第261話

 翌日はアルタナ王国で開催されている武闘大会の最終日、本選が行われる日である。


 武闘大会本選の試合会場は王都の南地区にある闘技場だ。

 外観だけでも1万人を軽く収容できそうな規模を誇っており、東西に観客用の大きな出入り口が、南北に関係者用の通用口がある。


 まずは本選の冊子をもう2冊追加で購入する。

 1冊はロイター子爵に本選に勝ち進んだ証拠として渡すためだ。昨日買った自分のを見せるだけでいいのかもしれないが、念のために買うことにする。

 あれ? 証拠が必要なのは予選で負けた場合だったっけ? ま、まぁ証拠として不要ならばそれはそれで別にいい。


 もう1冊は姫様(=イリス姫)にお渡しするためだ。

 武闘大会参加のためにこの国に滞在して1週間だ。バルーカに戻ったら帰還の挨拶をしに登城しなければなるまい。その時に報告と共に冊子を献上すればいい。



 ルルカ達と別れて関係者用の通用口へと行く。


「ツトム様ですね。御案内致します」


 本当に顔パスだった。

 案内されて闘技場の中を移動する。


「こちらが待機所となっております。

 あとは係の者の指示に従ってください」


 連れてこられたのは現代風に言えばロッカールームのような場所だった。

 闘技場の内部においては比較的広い部屋だ。

 椅子が8脚しかないところを見ると、中央の試合場を挟んだ反対側にも待機所があるのだろう。

 そしてその椅子には既に6人が座っていた。


 俺は空いてる奥の椅子に座ろうと待機所に入っていくと、

 『なんだこのガキは?』といった剣呑な雰囲気を出す者が2~3人いた。

 難癖を付けてくることを期待しながら座るが、特に動きはないまま8人目が案内されてきた。

 まぁここにいるのは俺以外は第1シードや第2シードといった連中ばかり。そんな簡単には軽率な行動はしないか。

 そしてランテスは反対の待機所のようだ。


 それにしても……

 確かに第1シードの選手達と待遇は同じになったみたいだが、これってこの闘技場の内部構造の問題で待遇に差をつけられないだけなのではないだろうか?

 テントで作られたとは言えきちんと個室を用意された本予選3日目のほうがよほど扱いはよかったぞ。

 もちろんこの闘技場は伝統と格式がある立派な施設なんだろうけどさ。



「そろそろ開会式が始まりますので、皆様方は舞台上へ」


 係の者に告げられ各々待機所を出て行く。

 俺は皆の後ろからついて行き舞台へと上がる。

 客席はもちろん満員だ。

 喧騒に包まれていた場内が静かになり、舞台上の選手達が片膝を着いた。俺も慌てて皆に倣って片膝を着く。


 客席からやや隔離された貴賓席には見覚えのある姿が……

 あのちょっと小太りな体型はレイシス姫のお兄さんだ。

 正式にはこの国の第一王子で名は確か……ベルゴールだったか。

 王様の代理として開会宣言を行うようだ。


 ベルゴールの前に演説台が置かれ、書面を取り出し読み上げる。

 あっ!? この声量は魔道具を使っているな。

 宣言の内容は『この良き日に日頃の研鑽の成果を発揮するよう~』といったありきたりのものだ。

 それが終わると最初に対戦する2人を除いてまた待機所だ。



 実はこの待機所、奥に小部屋があってそこから舞台上を見ることができる。

 今も何人かでそのように観戦している。

 が、俺はそうしない。なぜならあんな狭い部屋でおっさん共と仲良く観戦などできないからだ!




……


…………



 現在待機所にいるのは5人。

 今は5試合目が行われており過去4試合は2勝2敗だ。

 別にもう一つの待機所と団体戦をやってるわけではないので勝敗自体はどうでもいいのだけど、次に呼ばれるのは6試合目の俺になる。


 目を閉じて集中しようとするものの、今更ながらに緊張してきた。

 このような1万人を軽く超える大観衆の前で何かをしたことなど今までなかった。

 それを言ったら予選会場の3000人~4000人規模でも未経験のはずだが…………いや、小学校の時の運動会ならそれぐらいいなかったか? 生徒だけならもちろんそんなにいなかったが、見に来る親も含めると近い数字になったはずだ。

 つまりは今回が初体験だから緊張してるってことか……



「ツトム様、舞台のほうへどうぞ」


 いよいよ俺の出番が来た。

 結局緊張状態をほぐすことはできなかったけど、もう覚悟を決めなければならない。

 あとはやるかやられるか、それだけだ!




「あんな少年が……」「魔術士だ!」「セリュドゥクよ!」「ノーシードって本当かよ」「魔法! 魔法!」


 戦いの舞台へと上がる。

 心なしか俺への声援が大きいような気もするが気のせいか?

 舞台をぐるりと取り囲む観客席のどこかにルルカ達がいるはずだが、もちろんここからでは見つけられない。


 舞台上で対戦相手であるセリュドゥクと対峙する。

 セリュドゥクは中肉中背といった体格で出場者の中では小さい分類だ。

 特徴的なのがその装備で、急所を守る以外必要最低限の防具しか身に着けていない。

 ガチガチに鎧を着込んで防御を固めていた本予選決勝の相手だったチャルグットとは真逆の戦闘スタイルだ。


「はじめっ!」


 特に会話することもなく、審判が問答無用で開始の合図を出してきた。

 せっかくの本選なのだからもっと演出とかあってもよさそうなんだけど、早く試合しろみたいな感じで始めさせるのはもったいなく思う。


 幸いにもセリュドゥクは俺の出方を伺っている感じだ。


 まずは…………火鳥風撃!!


 本予選2回戦から使い始めたこの火鳥風撃だが、一定以上の強さの相手には通用しないという結論を出すことにした。

 まぁ元々は素人であるルルカが見ても楽しめるような戦い方をするために開発した技だ。

 今一つな評価になったのは仕方ないだろう。

 本予選終盤では火鳥風撃を囮として他の攻撃を狙う戦い方にシフトしている。


 以上のことから今回も火鳥風撃後の風槌アッパー狙いなのだが…………


 セリュドゥクはオーソドックスに剣を振って剣圧で風槌を相殺してきた。

 それを見て俺は風槌アッパーの発動を止める。


 てっきりその最低限の装備の身軽さから回避行動をするかと思い、隙あらばと風槌アッパーで狙っていたのに?!


 本予選の冊子ではセリュドゥクは1組目だった。

 本予選準決勝と決勝は俺とは違う会場だったので、こちらの試合は見てないってことだ。

 セリュドゥクにとって初見である風槌アッパーと土刺しをここぞという場面で確実に当てる。

 俺は試合プランをそのように組み立てた。

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