第205話

「そうだわ、ツトム」


 謁見が終わり控室?らしきところへ退室する途中で姫様が振り返った。


「先日私の弟であるエリッツが新国王として即位しました」


「それは……、おめでとうございます。と申し上げてよろしいのでしょうか?」


 政敵だったらしいからなぁ。姉弟の仲が悪いという訳ではないらしいけど。


「構いません。

 私はエリッツの即位と同時に姫ではなくなりますので、以降は『殿下』と呼ぶように」


 ええぇぇ!?

 もう姫様と呼べなくなるのは淋しいような……気も…………しないな。

 まだイリス様と初めてお会いしてから40日ぐらいだしな。ただ『姫様』という名称にはこだわりたい!


「もう『姫様』とお呼びしてはいけないのでしょうか?」


 少し残念そうに言ってみる。


「し、仕方ありませんね。公の場以外でならこれまで通りの呼び方を許しましょう」


「ありがとうございます!!」


 言ってみるもんだな!



 姫様の退室後に(姫様の補佐官である)マイナさんと先ほどのご褒美に関する日程調整をする。

 俺の直近の予定は2日後まで砦に詰めて、3日後にコートダールのワナークまでルルカを迎えに行き、4日後にグラバラス帝国の帝都ラスティヒルの奴隷商に行く。決まっている日程は以上だ。

 しかしマイナさんに奴隷商に行くなどとは言えなかったので、4日後以降での調整をお願いせざるを得なかった。

 幸いにも姫様側の予定が空いてなく、今日から9日後、軍の依頼が終了して1週間後に正式決定した。






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-バルーカ城のとある控え室にて-



「リーゼ、何か言いたそうな目をしてるわね」


 先ほどのツトムとのやり取りに呆れ気味な私にイリスが問いかけてきた。


「私のような部外者が言うべきことではないのかもしれませんが……」


「他に人もいないし構わないわよ?」


「その……、ツトムのような少年をあのように色香で誘惑するのはいかがなものでしょうか?」


「あら。

 初対面のツトムに求婚したビグラム卿とは思えない発言ね」


「なっ!?

 あ、あれは、その……、正々堂々とした求婚であって色香で惑わすのとは違います!」


「同じようなものでしょ。

 リーゼにはまだわからないでしょうけど、あんな少年が自分のことを女性として意識してくれるなんてこんなに嬉しいことはないわ」


「世の男性ならイリスの美貌に目を奪われるのは当然のことと思いますが……」


「変な目で見てくるのはおじさんばかりよ。

 王城やここのツトムと同世代の従騎士達には全然そんな目で見られてないもの」


「王族に対してよこしまな視線を向けるような者は騎士としての適性に著しく欠けるかと」


「貴族の子弟だって同じなのよ?」


 私もイリスの歳になる頃にはそのように思うのだろうか?


「失礼します。冒険者ツトムとの次回の謁見は9日後と致しました」


「そう。次は謁見の間ではなく私の部屋で」


「かしこまりました」


 自室に招くなどまた大胆な……


「ひょっとしてその際どい衣装も?」


「もちろん狙ってのことよ。

 期待通りにツトムのウブな反応を見ることができて良かったわ」


 このお方はあの少年に何を期待しているのだろう?

 次はツトムのほうに付き添うべきか真面目に考えるべきだろうか?


「失礼ながら、殿下の只今の御発言には一部訂正すべき箇所がございます」


「ん? どこのこと?」


 この補佐官が私達の会話に割って入ってくるなど初めてね。


「冒険者ツトムは壁外区にて殿下と同世代の女性と暮らしておりますれば」


 ?!


「そんなの母親に決まって……………………どういうこと?」


 そうなのだ。

 先ほどの話が本当ならツトムに家族はいないはず。


「先日伝令を送った際に本人は不在でしたがその女性に言付けしております」


「侍女という線は?」


「そこまでの調べはしておりませんので不明です」


「そう言えば……」


「どうしたの? リーゼ」


「以前お話ししたツトムと初めて会った時のことですが……」


「リーゼがツトムに求婚した時のことね!」


「くっ、間違いではありませんが……

 それはともかく、その時にツトムは城で騒ぎが起きたら連れに街を出るよう指示したと言っていました」


「連れ…………ね」


「殿下、お調べになられますか?」


「本人に直接聞くからその必要はないわ」


「かしこまりました」


「話題を探す手間も省けるしね。

 リーゼも同席したいでしょ?」


「気にならないと言えば嘘になりますが……」


「ふふ、残念ね。2人だけでというツトムからのお願いだもの。

 結果は教えてあげるからマイナと予定を調整して」


「そうします。

 イリスも素が出ないよう気を付けてくださいね」


「大丈夫よ。もう何十年姫を演じてきたと思っているのよ。

 …………

 このようにすぐに切り替えて姫を演じることすら可能なのですよ」


 それまでの気さくさとは違って、瞬時に王族としてのオーラを出してくるイリス。


 誰もが幾つもの自分を演じている。庶民ですらも。

 私にも白鳳騎士団長としての自分、ビグラム子爵家当主としての自分、そして私人としての自分がいる。

 イリスの場合は王族という特殊性も相まってそれが極端なだけだ。


「あっ! 何十年なんてウソ! ウソ!

 せいぜい15年とかそのぐらいね!」


「つまりツトムが生まれた頃から演じられてきた訳ですね?」


 ツトムの話題になると必ず初対面時に求婚したことを弄られるので、それに対するちょっとした意趣返しである。


「むむ!? では14年にします。これは決定事項です」


 一体何のためにたった1年の差にそこまで拘るのか。


「…………もう姫というお立場ではありませんよ…………」


 補佐官の小さな呟きはイリスには届かなかった。


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 南砦に滞在9~10日目。

 結局3日目以降は何もなく軍からの依頼を終えることとなった。

 同じく待機中だった伝令役の人や若い参謀だかお手伝いみたいな人との雑談を総合すると、過去に占領していた3年間も砦が奪取された時(=俺が見習いの時の緊急招集の時)が初めての魔族側の大攻勢だったらしい。

 ゲームなんかとは違って戦力の逐次投入は行わないってことか。

 それにしてはバルーカに対する攻撃は散発的に分けて仕掛けてきたけど……

 城内に部隊を転移させる戦法を試す実験的なことだったのだろうか? あるいは威力偵察的な?

 魔族のことが何もわからない現状だと推理しようもない。そもそも言語が通じるのかすらわからんし。

 異世界言語スキルに期待したいとこではあるが、集団を形成して社会性を有しているオークやゴブリンの言語がわからない以上は望み薄だ。

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