第176話

 しばらく軍勢の脇を一人で歩いていると、


「ツムリーソ」


 馬から降りたレイシス姫に声を掛けられた。

 慌てて膝をつこうとしたが、


「儀礼は不要です。今の私は一人の武官に過ぎませんから」


「ほ、本日はお日柄も良く絶好の戦日和でございまして……」


「何ですか? その挨拶は」


「その、昨日も申しましたが、自分は高貴な方の前だと緊張してしまって……」


「そのようですね」


「…………」


「…………」


 き、気まずい……

 大体このお方は何の用で俺に話し掛けて来たんだ?

 まさか単なる暇つぶしではないだろうな。


「ツムリーソ」


「は、はい!?」


「私はそなたに礼を言わなければいけません」


「あの~?」


「そなたなのでしょう? レグの街を……私を救ってくれたのは?」


 !?

 気付いているのか?


「あの時あの場所に強者が現れる偶然が都合良く何度も起こるなんてあり得ないことです。

 イリスお姉さまからもそなたの活躍を聞いておりますしね」


 姫様の前で何か活躍したっけ?

 まぁそれはともかくとして、レイシス姫にはバレてるみたいだが公式では3ヵ国共同で魔物を撃退したことになっている以上ここで認める訳にはいかない。


「自分は臨時に伝令役を務めたツムリーソです。それ以上でもそれ以下でもありません」


「そなたの立場ではそう言うしかないのでしょうね。

 しかし忘れないで下さい。

 私レイシス・ル・アルタナはそなたに感謝しているということを……」


「えっと……、だから単なる伝令に礼など不要です……」


「ふふふ……」


 金髪から良い匂いをさせながら俺に微笑みかけるレイシス姫。

 ほんのちょっとだけクラっとしてしまいそうになる。


「残念ながら末の妹は2年前に嫁いでしまいました」


 な、なんだ?

 急に何の話だ??


「ただ幸いにも親戚筋の公爵家に17歳の娘がいます。

 聞くところによると宝石の如き美しさだとか」


「はぁ……」


「観戦武官の任がありますので即日という訳にはいきませんが、終わり次第共に参りましょう」


「は……、え?? あの、共にって一体どこへ?」


「アルタナ王国に決まっているではありませんか。

 王家ほどではありませんが公爵家との婚約ともなると大変ですが頑張りましょうね」


 ちょっ!?

 いつの間に婚約なんて話が出てきているんだよ!!


「恐れながら自分には婚約する意思はありません」


「どうしてかしら? そなたにとって公爵家に婿入りすればアルタナ王家の末席に名を連ねることができるのよ?」


 さて……、どう言い訳して断ろうか……

 急展開過ぎて思考が追い付いてないのだが……


「一冒険者に過ぎない自分がアルタナ王国のお貴族様に婿入りする理由がありません」


「我がアルタナが今後魔術士の強化に取り組んでいくことは存じていますね?」


「いえ! 存じ上げません!」


 伝令の時に見聞きしたことを忘れるように言ったのはつい昨日のことだぞ。


「この場では思い出しなさい。知っていますね?」


「はぃ…………」


 忘れろと言ったり思い出せと言ったり……絶対パワハラだろ、コレ。


「その魔術士強化の為にも優秀な魔術士を国に取り込む必要があります。

 これはその第一歩です」


 うん、100パーセントそちらの都合だよね?


「レイシス様、改めましてこのお話しは二つの理由から断らさせて頂きます」


「その二つの理由とはなんですか?」


「一つは自分はイリス姫に忠誠を捧げていますので他国に婿入りすることはできません」


 姫様の臣下というのもこういった誘いを断る際には便利だな。


「つまりお姉さまを説得すれば良いのですね?」


「仮に姫様が応じたとしても無条件にお断りするということが無くなるだけで、最終的には自分の意思で決めることについては譲れませんよ?」


「それで二つ目の理由とは何ですか?」


 人の話はちゃんと聞こうよ!!

 まったく……


「…………」


「??」


 二つ目の理由を話す寸前で思い留まった。

 その理由とは単に相手の年齢が俺の好みから外れているからなのだが、果たしてこのことをレイシス姫に話していいものかどうか迷ったのである。

 レイシス姫は俺が年上好きだからと言ったら、『だったらこの私がツムリーソのお嫁さんになるわ!!』とか平気で言ってきそうだ。どうもこのお方は軍人でもあるせいかフットワークの軽さみたいなのが見え隠れしているような…………そんな気がしてならない。

 外見的には金髪美人でスタイルも良い理想のお姫様像ではあるのだが、レイシス姫とイチャイチャしたいか?と問われるとそういう類の欲求はない。


 さらに別の心配として、姫という立場だと俺好みの年上女性をいくらでも用意できるのではないだろうか?

 特に貴族の未亡人や離縁した元~夫人など綺麗処を大量投入でもされたらいくら俺が鋼の意志を持っていたとしても揺るがない自信はない。

 結婚とか元の年齢(=30歳)ですら実感なかったのに若返った今(=15歳)では尚更意識の外にあるものだ。しかしながら婚期の早い異世界事情か何かでどうしても結婚しないといけないのであれば、奴隷であるルルカとロザリナと将来的にもう一人加わっているのかどうかわからないけど彼女達と仲良くできる人が絶対条件だ。この点は一歩たりとも譲るつもりは無い。


 結論とすれば、今この場で俺の性癖を暴露するのは危険ということだな。


「あの~、二つ目の理由は秘密ということでよろしいでしょうか? 極めて個人的な問題なので……」


「個人的な?…………まぁ良いでしょう。どの道お姉さまの了解を得ない事には何も始まりませんし」


 何か始まってもらっても困るのだけど……


「ツムリーソは必ずや我がアルタナに迎え入れて見せます」


「魔術士の強化に関してはもっと別の方法を探したほうが……」


「ツムリーソ、その件に関してはまた忘れなさい」


 そんな都合良く思い出したり忘れたりできるもんか!!


「良いですね?」


「……ハイ」




 レイシス姫は再び騎乗して前方集団のほうに行ってしまった。

 もうとっくに馬車も合流しただろうから俺もナナイさんと合流すべく飛び上がって軍勢の中央付近を探してみると…………

 いた!!


「ナナイさんおはようございます」


 ナナイさんの横に降りて声を掛ける。


「ツトムさん、結構遅かったですね」


「城内で皆さんの行進する様子を見てたんですよ。

 ナナイさんの勇姿もバッチリ見させて頂きましたよ!」


「やだっ……恥ずかしいです……」

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