第353話

「…………」


 おかしいと思われたのだろうか?

 ロイター子爵は疑惑の眼差しを俺へと向けて来る。

 このおっさんと見つめ合う時間はなんなんだろうと疑問に思いながらも、ここで目を逸らすと疑惑を認めてしまうような気がして動くことができないでいる。


「あ、あの…………」


 どうにかして話を逸らさないといけないのだが、上手く言葉が出てこない。


「…………君は現在の南部3国(=ベルガーナ王国・アルタナ王国・商業国家コートダール)同盟が、最初帝国(=グラバラス帝国)に対抗する目的で締結されたのを知っているかい?」


「え、ええ、ナナイさんからそれに近い説明は受けましたが…………」


「その当時イズフール川から大量の水をライン川に引き込んで、帝国の帝都ラスティヒルを水没させようという計画があったんだよ」


 あのバカデカい帝都を水没?!


 ※ライン川は商都の北・帝都の南を流れる帆船が行き来できるぐらいの大きな川で、この川を境に北は帝国、南はコートダールとなっている。


「そのようなことが可能なのですか?」


「可能性としては限りなく低かっただろうね。帝国だって防ごうとするわけだし。

 ただこの計画の真の目的は、帝都水没を喧伝けんでんすることによって帝国軍に防御姿勢を取らせて、その間にライン川を増水させて国境くにざかいの守りを強化することだった、というのがコートダール側から非公式に流れてきた情報だ」


 なるほど。帝都水没はあくまでもフェイクなわけか。

 しかしあの大河の水を他の川に移すなんて、現実的に可能なのだろうか?

 普通なら無理だが、この世界には魔法がある。

 高層建築のような技術を求められるものはできないが、逆に現代では莫大な資金と時間が必要なために諦める工事が、この世界の魔法は可能にしてしまう。


「地図に表記されていないのもその頃の名残だろう。

 当時のコートダールにとってはイズフール川の巨大さや、工事の進捗具合を帝国に知られるわけにはいかないからね。

 結局は魔族の脅威が増大したため計画は実行されることはなく、南部3国と帝国は互いに協力する方向へと舵を切ることになる。

 今日ではそのイズフール川の守りを帝国軍も担っているのだから、時代の流れというものは実に不可思議なことだ」


「な、なるほど、興味深いですね」


「…………」


 俺を疑ったわけではないのだろうか?

 非公式の情報ということは公になってないということだから、機密情報を俺に知らせてよいか悩んだとか?

 もっとも俺を疑ったところで正解には辿り着けないだろうし、こちらとしては最悪スキルの存在さえ隠せればそれでいいのだが。


「…………大分話が逸れてしまったが、問題の君が飛行中に攻撃された一件に移ろう。

 人間による攻撃なのは間違いないのだね?」


「はい、間違いありません。

 コートダール側へはそのように断言はしませんでしたが」


「ふむ…………

 君や他の誰かを狙ったにしろ、やり方が杜撰ずさん過ぎやしないかな?

 何も飛んでるところを狙わなくてもいいだろう。罠にハメて確実に仕留めるべきだ」


「そんなことをされたら自分が殺されてしまいますが…………」


 どうしてこのおっさんは暗殺する側の立場で考えているんだ??


「魔族が暗躍している可能性はありませんか?

 アルタナで遭遇した例の異形の件もありますし」


「それはないと思うよ。

 飛行魔術士を狙うために手間暇かけて人間の魔術士を操るなんて、成果に対してとてもじゃないが労力が釣り合わないよ」


「そうですか…………」


 そりゃあ普通の飛行魔術士を狙うのなら割に合わないだろうが、異世界からの転生者である俺を殺せるのならむしろお釣りが来るぐらいだろう。

 もっともそれなら確実に殺すべきで、杜撰な手段を選んだのと矛盾が生じてしまう。


「この件はコートダール軍が行うという調査の結果待ちになるかな。

 もう少し手掛かりがないとこちらとしても対処しようがない」


 手掛かりが出てくればいいのだけど。


「最後に今回の君への報酬だが、内容含めて後日とさせて欲しい」


「承知しました」


 別に金には困ってないし、軍からの報酬は信用が置けるし。


「今回の一件には中央からも褒美が出るはずだ。

 臣下の立場で陛下以上の報酬を渡すわけにはいかないからね」


「ひょっとして…………、自分は褒美を受け取るために陛下の御前に参上しなくてはいけないのでは……?」


「当り前じゃないか。

 君なら王都まですぐなんだから何も問題ないだろう?」


 問題大アリだよ!!

 国王の前でやらかしでもしたら即打ち首じゃないか!!


「報酬を辞退する……というわけには…………」


「無理に決まっているだろう。

 信賞必罰は国の根幹を為すところ。ないがしろにはできない。

 まして今回はコートダールからも注目されてるだろうからね」


 他の国も絡んでくるとなると、どうにもならないか……

 ぐむむむむ……今から胃が痛くなりそうだ……


「ご褒美が貰えるのだから、喜んで王城に行けばいいじゃないか。

 なに、失礼のないように振舞えばなんてことはないよ」


 その失礼のないようにってのが一番難しいんだよ!!

 まったく、これだから貴族というヤツは庶民の気持ちを何もわかってないんだ!!


 あっ!? 忘れるところだった。


「コートダールのクリュネガー軍司令と司令部の皆さんが伯爵様に御礼申し上げます、との伝言を頼まれましたよ」


「そうか。閣下には私からお伝えしておこう」




……


…………



「コートダールから帰還した旨、ご報告に参上致しました」


 ロイター子爵との面会後に再び受付で姫様への謁見手続きをした。

 順番待ちをしてる人が多く、かなり待たされることを覚悟したが、意外にもすぐに案内された。

 優先してくれたのだろうか?


「ツトム、ご苦労でした。

 無事なようで何よりです」


 この2日間の出来事を簡単に説明する。


「そなたの武勲、このイリス・ルガーナ、大変誇らしく思いますよ」


「ありがたきお言葉にございます」


「今回の働きに際して何かほう……」

「殿下、他の謁見希望者が待っております。そろそろ…………」


 側に控えていたマイナさんからの横槍が入った。

 つか、姫様は今褒美くれようとしてなかったか?


「……仕方ありませんね。

 ツトム、次の機会にゆっくりと話しましょう」


「ははぁ。その機会を楽しみにしております」


 まぁ姫様の美しいお姿を拝見できただけで良しとするかな。

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