕は椅子に座り込んで大きく背伸びをしながら息を吐いた。
毎回終了直後の疲労感は半端ではないが、学校と違って皆から好意を寄せられ、色々な話が出来る事への満足感の方が大きかった。
ただ少しわだかまりがあったとすれば、やはり例の台詞だ。
あれで苺花に試しの告白をしなくて済んだ一方、苺花が『試し』と思っても僕が本気で告白する機会を喪失したのだから。
(まぁ……あれで良かったんだよな……)
そう思う事にしてパソコンの電源を落とし、風呂に入ってからその日は早々に就寝することにした。
◇◇◇◇◇
「おはよう悠斗!」
翌日、家を出て学校へ向かっていると、背後から苺花が声を掛けてきた。
振り返ってみると、やはりと言うべきか、かなりご機嫌な様子の苺花。
「おはよう。」
「いやぁ、昨日は盛り上がったよねぇ。」
「みたいだね。」
「その口調は真剣に見てなかったなぁ?」
「あ~……うん……」
「もぉ~っ!そんなんじゃ一緒に盛り上がれないじゃないのぉ!」
「いや、別に僕と盛り上がる必要無いだろ。」
かなりご機嫌ではあるが、付き合いが長いからこそ分かる微妙な違和感。
心底楽しくないけど社交辞令的に楽しんでいるように見せる時の苺花だ。
「思ったようにならなかった?」
苺花がリクエストした事に気付いていたというのも変な気がして曖昧に訊いてみる。
「あ、ううん!聞いてもらえたんだよ!『付き合ってよ』って言ってくれたの!」
「そっか。良かったじゃない。」
「うん……」
苺花はニコっと口角を上げて笑顔を見せるが、昨日の勢いは全く無くて表面上喜んでいるように見せているだけといった感じだ。
そして苺花はぽつりと呟いた。
「何で気付かないの……バカ……」
「ん?何?」
「何でもないっ!」
そう言って苺花は僕を追い越して学校へと足早に向かって行った。
僕は遠ざかる苺花の背中を見ながら足を前に運んだ。
(これで良かったんだよな……)
自虐では無いけれど、大好きな幼馴染に迷惑が掛からないのならそれでいい。
今日もまた一日が始まる。
◇◇◇◇◇
私は悠斗に一声掛け、やっぱり何も気付いていない事を確認してから先に学校へと向かった。
(悠斗は勉強は出来るけど恋愛に関してはラノベの主人公並みに鈍感なんだよ。)
いつもより足取りが重たい。
登校中に声を掛けてくる友達にも生返事しか返せていない。
(『イケちゃん』が悠斗だってとっくにバレてるっちゅうの。まぁ他の子は知らないだろうけど。)
横断歩道手前で信号が変わり足を止める。
(はぁ……あの台詞……やっぱり悠斗から聞きたかったなぁ……)
叶わなかった願望を胸の奥に仕舞い込み、青に変わった信号を見て足を踏み出した。
今日もまた一日が始まる。
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