第104話
「犠牲者や負傷者が出なかったのは幸いだったが……
だからと言って許される行いではないぞ?」
「建物の損壊に関しては事前に忠告していますし、空いた穴ぐらいは塞ぎますよ?
それより勝負はどうしますか? 続けるのでしたらもう手加減はしませんよ?」
私は再び少年を睨み付ける。
この少年の魔法の腕は私の想像を大幅に上回っていた。
長い職員生活でもあんな高威力な魔法は見たことがない。
「君の実力は認めよう。
お前達もご苦労だったな」
パーティーリーダーに小金貨を握らせて退散させる。
「続きは1階の個室に場所を移すか……」
「3階のままで構いませんよ。戻るついでに穴を塞ぎましょう」
「ならそうしてくれ」
少年は建物の2階と3階に空いた穴を手際良く土魔法で塞いでいく。
塞いだ部分に触れてみるが強度的にも問題ないようだ。
一応2階の天井部分と3階の床部分は後日石工を呼んで補強すべきだろう。
この程度の作業ならば土魔法に習熟した者ならば問題なくこなせる。
若干15歳でベテラン魔術士並みの技能を難なく駆使しているのは驚愕に値するものの、過去には18歳の若さでその域に到達した天才と呼ばれた魔術士を知ってもいる。
しかし先ほどの魔法は……、あれも土系統の魔法だろうか?
報告では昇格試験では風系統の魔法の使用が確認されており、飛行魔法の指導の依頼をギルドにしている。
ああ、それと浄化魔法の件もあったな。
この少年は7等級から6等級に昇格する為に1日で50件以上の清掃依頼をこなしている。正確に言うと少年がその日に募集した臨時パーティーでだが。
さすがに見過ごせない件数なので翌日にギルド職員が何か問題はなかったか聞き込みに回った。
依頼主が不在だった数件を除いて10件ほどまとめて依頼した2件の宿屋含めて30件近い依頼主全てが大満足という評価だった。
特に店舗系の依頼主には2倍・3倍の依頼料を支払うからまた頼みたいとしつこく懇願されたという。
極めて短時間で作業が終わることも好評の要因なのだが、何より仕上がりの綺麗さが一番の理由だ。新築と見間違うばかりに綺麗になるという。あくまで表面上綺麗になるだけで建材の劣化や傷、塗装の剥がれなどはどうにもならないが。
それでもしつこい染みや汚れ、錆や油分、果ては異臭を発する箇所や材木の腐ったとこですら綺麗になるのなら例え依頼料が高額でも定期的に頼みたいのだろう。
本来浄化魔法など魔法を習う過程で自然と習得してすぐに使わなくなり忘れ去られていく魔法だ。水魔法で水を出して洗った方がよほど綺麗になるし魔力も節約できるのだから忘れられるのは当たり前である。
それをこうも高度に使いこなすとは……
もしや土や風以外の属性も縦横無尽に扱うのだろうか?
飛行魔法でどこへでも短時間で移動でき高威力な魔法で戦場を支配できる……戦闘単位として個人で完結していると言っていい。軍が目を付けたのも頷ける。
今までのやり取りでは私の手駒にするという当初の目的は諦めなければならないだろう。極めてもったいないが……、なんとか少しでも可能性がないものか? 未練か……
だが、最悪でもこの少年にはバルーカギルドの指揮下で動いてもらわねばならない。ギルドの評価に繋がらない活動をされても困るのだ。
「終わりましたよ」
「ご苦労と言いたいところだが、どうせなら破壊した内部の修復もやってもらいたいとこだ」
「さすがにそこまではできませんね。
まぁこれはサービスです」
3階執務室の破壊された机と椅子が土魔法で修復された。
もっとも机はともかく椅子の座り心地は固くて最悪だろう。
「君の実力はわかった。今後個人的に依頼を受けた際にはギルドに許可を取るようにしてくれたまえ」
隅にある被害を免れた椅子に腰掛けて少年に言う。
「なぜです? ギルドにそこまで個人を縛る権限はないかと思いますが?」
「今回のようなトラブルを未然に防ぐ為だ」
「そのトラブルはギルドや実力不足の4等級パーティーが持って来たことで私に原因がある訳ではありませんからはっきりとお断りします」
ここは無理に押さずに時間を掛けるべきか……
「平行線だな。この件はまたの機会に話し合おう。
次に、君には所属を城内ギルドに移ってもらいたい」
「……依頼を受ける際にこちらでの登録は済んでいますけど……」
「登録はあくまで別の地域のギルドで依頼を受けたりする為の手続きだ。私が言ってるのは壁外ギルドに所属しているのを城内ギルドに変更して欲しいということだ」
自分のギルドに所属している冒険者の活躍がそのままギルドマスターの功績となる。
組織図上は壁外ギルドも自分の管轄下なのだが、功績に関しては壁外ギルドの所長と別々にカウントされてしまうのだ。
※壁外ギルドは出張所の為ギルドマスターは存在せず、トップは(出張所)所長である。
さらにこの少年に何らかの指示を与えるにしても壁外ギルドを経由しなければならず余分な手続きで時間が掛かる上に所長を無視して何度もというのは無理がある。
「まだ3回(3日)しか来ていないギルドに所属を移すというのは無理がありますね」
「こちらのほうが壁外ギルドよりも良い条件の依頼がたくさんあるが?」
「自分は元々依頼をあまり受けないので……
5等級の自分に拘らずにもっと上の等級の実力者を招いてはいかがですか?」
よくもぬけぬけと!!
誰のせいで苦労して招いた現役1等級のケルトファーを逃したと思っているんだ!!
「3等級より上のパーティーを招くことは簡単にできることではないのだ」
2等級や3等級パーティーはどこのギルドだって手放したくなく、あの手この手を用いて囲い込みをしているのが現状だ。
特に最前線の都市ではその傾向が強い。
冒険者サイドからしても住み慣れ活動するのにも慣れた都市を離れ別の都市に拠点を移す選択はよほどの理由がない限り中々できることではない。
「だとしても自分は所属を移すつもりはありません。
他に用件がないのでしたら失礼しますね」
少年が執務室から出て行った。
1番の問題はここバルーカでは何故か実力者が中々育ってこないという点にある。
本来なら幾つかの2等級や3等級パーティーを抱えていていいはずだが、バルーカ唯一の3等級パーティー瞬烈が全滅して4等級がトップとなってしまった。
現在3つの4等級パーティーがバルーカギルドのトップであり、近々もう1パーティーが4等級に昇格する見込みだが、その中から3等級に昇格する予定は現状では一切なかった。
一説には駐留軍が強大なのでそれに頼ることが多く厳しい戦闘を経験できないから強者が育たないのだと言われているが……
「何か別の手を打たねばならないな」
既に強者の域に到達している少年を引き込むための方法を考えるのだった。
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