第352話
「失礼します」
今日は内城の受付で待たされることなく、ノータイムでロイター子爵の執務室に案内された。
俺が来たら最優先で通すように通達を出していたのだろう。
「随分と早かったじゃないか。
…………その表情だとコートダールの防衛に成功したようだね」
んん?
「もし(コートダール)国内に魔物の侵入を許していたら、自分がバルーカに戻るのはかなり遅れるはずですが?」
「戦局がそこまで劣勢になっても、君はコートダールに留まって戦うつもりだったのかい?
現場にいる君の判断を尊重するために敢えて言及しなかったが、現地の軍隊が退却するような状況ならバルーカに帰っていいのだよ? いや、むしろ退いてもらわないと困るというか、ね…………」
確かに二本角との戦いの際には撤退を考えた瞬間が幾度かあったけど、それはあくまで二本角から退くためでバルーカに帰るという考えではない。
実際ワナークにいるルルカの家族を見捨てるなんてことは、俺にはできないだろう。
「自分だけに限れば飛行魔法がありますし、どのような状況になってもバルーカには帰って来れるかと」
「君は傷つき疲れ果てた部隊が魔物に包囲されてる状況で、または防壁が崩され街の住人が魔物に襲われてる中で、冷徹に決断してその場を飛び立つことができるのかね?」
「うっ…………
で、でも、だったら自分がその場の魔物を蹴散らせば」
「例えその場の魔物を倒したとしてもだ、それは全体から見れば極一部の限定された範囲でのことなのかもしれない」
「ううっ…………」
「もし、そのような状況下で特殊個体を始めとした強力な魔族が出張ってきたら?
君はこれまでとは違った戦いを強いられることになるだろう。
そしてそれは限りなく勝算の低い戦いになるはずだ」
これまでの強者との戦いでも十分勝算は低かったように思うが、これがさらに低くなるということか。
魔物が撤退を始めてから強者と遭遇するというパターンが多かったからなぁ。
違うのはアルタナ王国で戦った時ぐらいか。あれはどちらかと言えば俺が攻め込んで遭遇したって感じだった。
「確かに君の魔法は強力だ。戦局を左右する能力がある、と言っても過言ではない。
だが、それも必要な場所で適切な時期に使われてこそだよ」
戦略というヤツだな。
残念だが俺には高度な知能と高い芸術性が必要とされる、その類の能力を持ち合わせてはいない。
「君は多くの人を助けることができる。
しかしそれは、その日を生き抜くことができてこその話だ。
明日のために今日の惨劇には目をつむって退いてほしい」
「わかり……ました…………
ですが、できる限りは助けたいです」
「もちろんだが、その判断は非常に難しい。
次の出撃時にはその辺も詰めておこう」
「次の出撃…………次もあるとお考えなんですね」
「当然だ。
勘違いをしてはいけない。
魔族側は何らかの目的があって色々な新戦法を繰り出してきてるんだ。
決して新戦法で人族を攻めることが目的ではないよ」
「そうですね」
新戦法はあくまでも手段ということか。
「さて、前置きが長くなったけど報告を聞こうか」
「わかりました。
最初に商都の軍司令部で…………」
…
……
…………
「…………というわけで先ほどバルーカに戻りました。
報告は以上となります」
「う~~む…………」
ロイター子爵は唸り声をあげて考え込んでしまった。
仕方ないのでいつの間にか出されていた香り水(大して美味しくない)を飲んで、こちらも考え事をする。
今日はナナイさんはいないのかなぁ、とか。
あの魅惑のおみ足に顔をスリスリしたいなぁ、とか。
姫様にも帰還の挨拶に行かないとなぁ、とか。
いや、まじめな話。
海外から帰国する人が機上から富士の御山を見て日本に帰ってきたことを実感するが如く、霊峰イリス様を拝まずにしてバルーカに帰ってきたと言えるだろうか? 言えやしない!
というわけで、この後で姫様への謁見手続きをしよう♪
「…………とりあえずはレグザール砦をよく守ってくれた。
特殊個体を討ち取ったのも大きいね。
どうも王城では、君1人を派遣したことを不安視する見方が広まってるらしいからね。
結果を知ればそんな声も消えるだろう」
昨日の今日でよく王城の情報なんか手に入れられるな。
何か特別な伝手でもあるのだろうか?
「しかし特殊個体が侵攻に加わることはない、と主張したのは間違っていました」
「それは仕方ないね。
今までは確かにそうだったんだし、今回から方針を変えたのかもしれない。
行動の主体はあちら(=魔族側)なのだから、我々にはどうしようもないことだよ」
今後特殊個体が拠点攻略に加わるのなら、こちらにも軍と連携してヤツを倒すチャンスが生まれることになる。一長一短って感じか。
「それにしても、昨日の段階でレグザール砦が狙われるってどうしてわかったんです?」
商都の軍司令部でさえそこまで警戒してなかったのに。
「なに、簡単なことだよ。
魔族側が防衛ラインを突破するためには、山すそ沿いのルートを進むしかないからね。
イズフール川の巨大さからいって、渡河ではあそこの防御陣を攻略するのは無理だよ。
コートダールからの第一報では、砦を目指す魔物の軍勢の動きも知らせてきたからね」
「自分もイズフール川を見た時は驚きました。あんなに巨大な川だったとは…………」
「私も実際に見たことはないのだけどね。
そうか、君が驚くほどに大きかったのか」
「イズフール川の巨大さを地図に表記しないのはどうしてなんでしょう?」
俺が見たどの種類の地図にもあんな大河は書かれていなかった。
「…………君は何を言ってるんだい?
川なんてどの地図でも同じ書き方だろう」
「えっ?!」
…………あ。
この時代の測量技術では、正確な地図が書けないから表記してないだけなのか?
んん?
この世界の人々にとって当たり前の事柄に対して、疑問を口にするのはマズかったかも…………
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