第198話
「オグトを許してやってくれないかな?」
考え事をしていたらいつの間にやらさっきの魔術士さんが俺の隣を歩きながら話し掛けてきた。
「オグトは3等級に昇格したグリードをライバル視しててね。
歳が一つ下のグリードに先を越された上に、自分達が昇格試験を申し込んでもギルド側の承認が得られないので焦っているんだ」
「そうでしたか」
年下のライバルに先を越される。そりゃあ悔しいだろうけどさ。でも実年齢30歳の俺からしたら冒険者界隈はほぼ年下しかいないからなぁ。まぁ冒険者歴2ヶ月の俺と一緒にするなという話なのはわかるけどね。
もっともグリードさんパーティーの3等級昇格には俺も関わっているのでまったくの無関係ではないけど……
「今回のこの防衛の依頼もオグト以外のパーティーメンバー全員で薦めたんだ。
あんな焦った状態では依頼や戦闘面での適切な判断とか難しいだろうからね。
ここでは軍のほうにきちんとした指揮官がいるから、時間をかけて冷静になってもらう為にも丁度いいと思ってね」
オグトはパーティーメンバーに恵まれているなぁ。
奴自身に意外な人望でもあるのだろうか?
それとも有能なメンバーをスカウトする才能でもあるのかねぇ。
「ギルドの評価が足りてない訳ではないんだ。これでも4等級としての活動期間は長いからね。
オグト自身も気付いてないなんてあり得ない……はず。
という訳だから頼むよ」
「え?」
「君なら彼を何とかしてくれる……と期待している」
そんなことを期待されましても……
オグトをクールダウンさせる為には俺が勝たないとダメだよな。
俺が負けるとますます3等級昇格試験に気持ちが向かうだろうし。
これでワザと負けるというのはダメになったな。
思い付いてすぐに……とは何とも絶妙なタイミングで話し掛けてきたものだ。偶然だとしても……
……………………いや、果たして本当に偶然なのか?
俺とレイシス姫の関係を知っていれば俺がワザと負けると推測するのも不可能ではない? い、いや、待て待て。俺とレイシス姫が最後に会ったのが今朝の怒られた時だ。そして彼ら冒険者がここに着いたのが昼過ぎでアリバイは完璧だ。
この魔術士に俺らのことを知る術は…………無いとも言い切れないか。俺達は人目を忍んで密会していた訳ではない。加えてレイシス姫の美貌、まぁ普通の男性からしたら年齢が微妙とはいえ、隣国の姫君ということでもあり注目度も高い。
砦に着いてからでも十分に情報を集めることはできるだろう。
「ん?」
優し気な表情をしている30歳ぐらいの魔術士の男性。
先ほどまで魔力量が低いからと侮って名前すら聞いてないけど、今では名前が不明なことまで不気味に思えてくる。
能力がどうとかは関係ない。10年以上も血刀が振るわれ魔法が飛び交う戦場を生き抜いてきた人なんだ。決して侮っていい存在ではなかった。
「ご期待に沿えるかはわかりませんが、やるだけやってみます」
「頼むよ」
オグトが構える。
持っているのはグリードさんのと同じような大剣を模した大きな木刀だ。
同じ両手剣の使い手なのもライバル視する要因なのだろうか?
「いくぞ!!」
自らそう宣言し(審判なんていないしね)向かってくる。
両手剣との対戦はギルドでの訓練中に何度かあったぐらいだ。
とりあえずは防御メインで対応する。
技量的にはロザリナと同じぐらいか。戦闘力では男女差があるのでオグトのほうが1段か2段上になるけど。
昇格試験でのグリードさんと武烈のリーダーヘンダークとの決戦と比較すればオグトの剣はかなり見劣りしてしまう。はっきり言ってグリードさんをライバル視できるような実力ではない。
かといって俺が防げるレベルという訳でもないので攻撃は喰らいまくっているけど。
オグトが一旦距離を取る。
「お前は痛みを感じないのか?」
痛いのは痛いぞ。
もっともこれだけ色々な奴にボコボコにされればその痛みにも慣れてくる。それがいいのかどうかは知らんけど。
「自分は回復魔法が使えます。
生半可な攻撃では倒れませんよ」
「くそっ!」
今度はパワー重視でくるようだ。
防御面が疎かになるが、まぁ俺の剣技だったらそれでも防げるということなのだろう。
今なら風槌連打で比較的簡単に倒せると思うが……
俺のような剣の初心者でもオグトとグリードさんとの実力差はわかるのだ。
10年は確実に剣を握っているであろうオグトが、その差をわからないなんてことがあるだろうか?
そんなことは絶対にあり得ない。
実力差は自覚しているのに3等級になりたくて焦っている? クールダウンする為のキッカケのようなものを欲しているのか?
パワー重視で攻撃してくるのを危なっかしく喰らいつつ防御しながら考える。
俺はなにか勘違いをしているのではないだろうか?
オグトを冷静にさせるのは、グリードさんを意識させずに地道に3等級を目指す為なんだと勝手に思っていた。
でもそうじゃなかったとしたら?
3等級を目指す為ではなく3等級への昇格そのものを諦めさせる為だとしたら?
もしそうであればそこで成り行きを見守っている中年魔術士が俺に求めているのは……いや、昇格試験で3等級に勝った俺に期待したことは…………
俺はバックステップで距離を取って木刀を捨てる。
「なんだ? 降参か?」
「オグトさん。今から魔法を撃ちます。
当てませんので動かないでください」
「なんだと?」
俺は砦を背にしていて位置的にも最適な形だ。
「いきますよ」
見た目的に派手なのは九頭風閃なのだが威力がイマイチ、威力抜群な風槍・零式は見た目が超絶地味なので、どちらも兼ね備えている土甲弾を撃つことにする。
景気よく最大出力でぶっ放そうかと思ったけど、なにか事故とかあったら怖いので強めに撃つに留める。
ズドォォォォォォォォン!!!!
(俺から見て)オグトの左側に向けて土甲弾を放った。
「なっ!?」
バリバリ!! ベキベキベキ!! バリバリベキベキ!! バリバリベキベキ!!
オグトの右側を抜けた土甲弾はそのまま森の木々をなぎ倒して直進していく。
ドッガァァァァァァァァァァン!!!!
地形が盛り上がった丘のようなところに着弾したようだ。
「なっ!? なっ!?」
オグトは脱力して呆然と土甲弾の通過した跡を見ているが、それは俺も同じだ。
練習の時は家ぐらいの大きな的に魔盾を何枚も重ねて撃ち込んでいたけど、何もないところに撃つとこうなるのね……
オグトには『3等級は諦めたほうがいい』的なことを言おうと思っていたのだが、ここは敢えて何も言わずに立ち去ることにした。
後のことは彼の優秀なパーティーメンバーが何とかするだろう。
中年魔術士に手を振って砦へと歩きだした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます