第260話
ベッドの中でルルカの胸へと手を伸ばす。
その大きな頂きへと届く寸前、ガシッ! と手を掴まれた。
「ツ・ト・ム・さ・ん?」
ルルカのこめかみがヒクヒクしている。
いい加減事情を話せってことなのだろう。
王城に行く際に着る新品の服を買いに宿を出た俺達が最初に向かったのは、服飾店ではなく焼き菓子を売ってる店だった。
俺の頭の中が???でプチパニック状態に陥っていると、
「ルルカさんはどの服飾店がいいか情報を収集するのだと思います」
「店によってそんなに違いがあるのか?」
服飾店なんて大通りを歩けば簡単に見つかるだろう、と適当に考えていたのだけど……
「それはもう! 針子の腕や布の材質で天地の差が開きます」
品質に差があるこの世界では当然のことか。
「ついでに自分達で食べる用の焼き菓子も買ったらどうだ?」
「よ、よろしいのですか?」
「ああ。ディアと2人で選ぶといい。ルルカの分も忘れるなよ」
「はいっ!」
足取りも軽く店内へと入っていく2人。
焼き菓子を買った後は宿の近くにある高級住宅街を訪れた。
各戸の台所口が隣接している裏道に入っていき、井戸の周囲で文字通り井戸端会議をしている使用人達の中にルルカとディアが入っていく。差し入れの焼き菓子は大変好評のようだ。
「ロザリナは一緒に行かないのか?」
「私はあまり経験がないので……」
あんなのに経験とか必要なのか? ただおしゃべりしてるだけのような……
確かにルルカとディアは既婚者だし、井戸の周りにいる使用人達の年齢層も高い。
屋内で働いている若い使用人との格差みたいなものがあるのかもしれない。
「初日以降もルルカさんとディアはあのようにこの国の情報収集を行っているのですよ」
アルタナに来た1日目に武闘大会の情報を仕入れてきたのはルルカだっけ。
それにしても……
「なぜそんなことをしているんだ?」
「なぜってそれは……」
「お待たせしました。良い店を紹介されましたので行きましょう」
戻って来たルルカを抱き締める。
「ツ、ツトムさん?!」
俺とルルカとの身長差は約10センチ、まだ抱き締めるという行動ができる差だ。
これがルルカよりも背の高いロザリナやディアになると、抱き締めるというより抱き付く形になってしまいかっこ悪い。
「あ、あの、人に見られていますが……」
「別に構わないさ、好きに見ればいい。
それよりありがとうな。俺のために色々調べてくれて」
「アルタナ王国に来たのは初めてですので」
「普段からも情報収集してくれていたんだろ?
ロザリナから聞いたぞ」
そう。ルルカはバルーカにおいても情報収集を行っていた。
近所付き合いだけではなく、少し離れた井戸端会議にも参加するらしい。
「バルーカも初めて住む土地でしたし……」
俺が出てる間はてっきり昼寝でもしてるのかと思っていたが(実際そうするように言っていたし)、俺のためにちゃんと行動してくれていたのだ。
「私にはこのぐらいのことしかできませんし……」
「ありがとう。とても嬉しいよ。
今度役立つ情報以外にも面白い話でもあったら聞かせてくれ」
「わかりました」
「ディアもあの井戸端会議に参加できるんだな」
「私だって元は主婦だったんだ。おしゃべりも好きだぞ」
意外だ。そんな感じはしないのに。
でもディアは部族では子供に剣術を教えていたのだっけ。
当然ながら子供達の母親ともコミュニケーションを取るわけで、それほど不思議なことでもないのか。
ちなみにロザリナはこういうことは苦手らしい。
女性同士で話すのが苦手ではないみたいだが、やはり未婚なのが大きいようだ。
「ツトムさん、そろそろ……」
俺に抱き締められたままのルルカがモジモジとしている。
そんなルルカの唇を塞いだ。
「服飾店のほうへ、んっ…………、ツ、ツトムさん、こんなところで、んんっ……」
丁寧に舌を差し入れていく。
バルーカだったら絶対にできない、旅先だからこそこれほど大胆になれるのだろう。
「ツトム様?」
「オ、オイ! ツトム!!」
ロザリナとディアに止められるまでキスをし続けた。
ルルカが紹介されたのは大通りにある高級そうな服飾店だった。
ここまで辿り着くのにそれなりに時間が掛かったのだが、ここからの服選びこそ本題なのだ。
俺はとてもじゃないが付き合う気にはなれないので、店側が用意した個室で待つことにした。
この個室は本来商談やサイズ直しをする部屋でここで長く待つことを覚悟していたのだけど、意外にも30分ほどで店員に呼ばれて会計することとなった。
これほど短時間で終わった理由は、1人1人に店員が付き添って的確なアドバイスをしたのが大きかったみたいだ。他に求めたのが地味目の服装ということで、選択の幅が小さかったこともある。
1着の値段が8万~9万ルクで30万ルク近い出費となり、急ぎで頼んで明日の夜の引き渡しとなった。
…
……
…………
今日あったことを3人に話した。
「魔物が街の中に……」「そんな……」「(そのようなことあり得るのか?)」
「魔物の件は他言無用で頼む。ひょっとすると機密扱いになるかもしれない」
携帯もネットもない世界だ。
情報を秘匿するのはそれほど難しいことではない。
もっとも人の口に戸は立てられぬとも言うが……
「そのことでお姫様と会われた際に私とロザリナが城に呼ばれることになったのですね」
「ああ、レイシス姫の希望で女性だけで話したいらしい。
ディアの存在はまだ知られてないので口に出さないように」
隠す必要はないかもしれないが、散々2人へのこだわりをアピールしといて『もう1人増えました』ではマズイだろう。
「ツトムさんへ嫁入りさせる女性を見つけられたのでは?」
「それだったら俺に直接言ってくると思うけどな。
一応レイシス姫が家に来た翌日にこの国(=アルタナ王国)まで送った際に、俺との婚儀の話は一旦白紙にすることになったはずなんだ」
「本当ですか?」
「俺の認識ではそうなんだ。
だけどレイシス姫側がどのように受け止めているのかはよくわからない」
送る途中の休憩時に確かに結婚話は白紙になったはず……
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