第136話

 やけに聞き分けがいいな。


「あなた、女性の護衛ならばシスフィナさんも連れて行き易いのではなくて?」


 娘の対面に座っている妻が提案してきた。


「そうだな。適任者を探しておこう。

 それでその元侍女は息災だったのか?」


「はい。

 そのマーナの家の近くで実は…………」




……


…………



「クスクスっ。この帝都をコートダールと間違えるなんて間抜けな魔術士ね」


「私より1つか2つ年上のまだ少年でした」


「あら、随分と若いのね」


 伝令役の優秀な魔術士でもベルガーナの王都まで1日では行けない。まして南のバルーカなどと……

 その少年が今後研鑽を積めば帝室魔術士をも超える魔力を有することになろう。

 だが……


「シスから見てその少年は本当のことを言っていたように思うかい?」


 そう。少年が嘘を吐いてるということもあり得る。

 悪意のある嘘ではなく、偶然出会った少女に見栄を張ったとかの他愛のないものだ。


「私はそう感じました。

 ただ、確証はありません」


「ふむ…………少し調べてみるか」


 特殊な符号でテーブルを指で叩くと外で控えていた執事風の男性が入室して来る。

 我が家に長年仕えている優秀な男だ。


「冒険者ギルドの解体場を調べてくれ。

 名前は……なんだったかな?」


「"ツトム"ですわ、お父様」


「そのツトムという冒険者の身元とどのぐらいオークを売ったのかを知りたい」


「かしこまりました」


 男が食堂室から出ていく。


「あなた?」


「優秀な若者であれば是非とも我が家に欲しいし、例えそうでなくとも飛行魔法が使えるのならば役立てることは可能だろう。

 シスもその少年のことが気に入ってるようだしな」


「そ、そのようなことは……」


「おや、ならばその少年は当家で雇う必要はないのかな?」


「ダ、ダメです! ツトムは是非とも私の傍に……あっ」


「ハハハハ、ご執心ではないか!」


「いやですわ、お父様ったら……」


 シスが家督を継ぐのであれば結婚相手は自由に選べる確率が高い。

 一方長男が家督を継ぐ場合はおそらくは政略結婚となるだろう。

 だがその時の当家を取り巻く状況次第なので望む相手と結婚できる可能性もなくはない。

 いずれにせよ気に入った男性がいるのなら早い内に確保しておくべきだろう。特に他国の者なら尚更に。


「あなた、それでどうしてギルドの解体場をお調べになるのです?」


「まずはその少年が本当に冒険者なのか、オークを売りに来たのかの確認だな。

 シスは自分の素性は明かさなかったのだろう?」


「はい、名前だけですわ」


「偶然出会ったシスに嘘を言うとも思えないが念の為だ」


 逆に素性を偽っているのなら警戒しないといけない。

 本当に偶然シスと出会ったのか?

 あるいは狙いは当家ではなく他の貴族もしくは帝国そのものということもあり得るのだから。


「そしてオークを何体売ったかでその者の魔術士としての能力の一端を知ることができよう。

 確か帝室魔術士は貨物馬車2~3台分の物資を収納魔法で持ち運べるのだったか。

 一般的な魔術士の場合は…………どうだったかな?」


 妻と娘も首を傾げている。

 まぁ2人に答えを求めている訳ではない。

 先ほどとは違う符号でテーブルを指で叩く。

 しばらくして、


「お呼びでしょうか?」


 別室で待機している当家が抱えている魔術士が入室して来た。

 もちろん叩いた音が聞こえた訳ではなく、外で待機している侍女が呼びに行ったのだ。


「収納魔法について聞きたい。

 普通の魔術士はどの程度の物資を運べるのだ?」


 この魔術士は帝都にある魔法学院を優秀な成績で卒業して軍に仕官した経歴を持つ30代の男だ。

 当家に仕えるようになってまだ5年も経ってないはず。


「収納魔法の容量は個人差が激しいので一概にこうだという指標はありません。

 あくまで私個人の感覚で言うのであれば、荷馬車1~2台分あたりの積載量が目安かと」


 荷馬車1台分の積載量はオークで換算すると30体分ぐらいだろうか。


「収納魔法は経験を積めば容量は増えるのか?」


「そちらも個人差があるので何とも……

 増える者もいるとしか答えようがありません」


 あくまでも可能性か。


「ふむ、ご苦労だったな、下がっていいぞ」


 男は一礼して退室した。


「さて、その少年が素性を偽ってないと仮定してだ。

 出自や経歴、更なる魔法能力を調査しないといけないのだが…………人を送るにしてもバルーカはちと遠いな」


「ベルガーナ王国と言えば近々使節団が帝都を出立するのではなくて?」


「ああ、新国王の即位式に出席する為だな。

 だが、まさか国賓として招かれてる使節団に私事を頼む訳にもいくまい」


「冒険者に依頼を出すのはどうでしょう?」


「冒険者では臨機応変に動けないだろう。

 こちらに判断を仰ぐにしても書状を往復させるだけで20日近く掛かるようではな」


 それに情報漏洩のリスクも負うことになる。

 一応依頼に他言無用を条件に追加することが可能なのだが、ギルド側に罰則規定がない事と冒険者側も情報管理に関する認識は低いのでまず秘匿は無理という前提での依頼をしなければならない。


「バルーカか…………、

 そう言えば帝国からの派遣軍がバルーカに駐屯していたな。確か……白鳳騎士団だったか。

 ビグラム子爵家の令嬢が騎士団長だったはずだ」


「あらやだ。あなた、エルカリーゼさんは出征前にビグラム家を継いでおられますわよ」


「む!? そうであったか。

 ならば近く前子爵(であるエルカリーゼの父親)を訪ねないといけないな」


 コンコン。


「失礼します。ただいま戻りました」


 調べに行かせた執事風の男性が戻って来た。


「ヤケに早かったな」


「最初に向かった近くの解体場でヒットしましたので」


「それは運が良かったな。では報告を頼む」


「名前はツトム。5等級冒険者で間違いありません。

 バルーカギルド壁外区域出張所に所属しているようです。

 昼にオークを1136体売却したとのことです」


「そうか。ご苦労だったな、下がって………………………いや待て、何体売却したと言った?」


「1136体売却したとのことです」


 同じ言葉を繰り返す執事風の男性の表情は至って真面目だ。

 こちらをからかってる様子はなく、そもそもそのような事をする男ではない。


「確かなことか?」


「何度も確認しました、間違いありません」


 おいおい!? 荷馬車で換算すると40台近くか?

 貨物馬車だと……あれは荷馬車換算で…………ええい! 一体どうなっている!!










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 また来週の木曜日(27日)に追加投稿する予定です。

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