第130話
オイオイ! 南側がコートダールということはここはグラバラス帝国ということなのか?
「ここはコートダールなんじゃないのか?」
この少女が嘘を吐いているという可能性も……
「そんな訳ないじゃないの。
い~い? ここは栄えあるグラバラス帝国の帝都ラスティヒルよ!
北を御覧なさい。小高い丘の上に帝城が見えるでしょ」
なさそうだな。そもそも偶然現れた少女が嘘を言う理由がないし……
少女に促されるまま北の方角を見ると確かに城らしきものが見える。
「マジか……」
昨晩立てた完璧な計画は初っ端の第一段階で躓いてしまった。
「呆れたものね。一体どういうルートで来ればここをコートダールと勘違いできるのよ?」
「普通に西のほうから飛んで来ただけなんだが……」
落ち着くんだ。
人生にアクシデントは付き物、不測の事態にどのように対処するかで人としての真価が問われることになる。
「へぇ。
収納魔法に加えて飛行魔法まで使えるなんて凄いじゃない。
でも帝都も知らないようだとさすがに帝国民という訳ではないわよね。
小国家群辺りから来たの?」
「いや、ベルガーナ王国から来たんだけど……」
順番は狂ってしまったがやること自体は変わらないんだ。
まずは帝都での用事を(なるべく早めに)済ませてコートダールに行けばいい。
「お嬢ちゃん、帝都では……」
「お嬢ちゃん呼びは止めて。私の名前はシスフィナよ」
「わ、わかった、シスフィナ、帝都ではこの国の地図は売っているかな?」
「(むぅぅぅぅ)」
シスフィナと名乗った少女は質問には答えずに何故だか俺を睨んでいる。
「な、なに?」
「私が名乗ったのだからあなたの名前も教えなさいよっ!!」
「ああ、そういうこと。コホン、俺の名はツトム。さっきも言った通り5等級冒険者だ」
「ではツトムに教えてあげるわ!
帝都で地図は売ってないわね。せいぜいこの街の各区画の見取り図が手に入るぐらいかしら」
呼び捨てかよ…………まぁどうせ今だけの間柄でしかないからそれはいいとして、
やはり地図は売られてないか……人と戦争している訳ではないのだから公開してもいいだろうに。
もうこの子に聞くことはないかな……まさかシスフィナに奴隷商のことを聞く訳にはいかないしな。
「色々教えてくれてありがとう」
「どういたしまして。次は私が質問する番かしら?」
えぇぇ~~?!
順番で答えるならパンで買収した意味がないような……
「ツトムはこの帝都に……違ったわね、本来の目的地であるコートダールにどんな目的でやって来たのかしら?」
「オークを売りに来たんだ。コートダールでは高く売れると聞いたからね。
あとついでに地図を手に入れようかと思って……」
込み入った事情までは話す必要はあるまい。
大人っぽい話し方をしているが少女だしな。見た目通りならだが……
「そう。ならそのオークは帝都で売ったほうが高く売れるはずよ」
「そうしようかと考えていたところだ」
「では次の質問。
ツトムはベルガーナ王国のどこに住んでいるの?」
「バルーカだ。王都の南にある魔族との戦いの最前線の街だよ」
「ふぅん。そのバルーカってところをいつ出発してここに来たの?」
「け……」
「け……?」
『今朝1番で』と言おうとしたところで思い止まった。
確かロザリナが優秀な魔術士でもコートダールまで休みながら1日掛かりと言っていたっけ。
こんな少女を警戒する必要もないだろうが、まぁせっかく思い止まったのだし念には念を入れて。
「け……健気にも昨日の朝早く出発して休みながらだけど飛びっ放しだよ」
「昨日からだとかなり疲れたんじゃない?
良かったらウチで休んでいく?」
わぁお!
『部屋で休んでいく?』的な誘われ方をされたのは人生初だよ!
これが大人な女性から言われたのならホイホイついて行ってしまうかもしれん。
まぁこの子の場合は100パーセント善意からでウチ=家族がいる家なんだけどね。
「ありがとう。
でもこの後オークを売らないといけないしコートダールにも行かないといけないから」
「ならお昼ご飯だけでも食べていかない?
家族もベルガーナ王国のことを聞きたいと思うわ」
グイグイ来るなぁ。
見た目から13歳ぐらいと推測したが、ひょっとしたらもう少し下の年齢なのだろうか。
いずれにせよ見ず知らずの男性に対して警戒心が無さ過ぎるな。
「さすがに家族団らんを邪魔する訳にはいかない、気持ちだけ受け取っておくよ。
ただシスフィナ……」
「何かしら?」
ここは"大人"としてきちんと注意するべきだろう。
「よく知りもしない男を家に誘うのは良くない事だぞ。
知らない人と接する時はもっと警戒しないとダメだ。相手が男だったら特にな」
シスフィナはキョトンとした表情で俺を見つめている。
「ひょっとして……私は今怒られているのかしら?」
「怒るというのとはちょっと違うな。
シスフィナが危ない目に遭わないように注意したんだ。
世の中には変な人がいるし危険はすぐ身近にあるものだからね」
「ふぅん…………
そう…………わかったわ。
ツトムがそう言うのならこれから気を付けることにするわ」
大人びてる割には素直な子なのかねぇ。
まぁ一応大人としての責任は果たしたかな。
「そうするといい。
それじゃあ俺はそろそろ行くよ」
「!? も、もう会えないの?」
もしかしたら女の子にこんなセリフを言われるのも初めてかもしれない。
記憶を探るが彼女に別れ話を切り出した時も言われなかったはずだ。
「そうなるね……ここは遠いから」
「で、でも! 2日で来れるのならまたオークを売りに来た時にでも……」
「シスフィナ、バルーカは最前線なんだ。
戦場に身を置く限りは
戦士の
少しドラマティックな別れを演出してあげよう。
人生初を連発してくれたことへのお礼に。
「だったらバルーカなんかに帰らないでウチに来なさいよ!
お父様に頼んであげるから!!」
「俺の
籠の中の鳥は、鑑賞される道具でしかないことを覚えておくといい」
グラサンしてないから今一つ雰囲気が出ないかね。
シスフィナとずっとシスフィナの腰に抱き付いたままのメイと呼ばれた幼女の頭を撫でて、一気に飛び立った。
「あ! 待っ…………」
少女の発する声は空高くまでは届かなかった……
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