こんな夜があってもいいじゃないか

田土マア

こんな夜があってもいいじゃないか

 夜は寂しい。昼間の明るさとは違って賑やかしさがスッと消える。だけどそんな夜も好きだ。賑やかしくないから、一人になれる、素直になれる。


 家を出て少し歩いたところにある歩道橋、日中は人が行き来している。歩道橋もさぞ楽しいことだろう。それが夜になると人っ子一人として寄り付かない。歩道橋はさぞ哀しいことだろう。きっと僕に似ている。だから僕が居てあげるんだ。


 友人との飲み会の後、べろんべろんに酔った僕は家にはすぐに帰らなかった。向かった先はいつもの歩道橋。既にタブの開いた缶チューハイを片手に歩道橋の階段を上る。橋の中程に着くあたりで腰を下ろす。雲ひとつない空を見上げながら酒を煽る。今日も寂しい夜が訪れる。そこにあるのは酔っ払った僕と歩道橋、空に浮かんでいる満月だけ。一枚の絵にしたらきっと売れるだろう。SNSではみんながいいねを押してくれるだろう。でも、僕はそれを望まない。

 僕だけの寂しい夜は誰かに共有するものではないからだ。飲み会後の不意にやってくる切なさ、虚しさ、全てを空に嘆く。酒を煽らなければ本音も語れない関係は本当に良好と言えるのか。小言のように独り言を呟く。

 こんな夜が明ければ、また普段の日常が待っている。何も顔色を変えずに大学へ行き、何も無かったかのようにバイトをする。それは誰もが日常として生きている。

 足取りも覚束無いなか、缶を空けた僕は階段を下る。何をやっているんだろう、そう考える夜だった。


 あれは独りになりたい夜だった。僕はまた歩道橋を頼った。今日は缶チューハイは握られていない。少し寒くなりかけたこの時期は少し厚手の服を着る。近くの自販機で買った温かいココアを飲み干し、服のポケットから白い箱とライターを取り出す。ジュッと音を立てて火をつける。吐き出した煙を追うように空を眺める。この頃の自分を振り返る。それがきっと僕の償いだった。周りの人間には見せることの出来ない本当の僕。隠し続けている後ろめたさが心のどこかにあった。

 嘘は嘘と隠し通せば嘘ではない。その言葉が頭をよぎる。綺麗事のように聞こえる言葉ではある、嘘を隠すくらいならば嘘をつかなければいい。その言葉が頭に浮かぶ。頭の中で水掛け論が始まる。並んだメリット、デメリットを一つ一つ本当なのか、確かめる術はない。メリットでさえ、デメリットに感じる人もいる。

「神様、どうして僕は普通の人間じゃないんだい」

浮かんだ月を神と呼び、質問を投げかける。もちろん返ってくるわけもないが、その問いを自分で考える。そもそも普通の定義とは何だろうか、みんなと同じこと、生物学として見た時のヒトのこと、世の中が作り出す人間像。

 僕は変わっている、周りに言われることもあるし、自身も思っている。僕にとっての普通はみんなと変わっていることだった。変わっていることで普段出来ない体験も出来た。

 小学校の頃、水道の水が詰まった時、素手で汚れを取り洗剤で綺麗に排水口を洗った。周りで見ていた友達、先生から白い目で見られ、変わっていると言われた。それが僕にとっての普通だった。顔も知らない誰かのために尽くすのが僕にとっての普通。

 変わっているから、周りが持たないような考え方、経験をした。

「神様、普通の人間じゃないから、出来た事もあるんだね。ありがとう。」

煙を吐き出して独り言を月に投げる。落ちそうになった灰を飲み干した空き缶に捨てる。


 今日は缶も白い箱も持たずに温かいココアだけを持って歩道橋に着いた。少し先で見える信号機、たまに通る車、自転車を高いところから見つめる。

 ひとり寂しい夜を今日も過ごす。

こんな夜があってもいいじゃないか。

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