第20話

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 バルーカ内壁の門番に出頭命令を受けた旨を伝え内城の一室に通されると担当官がやって来て先の緊急招集の件で協力を要請される。

 ツトムは商業ギルドでの一件を持ち出しバルーカから移動するかもしれないから協力は難しいかもと主張した。

 担当官に商業ギルドの謝罪と賠償があれば移動を思い止まってくれるのかと聞かれたので、ゴトスがいる限り安心して住めないと思い商業ギルド長の首(解雇)を要求した。

 これに慌てた担当官は伯爵の意向を確認してくると言い中座する。





-バルーカ城の会議室にて-


「失礼致します!」


「どうした?」


「例の冒険者が訪ねてきました。それで……」


「構わん。ここには信頼の置ける者しかおらん。続けよ」


「は!

 ……事情説明中……

 でその冒険者は商業ギルド長の首(物理)を要求しております!」


「なんと!?」


 室内が騒然となる中、ビグラム子爵のみが事態を呑み込めないでいる。

 『一冒険者が商業ギルド長の首(物理)を要求するのは前代未聞のことかもしれないけどここまで動揺することかしら?』

 冒険者の言い分が正しいのなら非はギルド長側にあり、首(物理)は無理でも相応の処罰で落し処とすればいいのではないか? あとは金銭でも渡しとけば十分に思える。


「落ち着け!! ワシ自らが対応せねばなるまい。冒険者を執務室に。それと監査部に明日一番で商業ギルドに強制捜査に入るよう準備させよ」


「!!!!」


 これにはビグラム子爵は驚愕した。冒険者の言い分が正しかろうとは思っても確証もない段階で強制捜査を指示するとは。


「男爵は共に来てくれ。それとビグラム子爵は事情をお知りではあるまい。ご説明申し上げるように」


 伯爵が退出し、ロイター子爵の指示でビグラム子爵への事情説明が行われた。




 ベルガーナ王国では身分や立場が下の者が上の者の首(物理)を要求した場合は統治者は誠意を持って対応しなければならないという慣習が存在していた。


 時は200年以上遡る。ライエル男爵の乱である。

 当時ライエル男爵領は隣接するカルデス侯爵領から有形無形の嫌がらせを受けていた。あまりの酷さにライエル男爵は何度も王国に訴えその都度カルデス侯爵側からの妨害で真実は王国に届かず嫌がらせは苛烈さを増していった。

 侯爵領から野盗に扮した兵士と思われる一団が男爵領の村を襲ったのを機にライエル男爵は妻子と離縁し家臣を全て解雇して一人王国に反旗を翻しカルデス侯爵を討つことを宣言する。

 出陣を待つばかりのライエル男爵の下に男爵を慕う元家臣やカルデス侯爵を恨む村人や奴隷が集まる。男爵は彼らに武具を与え、商人を呼んで城内の物を売り払い酒や食べ物を振舞った。


 翌朝出陣したライエル男爵以下315名は領境において出兵してきたカルデス侯爵軍6000人と激突した。

 死兵と化した男爵軍の突撃は凄まじく、ライエル男爵以下十数名が本陣に突入。侯爵の紋章旗を破り大いに奮戦して討ち死にする。男爵軍は誰一人逃げることなく全員戦死。侯爵軍は死傷3000と伝えられている。カルデス侯爵自身は本陣に男爵軍が迫ってくる段階で逃亡していた。


 ライエル男爵は出陣前に信の置ける者に決起の趣意書3通を託し、後日王都の3ヵ所で掲示されることとなる。

 さらに中央から派遣されてた監督官が男爵軍の精強さとそれに比しての侯爵軍のあまりに不甲斐なさに疑問を感じ独自に調査を始め中央に報告。慌てた王国は大々的な調査に乗り出しカルデス侯爵家の取り潰しにまで発展する。


