第177話

「昨日のお風呂の件、昨晩の内に子爵の許可を頂きましたので砦を占領したら早速取り掛かりましょう」


 恥ずかしさを隠す為かナナイさんが急に昨日の件を持ち出して来た。


「場所も子爵と検討の結果砦の北門広場に決まりましたので後は現地を見て判断しましょう」


 もうそこまで話を進めているとはえらい力の入れようだ。

 半端なものを作ると却って恨まれそうな勢いだ……



 途中昼休憩を挟んで予定の14時前に陣地構築地点に到達した。

 休憩時の昼食は行軍中にしてはかなり豪華だった。

 今回の出征軍には調理班が同行しているものの休憩の時に料理したのではなく、数日前から準備していた大量の食事を魔術士の収納に入れて運んで来ていた。

 どうせなら砦での食事を毎日バルーカから運べばいいのでは? とナナイさんに聞いたところやろうと思えば可能ではあるものの防衛戦力の要である魔術士隊の負担を増やすことになるのでやらないそうだ。



 現在は土魔術士による陣地構築が行われている地点より少し後方で司令部用の大きな天幕が組み立てられているのを見学している。


「ツトムさんは御自身で待機する場所を作られるのですよね?」


「そのことなんですが、自分も天幕内で待機していようと思います。

 そのほうが状況も把握し易いので素早く動けるでしょうから」


 本当は嫌なんだけどね、偉い人達がいる中で待機しているのなんて。

 それでも天幕待機に変えたのは一人でいるとまたレイシス姫に話し掛けられるかもしれないからという理由もあるけど、一番は高まった緊張感から自分が特異な行動をするせいで皆に迷惑を掛けるのではないか? という不安感に襲われた為だ。

 初陣という訳ではないしそれなりの修羅場もくぐってきているつもりではあるが、バルーカで住民たちが出征軍を見送るのを見て、そして軍と共に戦場向かう過程で徐々にプレッシャーを感じるようになってしまった。

 緊急招集の時は撤退して来る軍の支援で言わば最後のほうにちょろっと参加しただけだったからなぁ。



 やがて天幕が完成して幕僚連中や補佐官達が中に入っていく。

 天幕の中は3つの区画で区切られていて、中央の大きな空間が指揮所で衝立で区切られている両側の狭いスペースが補佐官達の詰所兼雑務所だ。

 当然俺は詰所である狭い空間でナナイさんと待機である。

 ところがナナイさんは座ってすぐに中年の先輩補佐官らしき人に呼ばれて去ってしまった。

 またもやボッチ確定である。

 周りの人がせわしなく動いている中で一人ポツンと座っている自分。

 『所詮人なんて死ぬまでずっと独りなのさ』と心の中で強がってみるものの状況に変化はなく、ひたすら心の中で数字を数える時間が続いた……




 心の中で読み上げる数字が2000に届こうとした頃にロイター子爵がやって来た。

 慌てて立ち上がろうとする俺を手で制し、


「やぁツトム君、今日はよろしく頼むよ」


「はい。いつでもお声掛けください!」


「うん…………しかし、こんなとこで待っているのも大変だろう?」


「いえ、今回は待つことが自分の役割と認識しておりますので……」


「そうだ! 君の席を作らせるから隣(中央区画の指揮所)においでよ、ツトム君の意見も聞きたくはあるしね」


「と、とんでもない!! 自分のような若輩者が諸侯と席を同じくするなどあってはならないこと。ここは是非ともこのままで」


 このおっさんは笑顔でなんてことを言い出すんだ!

 ただでさえ緊張しまくりなのに指揮所で幕僚達に混じって座るとか普通に吐くわ!!

 いや、そりゃあ憧れみたいなものはあるよ?

 刀を地面に立てて柄の部分に両手を交差して置きながら軍事に関してそれっぽいことを言う。

 まんま映画のワンシーンだし、この戦いが未来で映画化されるのなら俺も登場人物の一人になれるという事だ。

 もっともその代償は外にいる数千の命に対する責任を負うという過大なものだ。頷ける訳がない。

 それに日本刀もこの世界にはないしな。


「そうかい? 君の見解には興味があるのだけどねぇ」


 そう言ってロイター子爵は中央区画に戻って行った。




 その後しばらくして天幕内を包んでいたざわめきや騒々しさが消えて静寂な時間が経過する。

 俺が待機している小部屋にも俺以外に6人が静かに座って待機している。

 そして、


「ゲルテス卿に伝えよ。攻略作戦を開始せよ、と」


「畏まりました!」


 伝令兵が天幕を出て行く。

 伯爵の命令で南方砦の奪還作戦が開始された。




「砦からの魔物の誘引に成功セリ! その数およそ200!」


 ゲルテス男爵に出撃を伝える伝令が出て10分後に経過報告の伝令がやって来た。

 最初の人と同じ伝令なのかはわからない。衝立で区切られているので俺が待機している小部屋からは中央の指揮所は見えない。声のみが聞こえてくるのである。


「200か……ちと少なくはないか?」


「左様ですな。今朝方の偵察では砦内部に1000体を超える魔物が確認されておりますので」


「ふむ…………今一度砦から誘い出すように申し伝えよ」


「ハ!」


 案外俺が砦の魔物を減らして以降魔族側が戦力補充してないのではないかな?

 あれから3週間も経っているし人族側だとあり得ないけど相手はよくわからん魔族だしな。大いにあり得るだろう。

 この位置からだと砦までは距離がある為地図(強化型)スキルでも砦内部の様子を伺うことができない。

 本来ならばちょっと砦の様子を見て来るべきだと思うのだが、今回は目立つ行動を実質禁止されているので自重しているのだ。



 それよりも俺には気掛かりな点があった。

 それは……


 司令部待機は想像以上に退屈なのではないか?ということである。

 戦闘が始まれば怒号が飛び交い、喧々諤々の戦術論がぶつかり合い、ひっきりなしに『お味方不利!』と告げる伝令が報告に来て混乱する司令部に颯爽と俺が歴史の表舞台に登場していく……みたいな感じを想定していたのだが。

 落ち着け、後半はただの俺の妄想だけど、もっとこう……血沸き肉躍る的な展開があるもんだと思っていただけに肩透かし感が半端ないのだ。

 まるで会社で淡々と仕事をこなすサラリーマンみたいで……まぁそれもある意味プロフェッショナルと言えるのかもしれないが、これなら普段の冒険者活動のほうがよほど劇的要素が多分にあると言えるだろう。

 別に刺激を求めている訳ではないし、スムーズに砦の奪還が完了するのならそれはそれで良しとすべきなのだろうが。

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