第289話
昇格試験3日目。最終日。
野営地を出発して割と短時間でリュードパーティーもノルマを達成することができた。
この試験での課題をクリアできたので北へと向かい、バルーカとメルクを繋ぐ街道に到着する。
しかしここで問題が発生した。
あまりにも早く街道に着き過ぎたために、メルクから出発したバルーカ行きの馬車がここに来るまで時間が掛かることが判明。
自分のスキル時刻によると現在は8時30分を少し過ぎたところ。
ギルド職員のコーディスを始めロザリナ達の話を総合すると、バルーカ行きの馬車が今俺達がいる場所を通るのは昼前ぐらいらしい。
3時間も待ち時間がありバルーカに到着するのも夕方となると、俺が飛行魔法で2人ずつ抱えてバルーカまでピストン輸送したほうが明らかに早い。が、それを言い出すことはできなかった。
なぜなら3時間待ちと聞かされても(実際には昼頃まで待つという言い方だが)特に不満を言うでもなく、悠然と荷物を下ろし自然と待とうとする周りの反応に久しぶりに『ここは異世界なんだ』と実感することになったからだ。
もちろん日本でも地方で公共交通機関を利用する場合は場所によっては3時間とかそれ以上待つことがあるだろうし、その土地に住む人々にとってはそれが当たり前のことなのだろう。
それでも俺が衝撃を受けた大きな理由は飛行魔法での移動に慣れてしまったからだ。
ドアツードアに限りなく近い飛行魔法による移動は、その範囲を限定するなら現代のどの乗り物よりも速い。
このスピード感に慣れてしまうと徒歩や馬車での移動はかなりキツく感じるが……
まずは待ち時間を過ごすための休憩所のようなものを作る。
以前メルクでフライヤさんを救出した際には街道の南側の崖のところに待機所を作ったが、今回の場所は南側は崖になってないので4つのパーティーとプラス1名がゆったりできる大きめな待機所を作ることになった。
残りのシチューとスープを振る舞う。
ルルカの作った料理の評判はすこぶる良い。
宿屋暮らしの冒険者にとっては家庭料理が久しぶりという者も多いのも好評な理由だろう。
初めての森での実戦を終えた安堵感からか休んでいる者が多い中、ポニーテールのメランダさんに話し掛けられたのを切っ掛けに、6等級の各パーティーの女の子が声を掛けて来るようになった。
「あの料理はツトム君が作ったの?」
「バルーカ出身なの?」
「パーティーに入ってないって本当?」
「武闘大会の話を聞かせてよ」
「ギルドの建物を壊したのはどうして?」
いくら年上好きでもそこは男性なので、女の子からちやほやされて上機嫌に答えていく。
しかしいつの間にやら背後から忍び寄ったロザリナに、
「ツトム様、程々になさいませんとルルカさんに言い付けますよ」
と釘を刺されてしまった!
ルルカに言われるのも困るが(何も悪い事はしてないけど!?)、ロザリナの声色も冷たくてちょっと怖かった……
そしてなぜか男性からは話し掛けられず、唯一リュードパーティーの魔術士が槍を返却しに来たのみだった。
敵意や反感といったモノは感じられないので、単に女の子と話していたからだと思うが……
…
……
…………
昼前に通り掛かった乗り合い馬車2台に分乗してバルーカに戻ることになった。
手を振りながら『お~~い! 乗るから止まってくれ~~!!』と強引に馬車を止めたのには驚いた。途中乗車の意思を示すサイン的なもので合図するものとばかり思っていただけに。
最初にギルド職員のコーディスが御者と話して人数分の運賃を支払い領収書みたいなものをもら…………えない?? そう言えばこの世界で領収書に類するものをもらった試しがないな。
強いて挙げるなら姫様への献上品を購入した際にもらった品質証明書が領収書に近い感じか。もっともあれは500万ルクという超高級品だからこそ付いてきたものだが。
ひょっとして、言ったら経費として落としてくれる申告制なのだろうか? 不正の温床になってそうだな……
1台目には半数以上乗り、その後20分ほどして通り掛かった2台目に残りが乗り込む。
この2台目は通常タイプの乗り合い馬車よりも車体が大きい。それに曳いてる馬の体格も大きく力強い。
先ほどと同じように御者に運賃を支払って俺の前の席に座ったコーディスに聞いてみると、この大きいタイプの乗り合い馬車はメルクと王都間を途中バルーカとドルテスで宿泊しながら運行しているのだそうだ。
本来であればメルクから北上して交易都市ロクダーリア(=ルルカの故郷だ)を経由して王都に行くほうが距離的には近いのだが、メルクより北は山岳地帯でアップダウンが激しくかえって時間が掛かるらしい。
帝都やコートダールに行く際の上空から見たメルク北東に広がる山々を思い出し納得する。
それにしてもこの馬車は車体が大きいせいか乗り心地が非常に良い。
オーク集落討伐時に乗った馬車の酷さは何だったんだ? というぐらい両者の差が大きい。
ギルドが手配した馬車が劣悪だったのか、乗り合い馬車が高品質なのか……
ついでにコーディスに先ほどの領収書についても聞いてみた。
「乗り合い馬車は商業ギルドの管轄だからな。
後日冒険者ギルドに利用した書類が送られるのだよ」
初期の頃に商業ギルドの長と揉めたのも、王都からの帰りの乗り合い馬車が襲われたことが原因だったな。
「ちなみに、冒険者と商業の両ギルド職員と一部の商会、軍関係や役人は運賃が割引されるぞ」
「特権ってやつですね」
「君も将来指導員にでもなればその特権を使えるように…………っと、君は飛べるから関係ないだろう?
わざわざ馬車で帰る必要もなかっただろうに」
「そこはほら、皆で一緒に帰るまでが試験ということで」
「なんだそれは?」
遠足の定番ネタはこの世界では通じなかった……
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