第214話

 翌日、午前中に2人を連れて城内に行く。

 本日予定されているロイター子爵との面会は午後からなので、色々な日用品を大量に買い込んでからロザリナにそこそこ高級な食事処を案内させる。

 昼食後は2人にそれぞれ3万ルクずつ渡して古着屋で服を買うように言い、ついでに俺の普段着も頼んで内城に向かった。


 このようにサービスするのは当然ながら明日帝都の奴隷商に行くので、2人の機嫌を取っておくためである。

 どの程度効果があるのかはわからないが、やらないよりかはやったほうがいいだろう。



 内城の受付で面会手続きを済ませて待機室で待つ。

 そこの広場の戦闘跡はかなり綺麗になっていた。

 俺が着地に失敗して墜落した石畳もすっかり元通りになっている。

 その時の急降下ドロップキックで吹き飛ばしたオークジェネラルが激突した建物の破壊部分だけがまだ修復前だった。


 今日もらえる報酬はいくらぐらいだろうか?

 軍の依頼は以前に魔法の指導を2日間しただけで20万ルクだった。

 今回も実質働いたのは2日間だけだし似たような金額になるか…………そうだ! 砦内部を綺麗にしたのと公衆浴場を作った報酬はきちんともらわないと。


 そこそこ待たされた後で名前が呼ばれた。




「やぁツトム君、待たせてしまって悪かったね。前の案件が長引いてしまってね」


「お気になさらずに。冒険者は好きなように時間を使えますので」


「羨ましい限りだが、それは君がソロだからだろう?」


「そうですね……パーティーを組んでいたらメンバーの生活が成り立つようにしないといけませんし」


 子爵に促されてソファに座る。


「君はまだ若いのだからパーティーに入るなりして、そのメンバー達と色々な経験をしたほうがいいと思うけどねぇ」


 明日3人目の奴隷を買えれば今後はペアでの活動が可能になる。

 もちろん子爵が言っているのはそういうことではないのだけど。


「大言壮語する訳ではありませんが、自分と肩を並べて戦える冒険者が同世代にはいなくて……」


 世代は違うがバルーカではグリードさんぐらいだろうか。

 もっともロクに冒険者ギルドに顔を出していない俺が他の冒険者のことなど詳しく知る由もなく、ひょっとしたらとんでもない逸材がいるのかもしれないけど。


「何も戦闘能力だけを基準にすることもないだろう。

 君をサポートするようなパーティー構成でもいいのではないかな?」


「……それは思い付きませんでした」


 俺をサポートしてくれるパーティーか。

 戦闘面以外での俺の弱点……やはり情報収集能力が低いことだろうな。

 でもそれを補ってくれる冒険者とパーティーを組んでも、結局は俺がそのメンバーを養わなければならないという結論に行き着く。

 子爵は体制側の人間だから莫大な税収入を背景に色々な技能を持つ人材を集められるけど、一個人でしかない俺には限界がある。


「そろそろ本題に入ろうか。

 これが今回の依頼の報酬だ」


 !?

 子爵が何気なくテーブルに置いたのは白金貨(= 100万ルク)だった。


「こんなに…………よろしいのですか?」


「メルクの冒険者を救出したことを伯爵は大変喜ばれていたよ。

 それに男爵には砦が攻められたら援軍に赴くことを約束したそうじゃないか」


「飛べばすぐ行けますので」


「そういったことやその他色々含めてのこの額と思ってくれていい」


「ありがたく頂戴いたします」


「それとナナイ君に聞いたが、そこの広場で討ち取ったオークジェネラルを欲しているそうじゃないか」


「できますれば」


 そういや今日はナナイさんがいないな。何か用事でもあったのかな。


「それも君への報酬のひとつとしよう」


「ありがとうございます」


「うん。

 次に、以前に貴族にならないかと誘ったことは覚えているかい?」


「はい」


「その話は立ち消えとなる。なぜだかわかるかい?」


「自分がイリス殿下に忠誠を誓ったからでしょうか?」


「そうではあるがもっと具体的に」


「えっと……、現状唯一の殿下派である自分が貴族になると悪目立ちしてしまうからでしょうか?」


 俺が冒険者だから他から目を付けられないとナナイさんは言っていたはず。


「それは君の立場の話だね。

 例えば伯爵や私の側では殿下の許可なく君を勝手に貴族にはできない。まぁ殿下に話を通しさえすればいいのだから、それほど難しい話ではないけどね」


「すると正解はイリス殿下のお立場を悪くしてしまうから?」


「その通り。

 殿下は新国王に恭順の意を示す為に自身の派閥を解散させて都落ちしている」


「都落ちですか……」


「表向きは南部総督顧問としてここバルーカに派遣されていることになっているが、その実王都からの追放処分ということは貴族なら誰もが知ってることだ。

 そんな殿下が追放先で自身の勢力拡大をはかっていると見なされると、叛意アリとして国王派に殿下を討伐する良い口実を与えることになってしまうんだ」


「新しい国王様と殿下は御姉弟で仲が良いと伺っておりますが?」


「こういったことに当人同士の仲は関係ないよ。

 実質的に国王派を率いている軍務卿と外務卿がどう判断するかが全てかな」


 この国の三職の内の二つが国王派か。

 すると残りの内務卿は中立派なのか?


「わかりました。

 貴族になるというのも実感がありませんでしたし問題ないです。

 これで殿下のお立場も守られたのでしょうか?」


「この件に関してはね。

 今後も隙を見せれば一気に危なくなる立場なのは変わらないよ」


「イリス殿下はもう玉座に未練はなさそうに見受けられますが、どうしてそこまで?」


「権力争いとはそういうものだ、としか答えようがないかな。

 いくら殿下本人に野心がなくとも、国王派や中立派の中に元イリス派が多数いることは厳然たる事実だからねぇ。

 それらの警戒を疎かにする訳にはいかないし、可能なら速やかに元凶である殿下を討ち取って後顧の憂いを断っておきたいのだろう」


 姫様は立場的にまだ結構危ないのか。

 もし、国王派が姫様を討伐することにしたら戦わなければならないのは俺だ。だって姫様が動かせる兵は俺しかいないし。

 当然のことながら人間相手に戦う以上人を殺すことになる。

 人殺し…………

 果たして俺にできるだろうか?


 ……わかる。わかってしまう。おそらく俺は人を殺せる。

 今まで人型の魔物を散々殺してきたのだ。

 彼らにだって家族があり、社会を構成し、集団で行動して、武具を装備して、命懸けで戦っているのだ。外見の違い以外は人と大差ない。


 この手を血で染める日がくることも覚悟しなければならない。

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