第178話

「ご報告申し上げます! 陣地にて砦より誘引したおよそ200体の魔物を殲滅致しました!

 我が軍の被害は極めて軽微。現在は更なる誘い出しをするべく部隊を展開中であります!」


「ご苦労!」


 3人目の伝令になるのかな?

 報告を終えると天幕から出て行った。

 彼らは皆飛行魔法の使い手なのだろうか?

 情報伝達の大事さは承知しているものの、魔術士を攻撃参加させないのは火力的にもったいなく思えてしまう。


 伝令が出て行くと天幕内は静寂な時間に支配される。

 しかし雑談すらしないとは……行軍している時は皆割とおしゃべりしていたのだけどなぁ。お偉いさんがいるからなのか作戦行動中だからなのか……

 資料か何かの紙をめくる音と外のトイレに行く足音以外は無音の時間を過ごす。

 そして……



「申し上げます! 2回目の誘い出しは失敗しました!! 敵は砦から出てきません!!

 ゲルテス団長は砦への突入許可を求めております」


「砦の門は開いているのか?」


「は。砦の北門は1度目の誘引の際に出撃して以降は開いたままになっております」


「むぅ…………、子爵はどう見る?」


「罠である可能性は考慮しなければなりますまい。ただ我らには他に選択肢がないのも事実かと」


「うむ。その通りだ。

 ゲルテス卿に伝えよ。慎重に内部に突入して砦を奪還せよ! と」


「了解しました!」


 もう突入か。

 砦内部での近接戦闘となるとこちらも無傷という訳にはいかないだろうな。

 俺の回復魔法の出番があるかもしれない。


 そんなことを考えていた時だった。


 ヴヴォォォォォォォォォォォン……


「?!」

「何の音だ?」

「砦の方向だぞ」

「外を見てきます!」


 仮に砦から聞こえたのだとしたら、距離のある司令部まで届いたのだからかなりの大音量になるぞ。

 それにしても今の音、どこかで…………

 思い出そうとしていると5人目の伝令が来たみたいだ。

 

「我が軍は砦内部への突入に成功しました!

 敵の抵抗は極めて弱く、短時間で占拠が完了する見込みです!」


「おお!」

「やったな!」

「さすがゲルテス男爵だ」

「こんなに早く再占領できるなんて!」


「しまった!! ツトム君!!」


 司令部内を包んだ弛緩した空気をロイター子爵の怒声が瞬時に掻き消した。

 つか今俺のこと呼んだよな?


「は、はい!」


 慌てて立ち上がり中央の指揮所に顔を出す。


「すぐにバルーカに飛んでくれ! バルーカが襲われているかもしれない」


 なっ!?


「わかりました! 行きます!!」


 即天幕を出てバルーカに向けて最大速度で飛ぶ。



 そうだよ! あの音どこかで聞いた事あると思ったけど、あれは魔道具の起動音だ。

 奴隷商でルルカとロザリナに奴隷紋を施した魔道具の音によく似ている。もちろんあんなに大きな音ではなかったけど。

 それに最初にバルーカ城内が襲われた時(俺の体に突然矢が刺さった時)に、可能性の一つとしてロイターのおっさんに魔道具による転送現象を言ったのは俺じゃなかったっけ?

 その後大規模攻勢を伴った2度目の襲撃以降は何もなかったので関心が薄れていた。

 ルルカ達を城内に連れて行く際はそれなりに警戒していたので忘れていた訳ではなかったが、今回の奪還作戦と城内への魔物の襲撃とが全然結び付いていなかった。

 どこから転移してくるのかで言うと南の砦は最有力候補だったろうに。



 高度を上げればバルーカを視界に捉えられるだろうが、その為の上昇する時間すら惜しんで最速で飛ぶ。

 バルーカはすぐに見えてきた。

 遠距離からだと特に変わった様子はないが……

 急速に近付くにつれ、城壁から守備隊が魔法を撃っているのが見える。

 バルーカは現在襲撃を受けている只中だった。





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-砦攻略軍指揮所にて-


「君もバルーカへ飛んでくれ。事後処理を頼む」


「了解しました」


 伝令兵の中でも比較的経験豊富な者に後始末を頼んだ。


「騎馬隊を支援に向かわせよう。伝令を……」


「閣下! いけません!!

 騎馬隊は魔術士隊の魔力が尽きた際の最後の切り札。

 それにバルーカが陽動という線もあり得ます」


「しかし……いくらツトム殿と言えど、たった一人では…………」


「彼ならばなんとかしてくれるだろう。

 それにバルーカには帝国軍も守りに就いているから大丈夫だ」


 彼が苦戦するような相手に騎馬隊を当たらせたところでどうにもなるまい。

 彼の実力を"極めて優秀な魔術士"程度にしか認識していない伯爵や参謀連中には敢えて言わないが……


「子爵よ、もし卿の申す通りバルーカが襲われているとすると大きな問題が発生することになるぞ。

 即ち、敵は如何にして我らの行動を知り得たのか、というとても厄介な問題がな」


 そうなのだ。

 今日この時砦に攻撃があることを知っていなければ、バルーカへの転移攻撃など準備できないだろう。


「我が方は行動を秘匿するようなことはしていません。

 砦に軍勢が向かっているのを見てからバルーカ襲撃の準備をしたのではないでしょうか?」


 若手参謀の意見だが……


「もし…………転移現象を起こす魔道具が我らの知る範囲内の魔道具であるのならその見解は明確に否定できる。

 なぜなら転移現象……しかも集団転移を引き起こすような魔道具の起動には最低でも2~3日は掛かるものだ」


「しかし転移現象を起こす魔道具の存在など今まで知られていませんでした。ひょっとしたら全く新しいタイプの時間の掛からず起動できる魔道具ということも…………」


「もちろんその可能性はある。

 だが考えてみたまえ、転移させた魔物だけでバルーカを攻撃したところでどうなる? せいぜいが城内を荒らせる程度でしかない。

 過去二度の城内襲撃の時も必ず外部からの城門突破戦術も併用させていた。当然ながらこれらの攻撃準備には短時間では不可能だ」


「くっ。自分の考えに誤りがあることを認めます。

 しかしそうなりますと我らの中に内通者が…………」


「何も内通者が我らの中にいるとは限らん。

 今回の出兵は他国も含めて誰もが知っていたのだ。

 それ以前に内通者ではなく純粋に敵方の諜報活動の結果かもしれん」


「まさか……」


「いやわからんぞ、人種に近い種族でもいれば容易に潜り込めるだろうからな」


 どちらにせよ困ったものだと言いたげに伯爵はため息を吐いた。

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