第206話

「10日間お疲れ様でした、ツトムさん」


 最終日の待機任務を終えてから自室を整理し(と言っても布団その他を収納に入れただけ)、団長(=ゲルテス男爵)に依頼終了の挨拶をする為に指揮所に戻る途中でナナイさんに呼び止められた。


「お疲れ様です。ナナイさんは今後もこの砦に?」


「いえ。一応ツトムさんの担当としてこちらに滞在していましたので今日までです。

 他の手伝いばかりであまりお役に立てませんでしたが……」


 後半はナナイさんと話す機会すらロクになかったからなぁ。

 砦の外での魔法の練習も夕食後の決まった時間に行うなら声掛けなくても構わないってなったし。

 家に帰った時ぐらいか。


「何もなかったということなので良かったと考えるべきでは?」


「そうですね。それでこの後私を城まで運んで頂きたいのですがお願いできますか?」


「もちろん構いませんよ」




 ナナイさんと2人で団長の下へ。


「ん? そう言えばツトムは今日までだったか。大儀であったな」


「短い間でしたがお世話になりました」


「うむ。どうだ? ずっと暇だったであろう?」


「そうですね。

 ですが、自分が忙しない時はこの砦が困った事態になっているということですので、暇だったのは良かったです」


「そうではあるな。

 今にして思えばウチの訓練に参加してもらえばよかったか……」


「待機任務を疎かにする訳にも参りませんので」


 冗談じゃないよ!

 この団長はちょくちょく指揮所を抜け出して麾下の団員達に訓練という名のシゴキを行っている。

 あの体育会系のノリはちょっと勘弁してもらいたい。

 ただでさえロザリナから『また訓練しますよね? いつから始めますか?』的な圧力をヒシヒシと感じているのに……


「ナナイ殿もご苦労だったな。事務方も大変助かったと申しておった」


「もっとお手伝いできればよかったのですが……」


「ロイター子爵にもゲルテスが礼を申していたと伝えて欲しい」


「かしこまりましたわ」


「団長、危急の際にはいつでもお知らせください。

 家にいる場合ならすぐに駆け付けますので」


 自分の家の場所を教えておく。


「それは心強いな。

 その時はよろしく頼む」


「はっ!」


「それと君に頼みがある。

 おい! お連れしてくれ!」


 参謀が一旦外に出て1人の女性を連れて来た。

 レイシス姫だった。


「アルタナの姫君もお帰りになられる。

 姫の希望で君にバルーカまで送ってほしいそうだ」


「ツムリーソ、頼みましたよ」


「わかりました」


 ナナイさんとレイシス姫2人同時に運んで両手に花でウハウハ~……とはいかないよなぁ。

 レイシス姫は丁重にお送りしないといけないし。


「ナナイさんはここで待っててもらえますか?

 レイシス様を送ったらまた戻ってきますので」


「もちろんです」




 まずはレイシス姫の部屋に移動して荷物を収納する。

 部屋にはそれなりの大きさの木箱が5つもあった。

 一人の武官としてとか言っていた癖にこの辺りは姫様感覚なのだろう。

 もっとも一国を背負っている立場上身だしなみには相当気を遣わないといけないのだろうけど。



「念の為にロープで体を繋ぎますね」


「不要です」


 本日のレイシス姫の服装はこの砦の初日夜の時に似た普段着的な格好をしている。

 特に肌が露出している訳でもなく、そのすらっとしていながらも豊満な部分を隠し切れないスタイルを強調している訳でもない。

 だけど……


「さあ、ツムリーソ」


 両手を広げて俺に抱き締めるよう誘う仕草に胸のドキドキが止まらない。


「し、失礼しますね……」


 そっと抱き締める。

 や、やばい……

 匂いも、感触も、フェロモンすらも何もかもがロイヤルな状況にクラクラする。


「い、いきますね!」


「お行きなさい」


 慌てて飛び立った。

 なぜならあのままでいると俺のジュニアがリアルプリンセスをダイレクトノックしてしまうこと間違いなかったからだ…………俺は何を言っているのだろう?

 とにかく飛び上がってしまえば俺の下半身は強制的に沈静化していく。


 レイシス姫がさらに抱き付いてきた。

 高所が苦手という感じは見受けられないが、多少怖さはあるようだ。

 服越しに感じる柔らかさが心地いい。

 ルルカや姫様ほどではないことは確実だが、ロザリナとどちらが大きいだろうか。

 こうムッチリとした感じはスポーツ体型なロザリナよりもレイシス姫のほうが上だ。

 これは冒険者として剣を振るってきたロザリナと、後方で指揮に専念してきたレイシス姫との違いなのだろう。


 あっ!?

 飛行許可証をぶら下げるのを忘れてしまった!

 そう言えば依頼初日の城内での戦闘の際も許可証を下げてなかったような……

 ま、まあ誰かに指摘されたら依頼期間中は軍の人間扱いだと思った、という言い訳をすることにしよう。




……


…………



 もうすぐ城に着く。

 巡行速度よりも遅く飛んでいるものの、このロイヤルな柔らかさを堪能できるのもあと僅かだ。

 バルーカに戻るということはレイシス姫の観戦武官としての任務も終わってアルタナ王国に帰るのだろうか?

 寂しいという気持ちもあるような……、ホッとするような……

 実際のところはどうなんだろう?

 レイシス姫が画策している俺をアルタナ王国に婿入りさせることについては姫様が断るはずだ。

 …………断るよな? あれだけ股肱の臣だなんだと持ち上げておいて『アルタナ王国に? どうぞ。どうぞ』みたいなノリは勘弁して欲しい。バラエティー番組でもあるまいし。


 まぁ姫様を疑うと色々な前提とかが崩れるので断るという方向で考えると、

 う~~ん…………

 婿入りの話が姫様に断られても、あの手この手でまた別の厄介事を持ち込んでくるような気がする。

 ここできっちりとお別れするのが最善なのだろうか?

 レイシス姫はこうやって大胆に密着できた初めてのお姫様なんだけどなぁ。

 話が噛み合わないことが多々あるし、気を抜いているととんでもないことを言い出していて油断も隙も無いのだけど…………自分で思っててなんだが、これってルルカから見た俺のことのような気がしてならない! ま、まぁこれについてはあまり深く考えるのはやめよう。


 そうだな。ことわざにも『二兎を追う者は一兎をも得ず』とある。

 レイシス姫とは本日を以ってさよならをして今後は姫様に全力を傾けるべきだろう!

 肖像画や2人で会うといったお楽しみもあるし、また活躍すればさらなるご褒美も期待できるし!



 内城3階にある飛行魔術士専用の出入り口に到着。

 近くにいた侍女にレイシス姫の部屋まで案内させて、部屋の中に収納から出した5つの木箱を置いた。


「ツムリーソ、ご苦労でしたね」


「いえ……

 あの、レイシス様はアルタナ王国にお帰りになられるのですか?」 


「まだ若干調査して報告書にまとめねばならない事柄が残っておりますが、近日中には帰国します」


「そうですか……」


 何を言えばいいのだろう?

 お元気で、とかで大丈夫だろうか?


「ツムリーソ」


「は、はい」


「…………なんでもありません。

 砦で補佐官の女性が待っているのでしょう?

 早く戻ってあげなさい」


「はい。では失礼しました」


 なんとなく後ろ髪を引かれる思いに駆られながらも砦へと飛び立った。

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