第179話

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-砦攻略軍前線陣地にて-


「そこを通しなさい!」


「なりません!

 アルタナの姫君に万が一のことがあってはならぬと閣下から厳命されております」


わたくしは今アルタナの姫ではなく一武官としてここにいます。

 気遣いは無用に願います」


「そうは参りません。貴方様の安否は国家間に関わる重大事にて、ここは自重願います」


「くっ……」


 ここに来るまでは一人だったのだが、さすがに戦場で一人勝手に動かれるのは困るらしく、ベルガーナ王国側が中年の騎士を案内人として付けて来た。実質的には護衛役兼監督官といったところだろうか。

 その案内人に現在ゲルテス男爵以下の精鋭が突入している砦に行きたいと申し出たところ強固に反対されてしまった。

 まぁ逆の立場だったら私も猛反対するでしょうからこの騎士の言い分もわかる。

 だけど私としても観戦武官の任を受けてこの地に来ている以上はその職務を果たさねばならない。


 我が母国アルタナがベルガーナに私(観戦武官)を派遣したのは、遅れている魔法技術やその運用方法を実地にて見聞し国に持ち帰る為である。

 派遣されたのは私一人ではなく、ベルガーナ王都の魔法学院と魔術研究所には別の者が派遣されている。

 アルタナ王国では先の国内に魔物の侵入を許し王都を危機に晒した責任を取る形で軍上層部が軒並み引責辞任をしており、新しい軍総司令こそ実績のある重鎮が任命されたがその周りは中堅の優秀な人材で固められている。

 この新しい体制の最初の課題が魔法戦力の強化であり、建国以来国民に獣人の割合が多いことから近接格闘術と弓術に重きを置いてきた国家の大方針の一大転換を求められている。


 このような背景がある中でつい昨日、私は母国アルタナが魔物を撃退できたその真相を知ってしまった。

 敬愛するお姉さま(=イリス・ルガーナ姫)に紹介された冒険者ツトム。

 私にはツムリーソと名乗った彼が暗躍した結果なのだ。

 表向きにはアルタナ・帝国・ベルガーナ3国の戦果になっているものの、記録に無い大規模な戦闘跡が王都からレグの街、レグの街南の防御陣からルミナス大要塞に続く道筋と要塞外の一帯にて確認されている。

 彼自身は否定しているものの私の推理に間違いはないだろうし、様々な状況証拠から確信に至っている。

 まだ少年と言える若さで信じられないというのが率直な感想ではあるものの、彼をアルタナに取り込めれば問題の大半は一気に片付くのだ。

 つまり戦力としてはもちろんのこと、国の課題である魔法戦力の強化も彼の血を継ぐ者達がその中核を成していくだろう。

 その実現の為に先刻彼に婚姻を提案してみたのだが案の定断られてしまった。

 お姉さまを説得するのは難儀でしょうし更に別に断る理由があると言う。


『ツムリーソは必ずや我がアルタナに迎え入れて見せます』


 彼の前で声高々に宣言してみせたものの、ここは無理せずに現実的な方向に舵を切るべきだろうか?

 現実的な方向というのはアルタナに婿入りさせるのではなく、彼の下に王家所縁の女性を嫁がせるのだ。

 彼を国防の要として当てに出来ないのは痛いが、彼の子をアルタナに招く方策ならいくらでもあるだろう。


 いずれにせよこの観戦武官の任を全うしなければならないのだが、砦から魔物を誘い出した先ほどの戦闘も一瞬で終わってしまい、今現在突入が行われてる砦へも行かせてもらえず八方塞がりである。

 占領後に当事者から事情を聞けることになってはいるが、やはりこの手のことは実際に見てこそ得るものが大きいというもの。


 その後も案内人との押し問答を続けていると、砦から飛行兵が指揮所に向けて飛んで行った。


「伝令ですね、突入は順調のようです。直に砦内部の制圧も完了しますので、そうなれば砦へお連れすることも可能となりましょう。

 どうか今しばらくの御辛抱を願う次第であります」


「そうですね…………!? ちょっと待ちなさい! どうして攻略が順調だとわかるの?

 もしかしたら味方の不利を伝えて援軍を要請する伝令なのかもしれないでしょ?」


「味方が不利の場合は伝令はこちらの陣地に合図を出してから指揮所に向かう算段となっております。

 援軍を送るにも退却を支援する場合にも相応の準備が必要ですから」


 飛行兵の柔軟な運用法だ。

 小さい事ではあるが、こういった事の積み重ねも差を生む要因となっているのだろう。

 そのようなことを考えながら何気なく指揮所を眺めていると、


 あ!?


 天幕から出てきた魔術士が北へ向けて飛び立った。


「(あれはツムリーソ!?)」


 ここから指揮所までは距離があるので顔の判別こそできないものの、あの軽鎧には見覚えがあった。


「指揮所に戻ります」


「は! 了解しました(ほっ。大人しくしてくれそうだ)」


 指揮所で何かが起こっている……

 私の勘がそう告げていた。


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 バルーカの南門と東門が襲撃を受けている。

 城内の中央部、以前俺が矢を受けた場所にも魔物の反応があり、恐らくこの集団が砦から転移してきた魔物と思われる。

 城外からの攻撃は夜襲の時のような大軍勢ではなく、城壁上からの守備兵の攻撃により撃退されているみたいだ。

 南門は襲撃前に閉門が間に合ったらしく閉じられており、このままでも守りは大丈夫だろうと判断して城内中央部へ向かった。

 東門に関しては状況がわからないが、以前見た強化された防御陣が敵を阻んでいる……と思いたい。どの道城内に転移して来た敵を何とかするのが最優先だ。


 バルーカのメインストリートである東西と南北の道が交差する中心地の東側にオークアーチャーを主体とした魔物の集団が陣取っており、西側に領軍と帝国軍の混成部隊が防御陣を構築して互いに弓で撃ち合っている。


 両者の中間地点に降り立ち、魔物の集団に向けて土刺しを発動!

 討ち漏らした敵の首を風刃で落としていく。


「援軍だ!」「すげぇぇ」「あっという間に……」「あの方は!?」


 土刺しにより出来た串刺しオブジェが邪魔をして3体ほど逃げられてしまった。

 追撃しようとしたところで、


「ツトム殿! 強力な個体が何体か城へ向かいました!

 この場は我らが……ツトム殿はどうか城へ!!」

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