 ライエル男爵直筆の決起の趣意書には3通とも次の文言から書き始められていた。

 『カルデス侯爵の首を所望する』



「凄まじいお話です。するとその冒険者は例え軍と事を構えることになっても商業ギルド長の首(物理)を欲しているということなのでしょうか?」


「仰る通りでありましょう。単身城に赴いての主張。相応の覚悟を秘めてのことかと」


「しかしたかがゴブリンによる馬車襲撃を揉み消されたぐらいでそこまで大仰な決意や言動をしますでしょうか?」


「己の命を賭した戦いをなかったことにされたのです。その冒険者も憤懣ふんまんやるかたない思いなのでしょう」


「それはその通りだと思いますけど……」


 他国者で常識的な見方のできるビグラム子爵にはどうにも納得できる話ではなかった。




-バルーカ城の伯爵の執務室にて-


「初めて御意を得ます冒険者のツトムと申します」


「エルスト・グレドールである。

 早速だが明日商業ギルドに強制捜査に入るよう既に手配してある。ギルド長の首は無理だがそれで納得できるか?」


 どうも首(物理)を要求するほどの覚悟も決意もしてなさそうな普通の少年に見えるのだが……


「ギルド長のバルーカからの退去は叶いますでしょうか?」


「そちの主張通りであるならそれは間違いない。この地を統治する者として最低限領内からの追放は確約しよう」


「ありがとうございます」


「そのような暴挙を行うのだ。清廉潔白の身ということはあるまい。叩けば埃も出よう。

 それで魔法に関する協力はしてもらえるな?」


「伯爵様のご配慮に深く感謝申し上げます。非才の身ではありますが精一杯協力させて頂きます」


「うむ。仔細は担当官と詰めてくれ」


「失礼致しました」


 ツトムの退室後、隣室に完全武装した兵と共に待機していたゲルテス男爵が出てきた。


「冒険者の協力を得られてさすがの対応でございます」


「う、うむ。あまりの呆気なさに少々戸惑っている。もっとこう……鬼気迫る雰囲気を漂わせてると思ったのだが……」


「既に覚悟を決し己が死すら受け入れた後では怒気も覇気も不要ということなのでしょう」


「そのようなものか」


 戦場に立つ者にしかわからぬ感覚なのだろうと納得することにした。





-壁外区域のとある宿屋の一室にて-


「という訳でゴトス(商業ギルド長)の追放も決まったようなもんだし予定通りバルーカを拠点としたいと思う」


 この子はアホなのだろうか?

 ツトム(←もう心の中なら呼び捨てで構わないと色んな感情に任せて決めた)に覆い被さる体勢で密着しながら話を聞いた私の率直な感想である。


「今日王都から帰ったばかりなのを考慮してもらって城への協力は明後日の午後にしてもらったから」


 城からの出頭命令は大した要件ではなかったと言いながら。

 仕出かしてきたことはゴトスの首を要求するという苛烈さだ。


「明日は朝から家探しをしよう」


 ゴトスなんてどうだっていいじゃない!

 あんな大金(200万ルク)持ってるなら他の街や他国にだって行けるのに。


「まずは以前に親切に教えてくれた商人の物件を当たろうと思う」


 伯爵様が公正な方だったから良かったものの、城の有力者がゴトスと繋がっていたら間違いなくツトムは殺されていた。

 こんな子供なのに……

 とてもスケベだけど。


「ルルカ聞いてる?」


 女の身で何ができる訳ではないけど。

 せめてこの子と一緒に……一緒に……一緒? あ、あれ?


「ツトムさ、んはライエル男爵の乱はご存知ですか?」


「何それ?」


「?? なぜゴトスの首を要求したのですか?」


「ゴトスがいたままでは安心して暮らせないので仕返しも兼ねて辞めさせてやろうと思ってね」


「く、首とは斬首のことでは?」


「こ、こわ! ルルカは過激だねぇ」


 過激なことしてきたのはどっちよ!

 どおりでのほほんとした顔して帰って来るはずだわ!

 人がどんな想いで帰りを待っていたのかも知らないで!!


 お、落ち着きなさい、私。

 ツトムには後ほどきちんと教えるとして。

 今は呑気な顔して楽しそうに私の胸とお尻を触ってるこのスケベをどうしてくれようかしら。


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