第192話
「ここはもっと角度を付けて」
「傾斜を作らないと水は流れて行かないよ」
「ちょっと短いかなぁ」
「階段は後で段数の調整をするから今は適当で」
「この空間に排水管と下水管を通すから」
「この部屋は二つに分けよう」
「もう一度やり直そうか」
現在風呂作りを通り越して風呂場を収める建物を、野戦築城の専門家という40歳ぐらいの男性からのアドバイスを受けて土魔法で建築している。
団長(=ゲルテス男爵)と模擬戦をした後で何故かレイシス姫に怒られてしまったのだが、その怒っている姿が可愛らしくてついニマニマしていたら、
『何ですか! 人の顔を見てニヤニヤして!』
『す、すいません。その……、レイシス様の仕草が可愛らしかったのでつい…………』
『なななな!?!?
た、他国の王族に対して無礼ですよ!!』
と、更に怒らせる結果になってしまった。
さすがに"可愛い"はマズかったか?
でもアニメのヒロインがよくやる仕草を見せられたらどうしても……ねぇ……
その後に砦で準備万端で待ち構えていたナナイさんに専門家を紹介されて作業を開始することとなった。
風呂場用の建物は二階建ての本格的なモノで、砦の北門の防壁沿いの空きスペースに建てられる。
大きさ自体はそれほどでもないのだが、構造が複雑なのでいつものように一気に完成させる手法は使えず、部分部分を細かく区切って作っていくスタイルだ。
一階は男湯で二階が女湯になる。ナナイさんは最初男女別々の建物で許可申請してたのだけど、砦内の空きスペースの関係で一つにまとめなければならなかったとのこと。人数の多い男湯のほうが湯船も洗い場も脱衣所も大きく作る予定だ。
建物は砦を囲う防壁と同じ高さにして屋上にバルーカから運んで来た攻城兵器(=移動可能な足場。櫓みたいなもの)を設置するのだと言う。
あんな大きい物をどうやって上まで上げるのか? 人力や滑車とかか? ひょっとして物体を移動させる魔法とかあったり?
う~~ん…………、この攻城兵器は収納に入らないだろうか? 重量や体積はオーク1000体の方が圧倒的に上なので既にクリアしている。問題なのは一個体としての大きさだ。
試しに…………あっ! すんなりと入った!
まぁよくよく思い出してみれば、西の森の道路工事をした時にそれなりの大きさの木を収納に入れていたっけ。
専門家さんに言うと屋上に置くように頼まれた。
「いやぁツトム君、ウチに来ませんか?
魔力も豊富でたくさん作れますし、容量の大きい収納魔法も素晴らしい!
そして何より何気なく使用している土魔法の練度が高いのが凄いです!!
こちらの修正案や要望に即対応できる魔術士は中々いませんよ!!
土木専門の土魔術士でさえ羨む能力と素質をお持ちです!!」
「あ、ありがとうございます。
自分は冒険者になってまだ日が浅いので、もし転職を考えるとしてもずっと先のことだと思いますが…………」
商売が絡むと面倒そうだけど、陣地や建造物作るだけなら気楽でいいのかねぇ。
でも長期間前線や砦に滞在するとかは勘弁だなぁ。ここの砦ぐらいなら家から通えるけどさ。
「ツトム君ぐらいの年齢ですとまだ職を変えることに現実感はないでしょうねぇ。残念ですけど。
そうだ!!
人手が足りなかったり大規模な建築をする際に手伝ってもらうのはどうですか? もちろんこちらから依頼するという形にしますので」
「まぁそれぐらいでしたら…………」
あっ。これ知ってる。
最初に無理難題を吹っ掛けてワザと断らせて、次にハードルを数段下げた印象を与えつつ実は本命のお願いをして相手を頷かせる交渉テクニックだ。
「でしたらその時は私が窓口となりましょう。
ロイター子爵からもツトムさんの担当を任せられていますので」
まぁ例え交渉術だったとしても、バルーカと南砦の安定と発展に貢献できるのならそれは自分達の安全にも繋がる訳で、少しぐらい協力したとしてもバチは当たらないだろう。軍は報酬に関してはきちんと払ってくれるだろうし。
「わかりました。
その際はナナイさんに話を持って行きますので、よろしくお願いします」
「こちらこそお待ちしております」
ただ嵌められた感が拭えないのが気になる点か…………
ニコニコ顔で俺に関する取り決めを交わす二人を見てると余計にそう思えてしまう。
「ツトムさんこちらですよ」
昼休憩時に昨日の夜と今朝利用した食堂に行こうとしたところでナナイさんに別の場所に連れて行かれた。
ファミレスのようなその空間は上級職用の食堂とのこと。
「これまではあちら(=一般兵用の食堂)でお食事なさっていたのですか?」
「ええ。昨夜外にいる兵士について行ったらそちらに……」
各テーブルには指揮官らしき人が2~3人で座っており優雅に食事を楽しんでいる。
ちなみに専門家さんは部下達と食べるからと別れており、今はナナイさんと二人きりだ。
「いかがですか? 今後はツトムさんもこちらでお食事をなさっては?」
「それは遠慮しておきます。自分にはあちらで食べる方が性に合っているようでして……」
実際ここは居心地が悪い。
指揮官用の上等な軍服連中の中で一人だけ冒険者の軽鎧姿は酷く浮いてしまっているのだ。
提供される食事も上等なモノだけど、あっちの食堂の周りを気にせずにガツガツ食べれる方が好ましい。
「そうですか……」
ナナイさんは平民出とのことだけど、食事の際の所作を見るに庶民でもかなりいいとこの出なのではないだろうか?
こんなことは以前に教えてもらったナナイさんの家に行ってみれば一発でわかるのだけど、どうしてもストーカーという単語が頭をよぎってしまう…………現代人故の弊害か。
その時表から歓声が聞こえて来た。
「何かあったのでしょうか?」
「きっと冒険者達が援軍として到着したのでしょう」
そういえば今日から冒険者が合流するのだった。
これで軍人達の中でただ一人の冒険者という構図は解消された訳だ。
「冒険者か…………
果たしてどれほどの戦力になるのやら」
「所詮は金で雇われている連中さ。危なくなったら真っ先に逃げるだろう」
「今回冒険者ギルドは選りすぐりの精鋭を派遣して来たという話だぞ」
「精鋭といったところでバルーカのレベルでは大したことはあるまい」
隣の席から冒険者に対する不穏な会話が聞こえて来る。
立ち上がろうとしたナナイさんを手で制した。
俺に向けて言ってる訳ではなさそうだし、少なからず当たっている部分もある。
軍の上層部が冒険者ギルドとの関係を重視していることは間違いないが、組織に属している人間全てが同じ考えでいるなんてことはあり得ないのだから…………
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