第135話
店長風の中年男性は少し考えていたが、
「なるほど……そのようなご事情でしたらいかがでしょう?
一時金兼手付金として10万クルツお支払い頂き、次回ご来店時に店内を御案内致しますのでその際奴隷をご購入されましたら不足分をお支払い頂きます。
ご購入されなかったり1ヵ月を期限として再来店なさらなかった場合はお支払い頂いた10万クルツは当店が収めるというのは?」
最後にあがいた甲斐があったな。良い案が出てきた。
金額的には解放前提で奴隷を買うより断然安いし次に来た時に本命を買えれば無駄金にもならないのだから大歓迎なのだが、期限が1ヵ月というところがかなり微妙だ。
13日後の南砦奪還という軍の依頼が予定の10日間で終わらなければ期限内に来れない可能性も出てくる。
「金額は問題ないのだが期限のほうを少し伸ばせないか?
帝都に来るのにまとまった日数が必要なので1月では来れないのだが……」
「でしたら2ヵ月でいかがでしょうか?」
「それで頼む」
交渉成立だ!
10万クルツを支払い預かり証書にサインをする。
証書に予め記載されているサインからこの中年男性は雇われではなく奴隷商人であることが判明した。
このような書類を用意してあるということは奴隷商人の判断でも初見の客を店内に案内できるという事だ。
まぁ自分(達)の店なんだから当たり前のことなのだろうが……
ひょっとしたら店内に案内した客が奴隷を買うと客を手引きした奴隷商人にキックバックが入るのかもしれない。そして思惑が外れて客が買わなかったとしても自分の懐に手付金が入る仕組みか。
初見さんお断りの流れからの中々に考えられたシステムだ。
「ちなみに、中には30代前半の女性はどのぐらいいるんだ?」
「…………さ、30名以上はいるかと……」
こちらが求める女性奴隷の年齢層を聞いてうろたえるのはもはや様式美になりつつあるな。
この世界の男性は若い女性を求めるのが主流とのことだが、中には年上が好みな男もいるだろうに。
それにしても30名以上か……
高額な奴隷でそれだけいるのであればかなり期待できるのではないだろうか?
「いつもそれぐらいいるのか?」
「こればかりは仕入れ事情と販売状況に左右されますので何とも……
仕入れが複数重なることもありますので、その直後にご来店頂ければお望みの奴隷も見つけ易いかと」
逆に仕入れの間に多くの客が来てしまうと品薄になる訳か。
狙って来れる訳ではないから運次第だ。
…………
今見たい! せっかく30人以上いるのだし!
まぁ今日買える訳でもないし、時間的にも見学する余裕はない。
ここは我慢だ。
「では2ヵ月以内にまた来るよ」
「お待ちしております」
後ろ髪を引かれながら奴隷市を出た。
グラバラス帝国の帝都ラスティヒルの南を流れるライン川に沿って西(上流)に行くとコートダールの商都に着くと言う。
※コートダールの首都は"商都"という呼称が一般的なようだ。その土地独自の名前はないのか聞いたが知らないとの答えだった。ベルガーナやアルタナの王都と同じ他の街や国の人には知られてない感じなのだろう。
川幅の広い流れの穏やかなライン川に沿って西に巡航速度よりやや遅めで飛んでいる。
ナナイさんの話ではこのライン川には水属性の魔物がいるらしいが……、それらしい魔物は見当たらず敵感知にも反応はない。
時々冒険者パーティーを見かけるので、ひょっとしたら川から離れたところに巣みたいなものがあるのかもしれない。
川には数隻の帆船が航行している。
帆船はもちろん川用の船底の浅い平べったいタイプで、どちらかと言うと運搬船に帆を付け足した舟という表現が合ってる感じだ。
下流の帝都に向けては喫水の深い舟が川の流れに乗って軽やかに航行している。
逆に上流にある商都へは喫水の浅い舟が流れに逆らってゆっくり進んでいる。
どうやって河川を遡っているのだろうか?
河川舟運が最も盛んだった江戸時代は舟で川を上る際は順風の時は帆走で、そうでない時は沿岸の土手から人の手や馬で舟を曳いていた。
しかし眼下の流れを遡ってゆっくり航行する舟は人力や馬で曳かれている訳でもなく順風でもない。
…………あっ! 魔法か!
船尾に魔術士らしき人物がいるのを見て気が付いた。
おそらく風魔法か水魔法で舟に推力を付与しているのだろう。
それにしても舟を上流に移動させる為に魔術士を雇って採算が取れるのだろうか?
雇われている魔術士も高額な報酬を得られるから従事しているのだろうし。
俺が思っている以上に陸上輸送の運賃は高いのだろうか?
どうしても最初に受けた王都まで日当2,000ルクの護衛依頼が思い出されて安さ爆発みたいなイメージがあるが……
この世界では(まぁ前の世界でもだが)例え軍馬でなくとも馬は高級品だ。世話する人員も必要だしエサ代も嵩む。
荷馬車10台分ぐらい舟に積めるのなら儲けが出るのかもしれない。
飛行速度を最大まで上げてしばらく飛んでいると河川の左側(南側)に大きな街が見えてきた。
ベルガーナやアルタナの王都より大きいこの街がコートダールの商都に違いない。
帝国の帝都ラスティヒルよりは数段規模は小さいが、さすがにあの大都市は別格だ。
そして商都のさらに向こう、ライン川の上流に大きな滝があり商都よりも高地にある湖から滝を経由してライン川に水が流れている。
陽が沈まない内にバルーカに帰るには奴隷商の下見は諦めなければならない。
残るミッションは地図の入手だ。
また屋台の店主に大銀貨でも握らせて素早く情報を聞き出さねば……
もし入手に時間が掛かりそうであればこちらも諦めるべきだろう。
そのような予定を組みながら商都に降りて行った。
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-帝都ラスティヒルの某邸宅の食堂室にて-
「シス、また1人で街に行っていたと聞いたが?」
娘のシスフィナは先月13歳になったばかりだ。
まだ子供とはいえ貴族の娘である以上本来であればもう婚約者がいてもいいはずなのだが、そういった話は保留にしている。
3歳年下の弟とどちらにランドール侯爵家を継がせるべきか、現在幼年学校の宿舎に入っている弟(長男)の卒業を待って判断する予定だからだ。
「マーナに会いに行きました」
「ああ。結婚を機に退職したあの侍女か。
別に会いに行くなとは言わない。ただ護衛は連れて行くようにしなさい」
「しかし…………
いえ、わかりました。以降気を付けます」
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